「男らしさ」とはなんだろう?
昨年10月のNYタイムズによるハーヴェイ・ワインスタイン氏に対するセクハラ告発から始まり世界的に飛び火したMeToo運動は、弱火になる気配もないまま1年以上が経過した。先進国とされる国々ですら女性たちが今の今まで耐えてきた性的な圧力や搾取は、白日の下に晒されてみれば目を見張るものがあり、それを受け入れる受動的な性としての伝統的な女性性の定義に対して女性たちは「No」の声をますます高くしている。
そんな中、アメリカ人アナリストのEmily Safian-Demers氏は、所属するリサーチ機関J. Walter Thompson Intelligenceからリリースしたレポートの中で「一方、男はどうだろうか?」と、はっとする問いを投げかけている。
実際すでに、世界の多くの研究機関やブランドがこの問いに取り組み始めているという。世界のあちこちで「悪い男」が弾劾されていく風潮の中でその一歩先を見つめ、「有毒な『マッチョさ』の対極にある望ましい『男らしさ』」を定義・提案しようと試み、「現代の『男』の人物像や彼らへのモノの売り方」をリサーチしているらしい。
女性たちは声を上げている。「一方、男はどうだろうか?」
今回のMeToo運動を待つまでもなく、もう150年も前に女性たちは「古臭い『女らしさ』を社会から押し付けられて我慢するのはもうごめんだ」と叫び始めた。一方男性たちから「古臭い『男らしさ』を社会から押し付けられて我慢するのはもうごめんだ」という叫びを聞く機会は圧倒的に少ない。
「弱音を吐かない、泣かない、女を守る、外の世界で戦う」といった古臭い男らしさが男性の優位性や特権を伴ってきたからという面もあろうが、それ以上にそういった「男らしさ」から降りることは、弱さや無責任さ、プライドの損失と隣り合わせだったからだ。
先述のSafian-Demers氏はアメリカにおける自殺者の70%が男性であることなどを引き合いに出した上で「旧来西洋社会で受け入れられてきた、厳格で、感情を表に出さず、弱みを見せないといった男性像はそろそろ限界を迎えており、MeToo運動などを見るにつけても、有毒なマッチョさが男性にも女性にも悪影響を及ぼすことは明白である」としている。
日本における「有毒な男らしさ」
自殺率ではアメリカのはるか上を行く我が国も自殺死亡者の男女比はだいたい7:3であるが、それとは別に全国に少なくとも100万人以上は存在するとされている「ひきこもり」の男女比も(諸説あるが)おおよそ同じ比率が指摘されている。
男性の方がひきこもりになりやすい理由としては様々な要因が憶測されているが、環境要因としてほぼ間違いなく支持されるのが「社会的プレッシャー」である。男性は「社会的成功」へのプレッシャーが強く、失敗体験や失敗への恐れから社会へのハードルが高くなりやすい。またSafian-Demers氏の指摘するような「感情抑制的で弱みを見せない」という「男らしさ」のプレッシャーは、社会生活を営む上で不可避な不安や傷心の表現を阻み、未消化のまま心の奥に閉じ込めてしまう。
一方で日本のいわゆる「父親不在」の生育環境がこれに追い打ちをかけていることも指摘されている。日本人男性が休日を含めた労働時間が世界一長いことはよく知られているが、子育て世代は働き盛り世代でもある。
近年問題として浮上した「ワンオペ育児」に代表されるような夫不在の子育て環境は、男の子からすれば最も身近な男性モデル兼社会との橋渡しとなるべき父親を欠くということだ。その結果社会に出る方法が分からない、またそれに必要な自尊心やアイデンティティを持たないまま大人になるというケースが珍しくない(もちろんこれは「よくある例」であり、上記のような父性機能は誰が果たしてもいいのだが)。
Safian-Demers氏が指摘したアメリカ人男性のみならず、日本人男性もまた「有毒な男らしさ」の荷を背負って生きていることは間違いないだろう。
モデルとなる新しい「男らしさ」の模索
Safian-Demers氏は「この価値観の変化への求めに呼応して、ブランドやバイヤーはもっとニュアンスがあり、しなやかで、思いやりのある男性像を描く努力をしている」とし、英コンサタント会社Future Laboratoryに所属するジャーナリストPeter Maxwell氏のコメントを引用している。
いわく「2018年の『正しい』男らしさを身に着けるには、画一的な男性像を描くのではなく、個々人の「男らしさ」の多様性を認める必要がある」「この50年から100年に渡って社会に及ぼした悪影響を修復するために、各ブランドは積極的により良いロールモデルを提供していくべきだ。お姫様を助けたり、他人を支配したりするのではない、もっと関係性を大事にし、思いやりのある男性モデルを子どもたちが幼少期から学べるように」。
企業やブランドは「イメージ」を売る関係上、広告や製品を通して画一的な「男らしさ」のイメージを消費者に植え付ける可能性が大きい。いまだgoogleの検索ウィンドウに「男は」と打ち込むとサジェストキーワードで「男はつらいよ」の次に「男は黙って」が表示される原因は、例のビール会社の超有名広告の影響以外に考えにくい(ちなみに3番目は「男は狼」である。なんともはや)。
しかしMaxwell氏の批判を待たずして、AxeやNikeを始めとした男性向け商品の草分け的ブランドがすでに新しい「男らしさ」を提示すべく動き出しているという。
「答えは無い」を答えとして提示したHarry’s
「高品質・シンプル・低価格のシェービンググッズを消費者に直接通信販売のみ」という質実剛健なスタイルで業界に新風を吹き込んだイギリスの男性用ケア用品ブランドHarry’sは今年、“A Man Like You”というタイトルのCMで現代の男性のあり方を問いかけた。
