近年目覚ましい速度で進化を遂げるディスプレイ技術。髪の毛より薄いフィルムにカラー映像を映し出すことができるようになった。

このような先端技術を活用した「曲がるディスプレイ」の実用化・量産も始まっている。非常に薄くて軽いディスプレイであるため、スマホだけでなく、帽子やTシャツに貼り付けることも可能だ。

曲がるディスプレイを可能にしているのは、発光素材として有機物質を使う有機EL(OLED)と呼ばれる技術だ。IDTechEXの試算によると、有機EL関連市場は2007年に11億8,000万ドル(約1,300億円)だったが、2017年には482億ドル(約5兆円)、2027年には3,000億ドル(約34兆円)に拡大する見込みだ。スマホやモニターなどの既存ディスプレイに取って代わるだけでなく、帽子やTシャツなど新領域のディスプレイ化が見込めるため、市場規模は大幅に拡大すると考えられている。

ハイテク製造の普及・拡大を目指す中国では、曲がるディスプレイを開発する企業へ多くの資金が集まっており、今後急速に広がる可能性が見えてきた。

スタートアップ・政府・大手企業が続々参入する中国「曲がるディスプレイ」市場

最近、曲がるディスプレイを搭載したスマホ「FlexPai」をリリースし注目を集めたRoyoleは、中国深セン、香港、シリコンバレーに拠点を置く多国籍スタートアップだ。

曲がるディスプレイ搭載スマホ「FlexPai」(Royoleウェブサイトより)

創業者でCEOを務めるビル・リュウ氏は、2000年に中国・清華大学・電子工学部で学士号を、2006年に同大学で修士号を、その後米スタンフォード大学で博士号を取得。その後2012年にRoyoleを創業した。

同社が強みとするのは、有機ELのなかでも画像の繊細さと反応速度の速さを特徴とするアクティブ・マトリックス方式の有機EL(AM−OLED)技術だ。AM−OLEDは次世代の情報ディスプレイ技術と目されており、スマホだけでなくスマートホームシステムやウェアラブルデバイスなど幅広い分野での応用が期待されている。

中国の経済メディア、チャイナ・マネー・ネットワーク(CMN)は情報筋の話として、RoyoleはこのほどシリーズEの資金調達を実施、評価額が50億ドル(約5,600億円)に達したと報じている。調達額は明らかにされていない。2016年、同社の評価額は30億ドル(約3,400万円)だった。同社はこれまでに、2015年のシリーズCで1億7,200万ドル(約200億円)、2017年のシリーズDで8億ドル(約900億円)を調達している。また、中国国有企業Poly Groupの戦略投資も受けているという。

Royoleは、これらの資金で深センに10ヘクタールの巨大な製造工場と研究開発施設を建設。2018年6月頃から曲がるディスプレイの量産を開始したと報じられている。現時点では、曲がるディスプレイを年間5,000万枚生産する見込みだ。

同社ウェブサイトによると、曲がるディスプレイ付きのTシャツは899ドル、帽子も899ドルでプレオーダーを受け付けているという。曲がるディスプレイの解像度は2K、スマホと連動させて動画を流すことができる。これらはフランスで行われた2018パリ・ファッション・ウィークで公開され、注目を集めたという。

曲がるディスプレイ付きの帽子とTシャツ(Royoleウェブサイトより)

同社はこのほかに曲がるディスプレイ技術やセンサー技術を活用したスマホ、手書きパッド、3D音響映像システムを開発している。

2018年10月末に公開された曲がるディスプレイのスマホ「FlexPai」は、折り曲げた状態だとスマホサイズだが、広げるとそのディスプレイはタブレットサイズとなり、大きな画面で操作できる点が最大の売りだ。一方、Vergeなどによると、折りたたんだ状態ではかさばるため、さらなる小型化の余地が残されているという。

曲がるディスプレイを開発する中国スタートアップはRoyoleだけではない。

CMNによると、2018年4月北京で創業したChange Clothing Technology(CCT)はこのほど、シリーズAラウンドで360万ドル(約4億円)を調達した。CCTが開発するのは企業の制服に装着し、その企業の広告コンテンツを配信できるディスプレイだ。

たとえば、コスメ店のセールス人員の制服にディスプレイを装着し、プロモーションの情報を配信することができる。中国国内には、ケータリング、小売、デリバリーなどの分野に2億人の人員が働いているといわれている。同社はこれらの領域に新しい形の広告を導入していきたい考えだ。すでに中国国内に100店舗を展開するスーパーWumartや280店舗を展開するJingkelongと提携し売り上げを伸ばしているという。

中国ではスタートアップだけでなく、政府や大手企業も曲がるディスプレイの開発・生産に注力している。これまでサムスンとLGが寡占していた領域だが、中国はそこに風穴を開けたい考えだ。アジアタイムズによると、中国政府は、中国国内でのディスプレイ製造を行う合弁事業をサムスンに打診していたようだが、韓国政府がディスプレイパネルとその部品を移転禁止リストに加えたことから、この合弁事業は実現しなかったという。

中国科学院は2018年4月に国際学術誌ネイチャー・マテリアルズに、特殊な無機半導体を開発したことを発表。この無機半導体を活用することで、曲がるディスプレイの大量生産が容易になる可能性があるという。

また新華社通信は、中国の電気機器大手TCLの子会社が50億ドルを投じ、スマホやブレスレットに搭載する曲がるディスプレイの製造ラインを構築したと報じている。

最近になり量産化が始まった曲がるディスプレイ。スマホやTシャツ、帽子だけでなく、家具、家電、自動車、電車、PCモニターなど活用が想定できるシーンは限りなく多い。どのようなアプリーケーションが登場するのか、これからの展開が楽しみだ。

文:細谷元(Livit