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ロボットやAIによる労働の自動化や、インターネット上のプラットフォームを通じて働く「クラウドワーカー」の増加に伴い、世界の労働市場はこれまでにない変化に直面している。
福祉国家デンマークではこうした変化に対応するため、2017年に「ディスラプション(破壊)委員会」を設置。ギグ・エコノミー時代の新しい労働形態やテクノロジーの進化に取り残された労働者に対するセーフティネットを拡充することで、失敗を恐れず、リスクテイクしていけるシステム作りに取り組んでいる。
福祉国家デンマークの労働市場改革は、リスクテイクとセーフティネットが柱となっている
労働時間の49%は自動化へ
大手コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーが、世界のGDPの95%を占める47カ国を対象に実施した2017年の
職業を問わず、ほとんどの労働者は自動化の影響を受ける見通しで、一部の職業に関しては完全自動化もあり得る。特に影響を受ける職種はルーティーンワーク(日常的な仕事)で、この種の労働時間の73%は自動化される可能性があるという。一方、非ルーティーンワークが自動化される割合は19%にとどまっている。
自動化がデンマーク経済に与える影響についてマッキンゼーは、まず「労働シフトが起こる」と分析。単純労働についてはマシーンラーニングやアルゴリズムで自動化され、労働者はよりクリエイティブで、感情や社会的能力が必要となる仕事に集中するようになる。
例えば、警察や学校などでは、レポートや書類作りの大部分が自動化され、空いた時間をよりコアな仕事に向けられるようになる。また、介護の分野でも清掃などのルーティーンワークをロボットに任せることで、介護員はより直接的なケアに多くの時間を割けるようになるという。
自動化による影響は、労働者のスキルのレベルにより、社会的格差を生む可能性も秘めている。高度なスキルは需要が高い一方で、低スキルの労働市場は成長が滞るといった差が生まれ、社会的な不平等が加速する可能性がある。
ギグ・エコノミーが格差を助長
スマホのアプリなどを通じて受発注される単発型の労働に基づいた「ギグ・エコノミー」が拡大している
もう一つ、労働市場に生まれる格差の原因として挙げられるのが、クラウドワーカーの存在だ。クラウドワーカーとは、例えばオンラインで予約できる「Uber」などの個人タクシー代行や買い物代行などに代表されるような単発型の「オンデマンドワーク」に従事する人々で、学生や主婦、副業するサラリーマンなどが好きな時間に就業するケースが多い。
仕事の発注側もクラウドワーカーを使って、安く効率的に仕事を依頼できるため、こうしたオンラインプラットフォームを介した単発の仕事の受発注を基本とした「ギグ・エコノミー」は、先進諸国を中心に急速な勢いで成長している。
一方で、クラウドワーカーは法的に労働者としては認められておらず、最低賃金や福利厚生制度などが適用されないケースが多い。国際労働機関(ILO)が、「アマゾンメカニカルターク」など5種のオンラインプラットフォームを使う75カ国3500人を対象に実施した調査 によると、これらのプラットフォームを使っているクラウドワーカーの平均時給は、2017年に4.43ドル(約570円)だった。
発注された仕事を探したり、評価テストを受けたり、レビューを書き込んだり……といった、仕事以外の作業を含むと、時給はわずか3.31ドル(420円)となる。
副収入であれば問題はないだろうが、こうしたクラウドワークを「主な収入源」としている人は、対象者の32%に上った。法的に保護されていないクラウドワーカーがこのまま増え続ければ、社会の貧困や格差を拡大する恐れもある。
デンマーク政府:すべての労働形態に社会保障を
労働の自動化やクラウドワーカーの台頭を受け、デンマーク政府は2017年に「ディスラプション(破壊)委員会」を設けた 。同委員会は首相をはじめ、政府8省、そして企業トップやソーシャルパートナー、研究者などを含む30人のメンバーで構成されており、新しい労働市場に向けた規制やセーフティネットの整備に取り組んでいる。
同委員会はまず、会社の従業員、自営業者、クラウドワーカーなど、すべての労働形態に対して、失業時の社会保障を与えることで合意した。このセーフティネットを支えるため、すべてを登録制にし、デジタル化し、誰に対しても透明性の高いシステムを構築。また、失業保険基金や地方自治体の雇用センターで、クラウドワーカーによる作業を仕事として認めることを明確化した。
2018年4月にはまた、個人宅の清掃サービスを提供するプラットフォーム企業の「Hilfr.dk」がデンマーク最大の労働組合「3F」と団体協約を結び、クラウドワーカーが年金や休暇手当などの労働権利を持つことが確定した。同委員会は今後、プラットフォーム企業に対する規制を明確にし、調整するとともに、専用のウェブサイトを立ち上げて情報を一元化する。
一方、テクノロジーの変化に対応した人材の育成にも取り組む。政府はソーシャルパートナーや教育機関と協力し、労働者の教育やトレーニングへのアクセスを容易にするほか、生涯学習や、幅広いソリューションを持つコンピテンシー(高業績に結びつく行動特性)に投資する方針で、熟練者と低スキルの労働者の両方に対して、無料のトレーニングを提供する「移行基金(トランジションファンド)」も設置する。
このように適切なセーフティネットのある健全な労働市場を確保することは、「革新的な経済エコシステムを創出するため
の重要なステップ」(世界経済フォーラム)と見られている。
「フレキシキュリティ」と「職場のフラットな人間関係」で失敗を恐れない社会に
デンマークにおけるセーフティネットの構築や教育・トレーニングを軸とした積極的な労働市場政策は、ディスラプション委員会が初めて提案したものではない。同国では、早くから「フレキシキュリティ」と呼ばれる労働政策が導入されてきた。「フレキシキュリティ」は「フレキシブル」と「セキュリティ」を合わせた造語で、フレキシブルな雇用・解雇ルールにのっとった流動的な労働市場と、失業した場合でも安心して生活ができるような手厚いセーフティネット、そして職業訓練による活性化施策が三位一体となった「デンマークモデル」として知られている。
デンマークの労働市場は「フレキシブル」と「セキュリティ」を合わせた「フレキシキュリティ」が基本となっている(世界経済フォーラムの資料 より筆者作成)
このモデルでは、労働者は同一企業内での雇用が保証されるのではなく、転職や解雇が容易なシステムの中で、職業訓練や失業給付のサポートにより、切れ目のない雇用が確保されるというのが特徴。世界経済フォーラムは、「労働者がリスクを取って変化を受け入れ、将来にフォーカスできるようなインセンティブを与える」と評価している。
もう一つ、デンマークの労働市場を特徴づけているのが、平等主義的なワークカルチャーだ。デンマーク企業では肩書や経歴に関わらず、職場の人間関係がフラットで、社員がCEOに直接意見を言ったり、マネジャーを批判したりする雰囲気を大事にしている。新入社員からシニア社員まで、幅広い人材が次なるアイデアや改善を話し合うことで、クリエイティビティが生まれ、職場が活性化されているという。
こうしたワーキングカルチャーやリスクに対する考え方は、長い歴史と文化に根付いている上、「フレキシキュリティ」を支えるコスト負担には国民の合意が必要で、一朝一夕に導入できるものではない。しかし、テクノロジーの進化で創造性や多様性、イノベーションがこれまでにない重要性を帯びている現在、失敗を恐れず、リスクテイクを可能にするデンマークモデルは、参考に値するのではないだろうか。
文:山本直子
編集:岡徳之( Livit)