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「オーバーツーリズム」ってこんな感じ?
考えてもみて欲しい。あなたがお友達を自宅に招いたら、「なんて素敵なおうちなの」と感激してくれた。これは嬉しいだろう。しかしうわさが広がり、来客が連日になり、人数は数千人に膨れ上がり、家の汚れと騒音で普通の生活もままならなくなり、「人気だから」と家賃もどんどん上がっていったら…?
「オーバーツーリズム」が、世界各所の人気都市でバズワードとなっている。
観光業界で「loved to death」と揶揄されることもある「(観光客に)死ぬほど愛された」スポットにおいて、大量の観光客の流入により地元住民の生活が脅かされたり、街が変化を余儀なくされて旧来の魅力を失ったり、著しくはインフラへの負担で経済的にすらマイナスになったりといった現象を指す。
身近なところでは昨年4月、レオナルド・ディカプリオ主演の「ザ・ビーチ」のロケ地となったタイのマヤ湾で、1日平均5000人の観光客の利用するボートや日焼け止め、投棄されるゴミなどにより海洋生態系が破壊され、タイ政府が無期限閉鎖を決定したことが記憶に新しい。
閉鎖されるまでごった返していたマヤ湾(Wikipediaより)
「世界が小さくなった」とはよく聞く言葉であるが、ここ数十年のインターネットやLCCの普及により誰にとっても情報も移動手段も急速に手に入りやすくなった現在、魅力あるスポットが地球中からの訪問客でごった返すようになるのは当然の結果だったのだろう。
日本におけるオーバーツーリズム
昨年合計3,000万人余りの訪日外国人が押し寄せた日本にとってももちろん、オーバーツーリズム(観光公害)は他人ごとではない。ましてや世界にも類を見ないおとなしくお行儀のよい国民性をもつわが国において、「外国人観光客のマナー問題」はしばしば想像を超えてくるし、日本人特有の礼儀正しさが邪魔して対策といえばせいぜい各国語による注意喚起くらいだ。
ほぼ唯一の公的な対策をとった例として、鎌倉市は昨年ゴールデンウィークに江ノ島電鉄の「地元民優先乗車」の社会実験を実施した。同市は2013年に交通混雑による文化財への悪影響が懸念された結果、世界遺産への「不登録」勧告がなされた経験もある。
旅行者人気もうなずける江ノ島電鉄(公式HPより)
世界のオーバーツーリズム① 怒れる地元住民系
ただ世界の観光都市に目を向けてみると、おしとやかな我々には想像もつかない反応が起きている国も珍しくない。
イタリアのヴェニスでは昨年4月、溜まりに溜まった地元住民の怒りが爆発した。政府が観光客の流れをコントロールするために街の要所要所に「改札」を設置したことにより日々の生活に不便を強いられた住民4,000人余りが、「ヴェニスの尊厳のための行進(March for the Dignity of Venice)」と銘打った派手なデモ行進を実施。その後も「生きているヴェニス運動」として、観光を抑制する活動が続いている。
同様の抗議活動は同国バルセロナ市、スペインのマヨルカ島などでも行われ、南ヨーロッパ各地に社会的ムーブメントとして広がり、「サステイナブルな観光のための近隣国同盟」や「観光地化に反対する南欧都市ネットワーク」などの組織の設立の後押しとなった。
「ここはヴェニスランド(ディズニーランドのような遊園地)ではない」というバナーをもって行進する地元民ら(生きているヴェニス運動公式HPより)
世界のオーバーツーリズム② 地方分散系
もう少し建設的な例に目を向けると、地元住民の保護と観光推進のバランスを取ることに比較的成功している例としてフランスのパリやオランダのアムステルダムがある。
フランスには、1950年代に米マーシャルプランにより国家の再建のために観光を活用することを決定してから脈々と続く「観光大国」としての歴史がある。法により観光は国家から支援されるとともに様々なレベルで法規制がなされ、「パリは第一にパリ市民のものである」という姿勢を貫く。規制するだけではなく、観光客を過密なパリから郊外に誘い出すために国内各地で大規模なイベントも開催している。
オランダも同様に、オーバーツーリズムにあえぐアムステルダム市から離れた都市で年単位の大規模なイベント(2017年デンハーグ市内で通年行われた『モンドリアンとダッチスタイル・イヤー』など)を開催したり、観光客向けのアプリを開発して混雑のひどいアムステルダム市内の美術館の順番待ちの行列をライブ配信したり、逆に郊外の魅力的なスポットへと道案内したりと、オープンでイノベーティブなお国柄独自の路線でオーバーツーリズムに対応してきた。
しかし「決めの一手」は見出されず、ここ2、3年ついにアムステルダム市内の観光資源の大幅な規制に乗り出している。観光客の大好物だったビール自転車や、お風呂ボート、馬車などの運行本数を極限まで減らし、観光税のアップ、Airbnb利用規約の厳格化なども検討中だ。
ビール自転車。中央にカウンターが設置されている(Wikipediaより)
対応の違いに見る「日蘭文化差」
余談だが、現在オランダの片田舎に生活する筆者も最近アムステルダムの観光規制に関するニュースを目にすることが多くなったが、初めはかなり驚いた。現実的なところでは商売上手なオランダがせっかく賑わっているインバウンド消費にそんな形で水を差してしまうのかと意外だったし、第一に普通の日本人としての率直な感情として、問題行動はあるにしてもはるばる外国から自分の国に来てくれる観光客を明らさまに迷惑扱いしていいのか?と思ったのだ。
