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国連の調査では、60歳以上の人口は2017年現在で世界人口の13%を占め、約9億6千万人だったそうだ。2050年には約20億人、2100年には約30億人になるといわれている。高齢者ケア市場の規模は2016年に8,600憶USドル(約98兆円)となった。この年齢層が増えるにつれ、今後ますますの成長が見込まれている。
既存の高齢者向けのバリアフリー商品は、機能性ばかりが重視される傾向にある。もちろん役に立たなければ意味がないが、見た目に魅力的でない商品を常用しなくてはならないのは、味気ないもの。業界でも、デザイン分野と医用工学の分野との間に距離があるということは認められている。しかし近年、そのギャップを埋める商品が登場し始めている。ベビーブーマー向けのアイテムだ。
デザイン重視、これまでの年配者と異なる「ベビーブーマー」
「ベビーブーマー」とは、一般的に第二次世界大戦後の1940年代から1960年代前半の間に生まれた人たちを指す。日本の「団塊の世代」もこれに含まれる。例えば、戦勝国であった米国などでは、政府による福祉が充実するなど、恵まれた環境に育ったといわれる。現役時は高所得で、食べ物や着るものにもこだわりを持つ。
自身を特別な世代と位置づけ、伝統的価値観をあまり尊重しない。テクノロジーの利用や、新商品を使うことにも積極的だ。既存のアイテムを、「親が使っていたから、自分も」とは思わないのが、ベビーブーマーの特徴といえる。
© Dennis van Zuijlekom (CC BY-SA 2.0)
プロダクト・デザイナーは、ベビーブーマー世代が高齢者の仲間入りをしたことで、この世代以前に生まれた年配者とはまた違った商品への需要が生まれたことを意識している。実用性はもちろん、デザイン性も重視したアイテム開発への取り組みが始まったのだ。
プライドを持って使える杖
「ENEAウォーキング・スティック」は3Dプリントを用いて初めて制作された杖だ。ハンドル部分は、3つまたで、2種類の握り方ができ、握りやすく、歩く際に手にかかる負担を軽減してくれる。
人間工学に基づいてデザインされたENEAウォーキング・スティック © Shiro Studio
利用者の体重をしっかり支えられるものでありながら、軽量にするために、杖の内部は多孔性になっている。骨梁(骨の海面質の網目構造を構成する小さな骨)を模し、ジェネレーティブデザインを用いてENEAのために特別に開発された。ジェネレーティブデザインとは、製品に求める仕様などの条件を設定し、コンピュータにそれを満たした設計案を自動的に作成させる方法だ。
杖の良し悪しは、歩く際の杖の使いやすさはもちろん、杖を安定して置けるかどうかという点でも決まる。従来の商品は壁などにもたせかけても、倒れてしまうことがほとんどだ。ユーザーにとっては、床までかがんで拾う動作1つにも苦労するもの。ENEAはさかさまにすれば、3つまたのハンドル部分で立ち、また下部に付けられた突起を、テーブルなどのふちにかけることもできる。
「杖」を使うということは、「歩行困難である」という事実を不本意ながら証明するようなものだ。ENEAを開発した、英国のシロ・スタジオは、杖にまつわるそうしたスティグマを拭い去り、誇りを持って利用できる杖として、モダンな機能美を備えたENEAを創り出した。
シロ・スタジオの創設者、アンドレア・モーガンティさんは学生時代、ボランティアとして救急救命士を務めていた。救急車内の医療機器を目にし、どのようにしたら気配りのあるデザインを通して、患者の負担をより軽くできるだろうかと常に考えていたそう。ENEAにはそうしたモーガンティさんの経験や思いが詰まっているといえそうだ。
「祖父母を助けたい」とデザインされたドリンクカップ
高齢者は、同時に幾つもの不調に悩んでいることが多い。「アビリティ・カップ」は複数の障がいを持つ人用に創られた、水などを飲むための商品だ。関節痛や震えがあったり、目が悪く、カップ内の水の量が見えにくかったりなどの問題を抱える人のために役立つ。