宇宙人に「人間の男とはどういうものか」と尋ねられた思春期前後のちょっと強がった人間の男の子が「男は強くなくちゃいけない。男は自分のことは自分でする。男は何にも怖がっちゃいけないんだ」などとステレオタイプな男性観を語るが、宇宙人の愚直な質問に混乱するうちにうちに「弱さ」や「優しさ」を見せ始め、結局は「実は…男になるための方法に『正解』なんてないんだ」とつぶやく心温まる内容だ。
動画を手掛けたディレクターのDale Austin氏は、強いと同時に優しい、自信があると同時に他人も認められるといったように両面性を受け入れられるのが現代の男性であり、「『真の男とは何か』という問いを捨て、『良い男とは何か』、つまるところ『良い人間とは何か』を考える時代に来ている」と語る。
「定義」を打ち壊すBONOBOS
また米メンズアパレルブランドBONOBOSは#EvolveTheDefinition(定義を進化させよう)と銘打ったキャンペーンを現在も推進中だ。様々な男性が自分にとっての「男らしさ」を語る動画を発表し、その中で「(旧来の男らしさの定義は)画一的な『男のあり方』の型に人をはめ込もうとするといずれ限界を迎え、人のみならず自分も傷つけることになる」という内容を発信している。
男性の不安を代弁したAXE
最後になったが米メンズコスメブランド大手のAXEは、この流れの中で最も強力にメッセージを発している。一連の活動の先駆けとなった2016年のFind your Magic(自分の中の魔法を見受けよう)キャンペーンを一歩先に進め、2017年に「Is it OK for guys to be…」という動画をリリースした。
Googleで実際に過去に検索された「男が○○でもOK?」という質問が不安げな声で次々と繰り出されるCMでは「スポーツが好きじゃない」「女性経験がない」「ピンクの服を着る」「緊張する」「鬱になる」「怖がる」など、「男らしくない」とされてきた様々なことが「OKかどうか」問いかけられる。ここでもやはり最後に問われるのは「男が自分らしくしてもOK?」だ。
AXEは「有毒な男らしさ」の社会的な悪循環への洞察を得るために3つのNPOとコラボしてキャンペーンを展開した。副社長のRik Strubel氏は「私たちはFind your Magicキャンペーンで世の男性たちに『自分らしくあろう』と訴えました。
しかし社会に潜在し、彼らが自分を抑える原因となっている窮屈な「男らしさの定義」という文化的問題を放置したまま無責任に『自分らしくなれ』などとは言えません」とこのキャンペーンの意義を説く。
先述のジャーナリストMaxwell氏は、「大手ブランドは有毒な男らしさというステレオタイプを人々の意識に植え付けてきた罪はあるが、それは同時に彼らがその認識を変える力も持っていることを意味する」と期待を寄せる。そういう意味では一貫して「女性を惹きつける香り」をコンセプトに、時に放送禁止にもなった数々のセクシーなCMを世に送り出してきたAXEがこの改革を牽引しているのは興味深い事実だ。
「新しい男らしさ」は新しい消費者層のニーズでもある
しかしこれら大手ブランドの動きと並行して起きているもっと大きなトレンドは、新しい世代をターゲットとしたオンラインのプラットフォームや新参のブランドが、ニュアンスのある新しい男性像を積極的に打ち出して支持を広げている事実である、とSafian-Demers氏は書き継ぐ。
子どもの年齢・性別や悩み別にきめ細やかな情報が盛りだくさんの、ミレニアル世代のパパ向け子育て情報サイトFatherlyや、薄毛や勃起障害など男性特有のトラブルを「何もおかしなことではない」と保証し、それらに対する効果が認められた自社開発のケア用品のみを安価で直接販売するhimsのような消費者重視のブランドなどは、大企業が社会に働きかける流れとは逆に、新しい消費者層のトレンドを読み、そのニーズに応えた形で自社の男性像をアピールしている。
ミレニアル以降の新しい世代の男性たちは子育てや日々の買い物にも参加し、旧来の男性よりも消費者として影響力を持つにもかかわらず、従来の「男性向けの」マーケティングが効かないという。こういった新しいニーズに応える過程で構築されていく新しい「男らしさ」も今後発展していくだろう。
トラブルは誰にでもある(写真:hims公式サイトより)
新しい「男らしさ」に共通するのは「自分らしさ」
各企業の描く「新しい男らしさ」に共通するのは、伝統的な「男らしさ」に嵌められず「自分らしく」「人間らしく」いられる男性像だ。しかし「男らしく」ない部分も含めて自分の感情や性質を認め表現するには、強さや潔さ、自信に基づく余裕といった資質が必要である。そう考えると古い「男らしさ」をまとってそうでない部分を隠していた昔の男ってあまり「男らしく」なかったね、などと思うのは現代に生きる筆者の後出しで、そういう男が求められた時代にはそれが「男らしさ」だったのだ。
その流れでは、価値観が多様化し(もしくは、世界が小さくなって様々な価値観に触れる機会が増えて)、経済が停滞して、社会が様々な問いに単純な答えを出せなくなったこの時代に「自分らしさ」が「男らしさ」の最適解として出てくるのは自然なことに思う。男性が社会の担い手として求められてきた体力や作業効率が機械やAIにとってかわられたことで必要性が下がり、代わってそれらが代替できない情緒的な能力が求められるようになったこととも無関係ではないだろう。
ステレオタイプを打ち破り、より多様で自然な「男性らしさ」を提案する各企業の試みは、「男らしさ」の殻に閉じ込められていた「人間」を解放するだろうか。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之( Livit )