日本で「オーバーツーリズム」が大々的に問題とされていないのは、良くも悪くも「おもてなし」の精神によるところも大きいのではないだろうか。私たちにとって、ゲストはもてなすものなのだ。自分の国に興味を持ってくれ、訪れてくれた客人に「お前ら街汚すしうるさいから来るな」などと言う発想は私たちにはないのだ。そして何にせよ「お客様は神様」なのだ。
観光過熱はどの国にとってもジレンマだろうが、究極的に取る対策にお国柄が現れるというか、「他人とお仕事優先」の日本と「自分と生活優先」のオランダの文化差をここでも感じた次第だ。
新しい取り組み「アンチ観光」ツアー
さて、こうした状況はすでに多くのメディアで伝えられているが、観光する側の意識も少しずつ変わってきているという。インターネットひとつあれば世界のどんなスポットもクリアな画像で見ることができ、関連情報も学べる現代、お約束の観光地に行ったところで「肉眼で見た」という満足感と、SNSに投稿するためのセルフィの他に得られるものはそう多くない。
グローバル化によって首都や観光地はどこも同じような風景になってしまっていて、多くの旅行者は「観光」よりも地元の文化に触れるユニークな体験を求めるようになっているとも言われている。いかにもおのぼりといった体で「観光客」のうちの一人となることをダサく感じるのもやはり人間心理だし、それが地元民に歓迎されていないとも知ればなおさらだ。
それを反映するかのように、これまでの観光のあり方を覆す画期的な「アンチ観光」ツアーが登場し、注目を集めている。
例えばポルトガルのポルトで5年前に登場した「最悪ツアー(The Worst Tours)」。開始からそう時間もたたぬうちに、ガイドがカジュアルに「ここから先は不法侵入ですが、皆さんOKですよね?」などと宣言をしたりするこのツアーでは、街中の廃墟となった工場や鉄道の廃線跡、寂れた路地裏などを巡る。
ハイライトは街の中心地に位置する、1990年代半ばに破産したショッピングモール。日本でも近年ファンが増えている「廃墟ツアー」のような哀愁に満ちた味わいのあるものかと思いきや、ツアーの創始者はオーバーツーリズムにより変容していくポルトに対するフラストレーションをぶつける突破口を探していた地元民だという。同市では過去の金融・経済危機の煽りを受け、5年前をピークに倒産・廃業が増加。その現実をツアー参加者に体感してもらい、政治的な議論に火をつけることを目的として開始された。
創設者の一人にしてツアーガイドのMargarida Castro氏は、「(ストレスのはけ口は)このツアーを始めることか、さもなければドラッグしかなかったのです」と笑う。
「最悪ツアー」と類似の、しかしもう少し「地元民も対象とした」例として、オーストリアはウィーンでEugene Quinn氏がガイドを勤める「アーバンアドベンチャー」社がある。「頽廃ツアー」や「深夜ツアー」、「鼻で嗅ぐウィーンの醍醐味ツアー」などユニークなツアーを多数プロデュースする同社の目玉は、「Ugly Vienna Tour(醜いウィーンツアー)」。
19件もの選りすぐりの「醜い」建築物を見物する6㎞に渡る徒歩のツアーだ。「『美しさは見る人の目の中にある』とはよく言われる言葉ですが、この世にはだれがどう見たって醜いものもあるのです」と語るQuinn氏は、その「どうしようもなく醜い」建築物を見せることで、街の建築の未来や可能性に関する議論を活性化することを願う。地元民の80%がこのツアーに好感を持っているという。
やはりここにも「最悪ツアー」と同様に、観光客が見物して終わりのツアーではなく、街のディープな裏の顔を見た旅行者が何らかのフィードバックを返すことで街の発展に貢献するという双方向的な体験が盛り込まれている。
こうした体験型のツアーの延長線上に、「Jane’s Walk」がある。都市学の第一人者であるカナダ人ジャーナリストJane Jacobs氏からインスピレーションを得て発生した運動で、世界各地で毎年ボランティアによる市内観光ツアーを開催する。市民が地元を案内することでコミュニティが出来たり、外部からの参加者からアイディアや意見を得たりすることで街自体も良くなっていくというコンセプトだ。この理念が新しい「観光」の形として支持を広げ、現在世界100都市以上に拠点がある。
新しい世代が「旅に求めるもの」に変化も
こうした「アンチ観光」的なツアーが台頭してきた要因には、新しい世代が旅に求めるものが変化してきていることもある。米旅行サイトExpediaの調査によると、ミレニアル世代の旅行者は「地元民のような生活を体験すること」や「あまり多くの人が訪れないスポットに『秘宝』を見出すこと」を特に求めているという。
先述の「最悪ツアー社」のCastro氏は、同社ツアーの魅力を尋ねられると「明らかでしょう」と答える。「『観光客』になりたい人なんていないんですよ」。
これからの旅行者は、今まで観光の対象でなかったスポットを探検し、地元民の生活を体験し、何らかのフィードバックを残していくことになるのだろう。あなたが地元の街を案内するとしたら、どんなツアーを組みたいだろうか?
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)