「世界競争力レポート」が評価手法を見直し。そこから見えるこれからの競争力の源泉

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スイス・ジュネーブに本部を置く世界経済フォーラム。政治指導者や実業家、経営者などの世界をけん引する要人がスイス東部のダボスで一堂に会し、世界情勢について議論をする年次総会「ダボス会議」が有名である。また、同組織は「グローバル・インフォメーション・テクノロジー・レポート」(Global Information Technology Report)、「未来の仕事に対するレポート」(The future of Jobs Report)など、様々な研究報告書を毎年発表している。そんな報告書の中でも注目度の高い「2018年版世界競争力レポート」(Global Competitiveness Report 2018)が10月17日に発表された。

イノベーティブなエコシステムで首位に立つドイツ

140の国や地域の競争力を順位付けした同レポートでは、トップ3が1位米国、2位シンガポール、3位ドイツだった(日本は5位)。2017年版では1位スイス、2位米国、3位シンガポールで、今回3位に順位付けされたドイツは5位だった(日本は9位)。

2009年から1位だったスイスが4位、ドイツが3位にランクアップされたのは、評価手法の見直しが大きく影響している。世界経済フォーラムのリリースによると、将来の競争力推進に大きな影響を与える要素である「アイデア創造」「起業文化」「開放性」「アジリティ」などが、政策決定の場では焦点になっていないとし、2018年版の報告書では、「第四次産業革命におけるグローバル経済のダイナミクスを完全に捉えるため、これまでとは異なる評価手法を取り入れた」としている。

第四次産業革命とは、人工知能やビックデータ、IoT、ロボットなどの新興の技術などであらゆるものがインターネットでつながることで生まれる新しい産業構造を指す。第四次産業革命によって大きく変革すると予想されているのは、主に製造業である。第一次の機械化、第二次の大量生産、第三の自動化が大きな波を作り、第四次では自律化が進むといわれている。

ところが、同報告書によると、第四次産業革命の基盤となるアイデア創出から製品商品化までプロセスを構築するイノベーティブなエコシステムがどの国においても相対的に弱いことが明らかになったという。ただし、ひとつの国を除いては。その国が3位のドイツである。

この項目においては140カ国のうち103カ国が50ポイント以下だったのに対し、ドイツはアメリカを抜いて87.5ポイントの1位だった。ドイツがこの分野においてなぜ強いのか。その理由を探ってみた。

98種類の指標を12の柱項目に分類、それぞれの指標を0から100までのスコアで評価した(出典:世界経済フォーラム)

充実した研究機関

連邦制をとっているドイツは州政府に強い権限が与えられており、16州がそれぞれ予算を持ち、各州が伝統的に積み上げてきた強みのある産業に関して研究や発明、オープンイノベーションに取り組んでいる。研究機関は大学だけにとどまらず、公的資金で運営されている研究機関の数は800以上にのぼり、さらにフラウンホーファー協会やシュタインバイス財団など、産学をつなぐ組織が大きな役割を果たしている。

例えば、ドイツ全土に68箇所あるフラウンホーファー研究機構は「社会に役立つ実用化のための研究」を主眼として、企業からの委託研究、若手研究者の育成に力を注いでいる。このように、分厚い研究機関、そして研究開発の成果をスムースに産業にパスし、実用レベルに落とし込んで技術を磨いていくというスタイルがドイツのイノベーションを推し進めている。

フラウンホーファー研究機構の公式Webサイト

イノベーションの中核を担う中小企業

ドイツの高い技術力を底支えしてきたのは、手工業のころから培われてきた「マイスター制度」である。高い技能を持つ職人の元で腕を磨き技術力を継承していくスタイルが制度として整えられており、工業化に伴い家内工業から中小企業へと形を変えたが、現在も家族経営が多く、ひとつのプロダクトに対して高い技術力を持つ中小企業(ドイツ語でMittelstand)がドイツ企業の99%を占めている。1989年の東西統一、1993年の欧州連合(EU)などで国内市場から国外へのシフトに成功し、着実に競争力をつけてきた。

また、中小企業の業種が偏っていないこと、一極集中ではなく各都市に分散しており、地域の雇用創出にも貢献していることなども挙げられる。

加速するスタートアップ

そのような伝統的に培われてきた技術の継承を重んじる中小企業が多い一方で、ここ数年のスタートアップの勢いもドイツのイノベーションを押し上げる要因のひとつといえる。

コスモポリタンでアートな都市として人気のベルリンでは、シリコンバレーに次ぐスタートアップ都市として注目されている。日本貿易振興機構JETROのレポートによると、ベルリンには17万社のスタートアップがあり、65万人の雇用を生み出していると報告している。スタートアップ関連のイベントやコワーキングスペースも多く、2015年にはベルリン州の経済振興公社による資金やサービス、インフラ整備、情報提供など支援策を行う「ベルリン・スタートアップ・ユニット」(The Berlin Startup Unit)というプロジェクトも立ち上がっている。

ベルリンを拠点とする2013年に設立されたスマートバンク「N26」。2018年6月でユーザー数は100万人を突破、2020年までには500万人を目標とする(公式Webサイト より)

ドイツ国家プロジェクト「インダストリー4.0」

ドイツは今回の報告書が発表される7年前の2011年から、第四次産業革命的な巨大な国家戦略プロジェクト「インダストリー4.0」を推し進めている。

今回、報告書でも触れている第四次産業革命の概念は、ここから生まれたともいわれている。製造業をデジタル化して生産から流通までを自動化、バーチャル化して生産コストと流通コストを極小化し、効率性・生産性を高めていくことを目指している。IoT、ビックデータ、AIなどの技術を利用してモノとモノをつなぎ、作業ロボットが発注状況や業務改善などの指示などを自律的に出せるようにするスマートファクトリー(考える工場)がコンセプトにある。

ドイツ自動車メーカー大手、ダイムラー社(公式Webサイト より)

第四次産業革命を実現するイノベーティブなエコシステムの構築要素はテクノロジーだけではない。テクノロジーを活用する人材とスキル、生産性、企業同士や産官学の連携、資本投資、スタートアップなどの新興企業が生まれやすいオープンな風土など、技術・文化・伝統・人々など様々な要素が絡みあっている。技術大国のドイツが、変革がもたらすかつてない大きなうねりをうまく操縦して産業構造を変えることができるか。そしてそのうねりは同時に、あるいは後続で次々と他の国にも伝播していくのか。

世界経済フォーラムのリリースで創立者であり会長のクラウス・シュワブが語っている。「第四次産業革命の活用は競争力の決定的な要素となる」。「今後、世界規模で“革新的な変革を理解する国”と“そうではない国”に分断されることが予測される。第四次産業革命の重要性を認識する経済圏だけが、機会を拡大することができる」。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit

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