アビリティカップを開発したタオさんは、複数の障がいがあっても、シニアが以前と同じ生活を送れるよう支援したいと考えている © Tao An Yu, Industrial Design student at Rhode Island School of Design class of 2019
カップのボディは握りやすいようカーブがつけられ、口は飲んだり、注いだりがしやすいように若干外向きに開いている。ふちは丸く、唇へのタッチは柔らか。下部には金属製の重りが付いており、手が震えてもこぼさずに済む。外側底部に敷かれたゴムは、落とした時のショックを和らげる。
ふたには中央に向かってくぼみが作られ、飲む際にあまり首を後ろに傾けずに飲める。真ん中にある、浮力を利用した木栓は中の液体の量を示す。テーブルなどに置いた際や液体を注ぐ際に倒れたり、位置がずれたりしないよう、磁石付きのコースターもある。
アビリティ・カップを開発したのは、米国のロード・アイランド・スクール・オブ・デザインの学生、アンディ・タオさん。自分の祖父母を助けたいという思いがきっかけだ。制作においては、祖父母や親戚をはじめ、老人ホームの入居者やリハビリテーションセンターの利用者に試作品を使ってもらい、感想を聞き、試作を重ねた。医療関係者の意見も改良に生かした。
アンディさんは常々、「市場に出回る商品は機能面が強調されたものばかりの上、子どもっぽく、不格好。日常生活に馴染んでいない」と考えていた。従来品とは一線を画する、繊細でエレガントなカップの形状は、その考えに基づき、スケッチを何度も行った末のデザインだ。
アビリティ・カップは、2017年、国際エンジニアリングアワードであるジェームズ・ダイソン・アワードの米国国内最優秀賞を獲得した。アンディさんは、今後も改良を重ね、少しでも高齢者の生活を向上させたいと意欲的だ。
今までにはないスタイルのソーシャル・ロボット
アジア、アフリカ、南米では、60歳以上の半数以上が子どもと同居する一方で、ヨーロッパや北米では20%に留まっていると、国連は2017年に報告している。女性の独居老人の数は男性の倍おり、これは世界的な傾向だという。
年配者にとり、外の世界とつながりを持ち続けることはとても重要。孤独感にさいなまれ、ひきこもりがちになると、可動性、認知機能、幸福感に悪影響を及ぼすからだ。
ソーシャルロボット、ElliQは「シニアを孤独にさせない」ために開発された。サイドテーブルに置くことができ、AIや、グーグルの音声認識と機械学習を取り入れている。「孫に電話をかけて」を声をかければ、ビデオチャットで呼び出してくれたり、テキストメッセージのやりとりや、SNSを楽しめるようにしてくれたりする。さらにインターネット利用時の手助けもお手の物。外界との距離を簡単に、極力縮めるための機能が万全だ。
フューズプロジェクトを率いる、著名デザイナー、イヴ・ベアールさんは、「ElliQこそ未来のAIのデザイン」と語る © Intuition Robotics
ユーザーにアクティブなライフスタイルを促すことも行う。例えば、ユーザーが長時間にわたり座りっぱなしであれば、ウォーキングに出かけることを提案する。音楽鑑賞などの趣味に取り組むよう後押しをする。さらに、子どもやケアギバー向けには、ユーザーが朝起きているかどうかなど、異常なく暮らしているかを知らせてくれる。
ElliQは、人間とコミュニケーションをとるロボットの代名詞、ペッパーやジーボとはスタイルが違う。首を振り、しゃべるボディとタブレットというシンプルなデザインだ。世界的なデザインスタジオ、フューズプロジェクトがデザインを、イスラエルのスタートアップ、インチュイション・ロボティックスが開発を手がけた。デザイン上特に気を使ったのは、高齢者がかわいいと感じる程度のかわいらしさをそなえたものにすることだったそう。歳を重ねたユーザーに敬意を払い、赤ちゃんじみたものにならないよう配慮したのだ。
ベビーブーマーどころか、ものがあふれかえる時代に生まれ育った世代も、いずれは歳をとる。高齢者向けでありながら、デザイン性を取り入れたバリアフリー商品は、こうした「将来のシニア」層にもアピールするに違いない。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)