ゲームや映画での導入が進む仮想現実・拡張現実(VR/AR)。ゴールドマンサックスの2016年のレポートによると、2025年にはVR/AR市場の規模は800億ドル(約9兆円)に拡大する見込みだ。予測の下限は230億ドル(約2兆5,000億円)、上限は1,820億ドル(約20兆円)。
分野別ではゲームがもっとも大きな市場となり、世界のVR/ARユーザー数は2億1,600万人、市場規模は116億ドル(約1兆3,000億円)。このほか、ヘルスケア(市場規模、51億ドル)、エンジニアリング(47億ドル)、ライブイベント(41億ドル)、エンタメ(32億ドル)、リテール(16億ドル)などと予想している。
このVR/AR市場の発展において中心的な役割を担うと考えられているのが中国だ。
台湾のスマホ・VR機器メーカーHTCの中国事業代表アルヴィン・グレーリン氏がチャイナデイリーに語ったところによると、現在世界のVR機器の95%が中国で生産され、アプリストアでは多くのVRコンテンツが数多く配信されているという。
また、中国政府によるVR/AR産業支援や企業のVR/AR導入の取り組みが積極的に進められている。たとえば、深センのタッチパネル製造企業O-film Techは2017年末に、江西省にVRテーマパークを建設する計画を明らかにしている。建設費は2億元(約33億円)だ。
一方、フランスのコスメブランド、セフォラは2018年9月VR/AR技術を活用したニューコンセプトショップを上海にオープンし話題を呼んでいる。
さまざまなVR/ARの取り組みが増えるなか、このほど中国の旅行業界におけるVR/AR導入が本格的に進められることが報じられ、各国の旅行業関係者らの注目を集めている。
中国オンライン旅行最大手などがVR/ARを導入
中国オンライン旅行最大手シートリップは2018年8月に、同社が運営する店舗にVR設備を導入。店舗を訪れた客は、VRヘッドセットを着用することで、観光地、遊園地、クルーズなど旅行に関するさまざまなVRコンテンツを視聴することができる。
第1フェーズでは、北京、上海、天津など主要都市の300店舗に導入する計画だ。
中国の旅行業界関係者らがチャイナデイリーに語ったところによると、3DによるVRコンテンツを体験した客は、VRで体験した旅行を再現したいという欲求にかられ、旅行の予約をする確率が高まると指摘している。
中国新聞網によると、シートリップの店舗でVRを体験した女性は、これまで限られた文字情報と写真のみで旅行先を決めなくてはならなかったが、VRコンテンツを視聴することで直感的に旅行先を決められるようになるのはうれしいことだと述べている。
またシートリップ店舗の責任者は、VRの強みは実際の旅行に行く前にバーチャル空間でリアルな体験ができることで、本当に行きたい場所を失敗せず選ぶことができるようになると説明している。
一方、広州市のサファリパーク「Chimelong Safari Park」は中国IT大手バイドゥと提携し、2018年7月に独自のARアプリ「Chimelong AR Zoo」をローンチした。
このアプリに備わっている「ARカメラ」と「ARウォーキングナビゲーション」という機能にバイドゥのレンダリングや画像認識技術が活用されている。
ARカメラとは、このアプリをインストールしたスマホのカメラで景色を写すとスクリーン上に動物が現れるというもの。ARウォーキングナビゲーションは、サファリパーク内の目的地までARで行き先を示してくれる機能だ。
今後このアプリにはチケット購入やサファリパーク内支払いの機能が追加される予定。また、ブログやSNSの機能も追加される可能性があるという。
中国政府主導で盛り上げるVR/AR産業、「VRタウン」や「VR遊園地」も登場
中国ではこの数年、政府主導のVR/AR産業支援策が加速しており、旅行だけでなくさまざまな分野へのVR/AR導入が期待されている。
2017年4月、深セン科学技術イノベーション委員会は、AR/VR産業支援に2億1,000万元(約34億5,000万円)を投じることを発表。また同委員会はこれに続き2017年9月に、深セン市にVR産業クラスターを構築する計画を発表している。
VRは、中国の第13次5カ年計画のなかで重点分野の1つとして掲げられており、深センなど各省でVR振興の取り組みが実施されている。注目されるVRの活用領域は、観光、不動産、教育、ゲーム、医療、航空、軍事など。
一方、湖北省武漢市では2017年10月に同市のハイテク産業クラスター「武漢東湖新技術産業開発区」内にVR/AR産業パークが登場した。
中国中西部の貴州省ではVR/AR産業を促進する「VRタウン(Beidouwan Bay VR Town )」が同省経済特区内に開設された。2019年までに50社を誘致し、年間10億元の売上を目指す方針だ。これにより8,000万元(約13億円)の税収、3,500人の新規雇用が見込めるという。
この貴州省では2018年4月に中国初となるVRテーマパーク「Oriental Science Fiction Valley」が登場し話題となっている。広さ134ヘクタールの敷地に建設された15の近未来型パビリオンでは、35のVRアトラクションを楽しむことができる。建設費は30億元(約493億円)。
冒頭で紹介したように、江西省でもVRテーマパークの建設が計画されており、今後中国ではVRテーマパークが続々登場する可能性がある。
顔認識技術やドローンなど世界に先駆け先端テクノロジーを実用化してきた中国。VR/ARでもスピード感を持って開発・普及を進めていくことが予想される。旅行をはじめ医療や小売など、どのようなVR/AR施策が飛び出してくるのか、今後の展開が楽しみだ。
文:細谷元(Livit)