2018年、参加者6,000人、スタートアップ600社、投資家200人、ジャーナリスト300人以上が集結した国内最大規模のスタートアップイベント「Slush Tokyo」。フィンランド発のイベントだ。

同年本家では、スタートアップ3,100社、投資家1,800人、ジャーナリスト650人以上が集まった。

人口550万人ほどのフィンランド。小国であるが、Slushのように世界をリードする取り組みをさまざまな分野で進めている。

たとえば、フィンランドとエストニアの医療データ共有はその1つといえるだろう。ある国の国民の医療データが他の国と共有される事例はなく、世界初の試みといわれている。

これによりフィンランド国民がエストニアに行っても、同じ医療データを基にした診療・治療が可能となる。2019年中には、スウェーデン、ギリシャ、キプロスなどが医療データ共有を開始する見込みだ。

このフィンランドがいま注力しているのが、都市交通の変革だ。

「ビジョン2025」のもと、首都ヘルシンキにおける公共交通システムを拡充・強化し、誰もがスマホ1つでオンデマンドでどこへでも行ける仕組みを構築しようとしている。

電車、バス、フェリーに加え、シェアライド、シェアサイクルなどを一本化するという野心的な試みだ。これにより、自家用車を所有する意味をなくし、ヘルシンキを「自動車フリー」にする目論見もある。

すでに取り組みの成果は出ており、デロイトが発表している「都市交通指数」の項目「混雑への対処」と「都市交通の統合レベル・シェアレベル」において、「世界リーダー」の評価を得ている。

ヘルシンキでは、都市交通をどのように変革しようとしているのか。その最新動向をお伝えしたい。

モビリティ分野でも世界をリードするフィンランド

フィンランドの首都で最大都市ヘルシンキ。人口は約63万人、面積は213平方キロメートル(東京23区は619平方キロ)。


フィンランド・ヘルシンキのトラムとシェアサイクル

2014年に発表した「ビジョン2025」のもと、都市交通の変革を進めている。このビジョンでは、2025年までに公共交通をもっとも選ばれる移動手段にすることを目標に掲げている。また2050年までに自家用車の数を大幅に減らすことも計画されている。

デロイトによると、ヘルシンキにおける移動手段の割合は現在、自家用車が39%で最大。公共交通は30%、このほか徒歩は21%、自転車は8%となっている。

公共交通の変革において、キーワードとなるのが「オンデマンド(またはデマンド・レスポンシブ)」だ。

これまで公共交通は決まった時間に決まったルートを往来するというものだったが、ヘルシンキではUberのように好きな時間に好きな場所に行けるオンデマンド型の公共交通システムの構築を目指している。

そのパイロットプロジェクトは2012〜2015年に実施されていた。「Kutsuplus(call plus)」というミニバス版Uber Poolとも呼べるサービスだ。9人乗りのミニバス15台によるプロジェクトだった。

利用者がウェブサイトで、出発地点、目的地、希望時間を入力すると、乗降車地点と時間が表示される。システムが複数の利用者の乗降車地点、目的地、希望時間から最適なルートを計算する仕組だ。料金はバスより高く、タクシーより安い。

Kutsuplusの平均料金は4ユーロほど。同等の距離ではバスが3ユーロ、タクシーが6ユーロほどとなる。登録利用者は2万1,000人に膨れ上がっていた。

Kutsuplusプロジェクトでは当初、2015年までの試験運用期間を経て、その後拡大する計画があった。ミニバスの数を15台から、2016年に45台、2017年に100台、さらにその後は数千台にするという目標だ。

Kutsuplusプロジェクトは、台数が増えるほど利用者にとって利便性が高まり、それがさらに多くの利用者を呼び込むというサイクルが想定されていた。その状態が実現されるまで、黒字化は難しいといわれていた。

たとえば2015年の収支は、売上50万ユーロ(約6,250万円)に対し、運用コストが323万ユーロ(4億5,800万円)、人件費などを含めると299万ユーロ(約3億7,000万円)の赤字となっていた。そのため、フィンランド政府の予算がプロジェクト運営に充てられていた。

しかし、当時ユーロ圏における経済不況、それによるフィンランド政府による財政圧縮や国民感情などさまざまな要因が入り混じり、政府はKutsuplusプロジェクトを停止するという選択を行った。

一方、2016年8月に公表されたKutsuplusプロジェクトの最終報告書では、同プロジェクトで得られた知見を生かし、将来的に同様のサービスを実施する可能性が言及されている。

また、コスト問題に関して、もし規模を拡大した場合、コストの3分の2は運転手の人件費になることが予想されるが、自動運転車を活用することで、コスト問題を一気に解決できる可能性があると指摘している。

この指摘を体現するかのように2018年5月、自動運転電動ミニバスがヘルシンキに登場した。「RobobusLine」というプロジェクトで、ヘルシンキKivikko地区で定時運行のバスサービスを試験的に提供している。今後3年以内に営業を開始する計画だ。

このプロジェクトで目指すのは、電車やバスの駅から利用者の自宅やオフィスまでのラストマイル運行を実現することだ。この先オンデマンド型のルート運行が導入される可能性も考えられる。


ヘルシンキに登場した自動運転ミニバス

現時点で自宅から目的地への移動でもっとも利便性が高いといえるのは自家用車だろう。それと同等、またはそれ以上の利便性を公共交通のみで実現しようという非常に野心的な目標を掲げるヘルシンキ。

これを実現するには、鉄道やバス、フェリー、さらには自動運転バスやシェアサイクル、それらをスマホアプリ1つでルート検索から予約、支払いまで完結するワンストップのシステムが必要になる。

地元紙ヘルシンキ・タイムズによると、ヘルシンキの交通変革を担うOP Financialのモビリティ・サービス部門プログラム・ディレクターを務めるソニア・ヘイケラ氏は、テクノロジーの発展と競争などの市場変化が起これば、将来的にワンストップの交通システムは実現可能だと述べている。

自家用車が必要ない未来の都市交通。ヘルシンキが世界で最初に実現することになるのか。その動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit