フランス・パリのStationFやドイツ・ベルリンのSilicon Alleeなど欧州各都市には、スタートアップやテクノロジー企業、大学、研究機関が集まるテックハブが点在している。
英国も例外ではなく、ケンブリッジ大学周辺のテクノロジークラスターSilicon Fenや東ロンドンのTech Cityなどがよく知られている。
一方、この数年ハマースミスやフラムを中心とする西ロンドンで、スタートアップやテクノロジー大手企業を誘致する動きが加速しており、新たな有力テックハブとして注目を浴び始めている。ロンドン中心街とヒースロー空港へのアクセスが良く、居住・教育環境の整備も進んでおり、多くのスタートアップ人材を魅了しているようだ。
いま西ロンドンで何が起こっているのか。テックハブとして深化を遂げる西ロンドンの最新動向に迫ってみたい。
西ロンドン・ハマースミス&フラム自治区の挑戦
西ロンドンがテックハブとして急速に発展を遂げる理由の1つに、ロンドン自治区の1つであるハマースミス&フラム自治区が欧州トップクラスのテックハブを目指すという目標を掲げ、その実現に向けたさまざまな取り組みを急ピッチで進めていることが挙げられる。
これらの取り組みの軸となっているのが、ハマースミス&フラム自治区が2017年7月に公開した都市戦略「Economic Growth for Everyone」だ。
この都市戦略では、欧州トップクラスのテックハブを目指すために、スタートアップが生き残り、事業を拡大できる環境を整えることが重要だと強調され、これを実現するために同自治区では「最高起業責任者」を選出しスタートアップ支援、起業家・投資家ネットワークを強化していくことが明言された。
また、コワーキングスペースの拡充/自治区内の土地の有効活用によるオフィス賃料の抑制や新規のアパート建設による住宅家賃の抑制なども盛り込まれている。ロンドンは住宅価格・家賃が高いことで知られている。オフィス賃料や家賃の抑制は、コストを抑えたいスタートアップを呼び込む強力なアピール材料となる。
コワーキングスペースに関して、2018年11月時点ではWeWork、Rentadesk、Work.Life、HuckleTreeの4サービスが自治区内にオフィスを開設。2018年のオフィス需要は前年比28%増と急速な伸びを見せている。同自治区にはすでにゼネラル・エレクトリックやBBCを筆頭にキャセイ・パシフィック、ロレアル、ヴァージン・グループ、ウォルト・ディズニー、ソニーなどグローバル企業が拠点を構えている。
一方、住宅に関する具体的な目標値としては、今後20年で1万戸の新築物件を建設し、そのうち50%を手頃価格の物件として提供することが掲げられた。
さらに、シアターやアートギャラリーを拡充することで、芸術、音楽、コメディーなど文化面を盛り上げることにも言及。交通、居住、教育などさまざまな側面から、起業家を呼び込み、スタートアップが持続・拡大するための環境を整備していく構えだ。
交通アクセスは非常に良く、ロンドン証券取引所に上場する時価総額上位100社のうち50社へは30分でアクセスできるという。ヒースロー空港までは20分、地下鉄は4本通っている。またフランス・パリ中心部には電車で136分でアクセスできる。
ハマースミス&フラム自治区南部のホワイトシティーにはインペリアル・カレッジ・ロンドンのキャンパスがあり、ここを中心としてスタートアップの研究開発やナレッジ共有を促進、さらには自治区内の人材開発も進めていくこともアクションプランに盛り込まれている。
スタートアップへのアピール材料の1つとして、高度人材の有無が挙げられる。同自治区の人口は19万人、このうち20〜40歳の層が45%を占めている。同年齢層の割合はロンドン全体では32%、英国全体では27%に低下する。ハマースミス&フラム自治区は若い世代が多く、インペリアル・カレッジ・ロンドンのスキルプログラムなどを通じてテクノロジー人材を増やしていく計画だ。
インペリアル・カレッジ・ロンドンと提携、「Upstream」でエコシステム醸成
ハマースミス&フラム自治区はこの都市戦略の一環で、インペリアル・カレッジ・ロンドンの協力のもとスタートアップエコシステムを醸成する「Upstream」というイニシアチブを開始。研究者、イノベーター、起業家、大手企業のネットワーク構築やスタートアップ、スケールアップ企業の支援を行っている。特に、バイオテクノロジー、デジタルテクノロジー、クリエイティブ分野に注力するという。
Upstreamイニシアチブのもと多くのイベントが開催されている。
その1つUpstream Fridayではハマースミス&フラム自治区のコワーキングスペースを無料で開放したり、割引を適用することで、他の地区からスタートアップを呼び込み、同地区でのトライアル操業を奨励している。
一方、Gigglebyteはコメディイベントと起業家向けワークショップを融合させたユニークなイベントだ。
こうした取り組みも手伝い、いくつかの有力スタートアップがハマースミス&フラム自治区に拠点を構えるようになった。
VChainはそんな有力スタートアップの1つだ。同社はブロックチェーン技術を活用した空港での本人確認システムを開発。国際航空運送協会(IATA)がこのほど実施したイノベーションアワードでは、総合優勝を果たしている。
このほかVR・ARゲーム開発のDream Reality Interactiveや法人向けフィンテックサービスのCountingUpなどが入居している。Dream Reality Interactiveは英メディア大手SKYなどの協力のもとインタラクティブVRプログラムを開発中だ。一方、CountingUpは、法人向け口座を5分で開設できるだけでなく、企業財務の自動化を可能にする次世代サービスとして多くのメディアに取り上げられている。
ハマースミス&フラム自治区の取り組みが西ロンドンをどのように変えていくのか。欧州トップクラスのテックハブとなることができるのか。今後の展開からも目が離せない。
文:細谷元(Livit)