英国ロンドン。ニューヨークに並ぶグローバル金融センターであるだけでなく、スタートアップ、ファッション、芸術、学術、観光などでもハブ的な存在として認識されているグローバル都市だ。
米コンサルティング会社ATカーニーが毎年発表している「グローバル都市ランキング」では、ビジネス活動、人材資本、文化体験などの要素から世界でもっとも影響力のある都市をランク付けしているが、ロンドンは2017年、2018年ともにニューヨークに次いで2位にランクインしている。
今後も魅力を高め、さまざま人材を惹き付けると思われるロンドンだが、グローバル都市としての成長を妨げるいくつかの問題が深刻化している。この諸問題を解決し、グローバル都市としてさらに飛躍するために、ロンドンは変革を迫られている。
ロンドンで深刻化する問題の1つとして挙げられるのが交通渋滞だ。またそれにともなう生産性の低下や大気汚染も深刻な問題として議論がなされている。魅力あるグローバル都市であるがために、多くの人々がロンドンに集中、所得水準が高いことから自動車の数が増え、交通渋滞を悪化させていると考えられている。
魅力を高めつつ、交通渋滞を緩和するにはどのような対策が必要なのか。ロンドン市はこのほど大掛かりな交通改革を目指すアクションプランを発表。ロンドンの交通手段を自動車から徒歩・公共交通・自転車へシフトすることが盛り込まれた「Cycling action plan: Making London the world’s best big city for cycling」だ。アクションプランの表題が示すとおり「世界的な自転車都市」になるという目標が掲げられ、それに向けた具体的な数値目標とタスクが定められている。
ロンドンが目指す「世界的な自転車都市」とはどのような姿なのか。アクションプランや最新動向から、その一端を覗いてみたい。
ロンドン
交通渋滞がもたらす見えないコスト
ロンドンが大規模な交通改革を進める背景には、交通渋滞による見えないコストが増大し、ロンドンの都市機能が衰退してしまうかもしれないという危機感の高まりがあるようだ。
グレーター・ロンドンで最上位に位置する位置する地方自治体、大ロンドン庁が2018年3月に公表したレポート「Mayor’s Transport Strategy」では、ロンドンの人口は増え続け、その影響で2041年の交通状況はさらに悪化すると指摘されている。対策がなされない場合、朝のピーク時の地下鉄では71%が混雑状況になる見込みだ。
またガーディアン紙が大ロンドン庁レポートの調査結果から指摘するところでは、2041年には交通渋滞によって通勤者1人あたり年間3日分の時間が消失するという。
2015年時点、通勤者における自動車・タクシー利用の割合は37%、徒歩・公共交通・自転車は63%だった。ロンドン市は徒歩・公共交通・自転車の割合を2041年までに80%に高めたい考えだ。
ロンドン市内の交通渋滞
交通コンサルティング会社INRIXの調査では、2017年英国では交通渋滞によって370億ポンド(約5兆1,700億円)の経済損失が発生したと推計。経済損失は英国各都市のうちロンドンが最大で、95億ポンド(約1兆3,000億円)に上るという。
同調査では、世界38カ国1360都市の交通データから、交通渋滞指数を算出し、それにともなう経済損失を推計している。交通渋滞指数の世界都市ランキングでは、ロンドンは7位に位置している。ランキング1位は米ロサンゼルスだ。
交通渋滞によって発生する経済損失とは、交通渋滞に巻き込まれた人々の生産性の低下、燃料の非効率利用、モノの配送効率低下などから算出されている。また交通渋滞にともなう大気汚染や運転者のストレス増なども間接的なコストを高めると指摘している。
「世界的な自転車都市」に向けたアクションプラン
ロンドンの自転車利用者数は2000〜2017年の間、年間平均6%近い伸びを続け、その数は2000年比で倍増したといわれている。
その主な理由の1つが、2008年当時のロンドン市長ケン・リビングストン氏が提案した「サイクル・スーパーハイウェイ」の登場だ。ロンドン郊外と中心部を結ぶ、スピードを出すことを前提とした自転車道。ロンドン交通局は、2016年11月新しいサイクル・スーパーハイウェイが整備されたルートで自転車利用者が50%も増えたと報告している。
サイクル・スーパーハイウェイ
ロンドンにはサイクル・スーパーハイウェイだけでなく、遅いペースの人向けの「クワイエットウェイ(Quietways)」も整備され、さまざまな年代の人の自転車利用を促進している。
クワイエットウェイ
ロンドン市のアクションプランは、インフラ整備、テクノロジー導入、認知・普及活動などを通じてこの自転車利用増の流れを一層強いものにするものだ。
インフラ整備に関しては、既存の自転車道に加え、2024年までに大ロンドン圏で450キロメートル以上の新しい自転車道の整備を計画。現在、自転車道から400メートル以内に住むロンドン在住者の割合は9%。この割合を2024年までに28%、2041年までに70%に高めるという。これにともない、ロンドンにおける1日あたりの自転車による移動回数を2017年の70万回から、2024年までに130万回に増やしたい考えだ。
アクションプランでは「サイクル・スーパーハイウェイ」と「クワイエットウェイ」の区別をなくし、統合することも盛り込まれている。
自転車利用をさらに促進するために自転車道マップや関連施設の情報をワンストップで確認できるデータベース「Cycling Infrastructure Database(CID)」の提供も行われる予定だ。このデータベースは2019年春に一般公開される予定で、2,000キロメートル以上の自転車道路網から最適なルートを選んだり、駐輪所情報を確認したりできるようになるという。
ロンドン交通局による認知・普及活動も自転車利用促進で重要な役割を果している。ロンドン交通局が運営する「Cycling Grants London」は、社会的に弱い立場の人々の自転車利用を促進する地域コミュニティの活動を支援するファンド。2015年の設立以来、90以上のプロジェクトを支援。またSTARS (Sustainable Travel: Active, Responsible, Safe) というプログラムでは、教育機関における自転車利用促進の取り組みを支援している。
自動車から自転車へ、交通渋滞や大気汚染を緩和する持続可能な都市づくりの先例を示すことができるのか。ロンドンの取り組みに期待が寄せられる。
[文] 細谷元(Livit)