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おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶをひっぱって、うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶはぬけません――。
有名なロシア民話『おおきなかぶ』。家族総出で、そして動物たちまで巻き込んでようやく抜けた「大きな大きなかぶ」。子ども時代、この「架空のかぶ」を想像して、ワクワクした人も多いことだろう。
しかし今、空想のなかでしか得られなかったような野菜が、アメリカで次々と誕生している。しかも大きさだけでなく、色、形も斬新で、味も一級とのこと。
これらの開発にはある共通点がある。それは、種ブリーダー、農家、そしてシェフという、食のエキスパートたちが共同で種開発に携わっていることだ。そしてこのムーブメントは広がりをみせているという。
見たこともないようなクリエイティブな野菜たち
今年9月、米ニューヨークのユニオンスクエア近くで食のイベント「Variety Showcase NYC」が開催された。
カラフルなえんどう豆、深紫のケール、さくらんぼのようなハラペーニョ…。見たこともないような野菜が次々とお披露目され、会場の参加者たちは、色鮮やかでフォトジェニックな野菜たちに釘付けとなった。
このイベントを主催したのは、オレゴンで野菜や果物の種開発を手がける農業団体「クリナリー・ブリーディング・ネットワーク 」(以下CBN)だ。CBNは数年前から種ブリーダー、農家、シェフが協力して、より創造的な野菜や果物を開発するプロジェクトを手がけている。
CBNの代表で、オレゴン州立大学の農業研究者レーン・セルマンは、現在の農作物の開発環境について次のように述べている。
「大半の農家は(野菜の)種を種ブリーダーから購入しています。彼らは野菜を育てることはできますが、種の持つ性質まではコントロールできません。」
CBN レーン・セルマン(右端)とクリナリー・ブリーディング・ネットワーク
エキスパートたちによる、ボーダーレスな種開発
そもそも今の農業は、種蒔きから収穫、そして人の口に入るまでの一連の流れが「分業」されている。
野菜や果物を育てるのは農家だが、その種はブリーダーから仕入れる。そして収穫後は流通業者に渡され、シェフが調理して人々の口に入る。収穫した野菜から種を取り出すことはなく、たいていは一代限りで終わり、新たに仕入れた種を蒔く。
そのためブリーダーは、日々、より良く強い種の改良・開発に精を出している。少々乱暴な言い方をしてしまえば、種が作られた段階で、ある程度の「完成図」は決まっているのだ。
セルマンが「専門分野を越えた種開発」を始めたきっかけは2011年に遡る。大学の催しで、業界向けのペッパー試食品評会が行われた時のことだ。
会では9種類のピーマンが並べられ、農家やブリーダーなどの関係者がそれらを食べくらべた。しかしセルマンはそこである疑問を抱いた。「味覚のプロではない彼らが野菜を作って、本当に美味しいものができるのだろうか」。
さらに、会に参加していたシェフは雑談中、ピーマンの形について評価し始めたという。通常、試食会では誰もが味に注目する。しかしそのシェフはピーマンのフォルム―ゆるやかな曲線やまっすぐなラインといった特徴―に注目し、これまで関係者の誰もが評価しない分野に価値を見出したのだ。
セルマンはこの時、開発の初期段階から幅広いステークホルダーを参加させる重要性を感じた。それにより味や大きさ、形、色など、エンドユーザーがより好む野菜を作り出すことができると確信したのだ。
有名シェフとのコラボで生まれた「ハニーナッツ・スクワッシュ」
こうして「垣根を越えた開発」により生まれた野菜のなかで、最も成功したものに、コーネル大学が開発した「ハニーナッツ・スクワッシュ」がある。
スクワッシュ(西洋かぼちゃ)の代表的な品種「バターナッツ・スクワッシュ」は、皮が乳白色をしたひょうたん型で、長さは20~30cm程度。水っぽく甘みが少ないので、スープやマッシュにして食されることが多い。バターナッツを元に品種改良されたハニーナッツ・スクワッシュは、約半分の大きさで凝縮された甘みが特徴。2年前からアメリカ北東部の市場を中心に出回り始め、今では(当地の)農家の90%が栽培しているとのことだ。
このハニーナッツ・スクワッシュ、開発には有名シェフのダン・バーバーが携わっているという。
バーバーは、マンハッタンにある高級アメリカ料理店「Blue Hill」のオーナーシェフ。健康的かつエシカルな食生活の定義を綴った著書『The Third Plate; Field Notes on The Future of Food』が話題となり、2009年には雑誌『TIMES』の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。
2009年、バーバーはマンハッタン郊外にある自身の農場付きレストランに、コーネル大学の種子ブリーダー、マイケル・マズーレ准教授を招待した。バーバーはマズーレに食事を振舞った後、彼を農場に連れて行き、“バナナのような”バターナッツ・スクワッシュを手にとってこういった。
「あなたが優秀なブリーダーであれば、もっと小さくて美味しい品種を作れますよね?」
その後マズーレは新しいスクワッシュ開発に取り掛かり、約2年後、より小さく、強い甘みを持つハニーナッツ・スクワッシュが完成した。
「味覚のプロ」が種開発に参加する意味
通常、新種の開発では味よりも「どれだけたくさん実をつけるか」という収穫量が重視される。しかし今回、バーバーがチームに参加したことで、何よりも「美味しさ」が優先された。
ある時バーバーは、バターナッツ・スクワッシュをマズーレの前で調理してみせた。その時「皮をカラメル状にローストして、強い甘みを出していた」ことに、マズーレは衝撃を受けた。
これまで彼やブリーダー仲間がしていた調理法とは間逆だったのだ。彼らは「蒸したり、水分を加えて味を薄めたり」していたのだ。この経験が、前代未聞のスクワッシュ誕生のきっかけとなった。
左からバターナッツ・スクワッシュ、ハニーナッツ・スクワッシュ、そして開発中の“898”スクワッシュ
ライフスタイルを変革させる可能性
ハニーナッツ・スクワッシュの登場で、これまで「加工」しなければ食べられなかったスクワッシュのイメージは180度変わった。ニューヨークの有名レストラン「Oceana」のシェフ、ビル・テレパンは「このスクワッシュはローストしただけでも美味しい」と絶賛した。小さく皮のついたままでも食べられることから、調理のアレンジを広げ、シェフたちのクリエイティビティに刺激を与えている。
これまでになかった新種の誕生は、ひととき関心を引くだけではなく、人々の食生活を変える可能性も秘めている。甘みを備え、そのまま食べても美味しい小さなスクワッシュは、子どもの健康的なおやつとして親が買い与えるかもしれない。また、ボーダーレスな開発はさらに広がり、その裾野はもっと広がっていくことも考えられる。
従来の野菜開発のイメージを覆す日もそう遠くはないかもしれない。
では最後に、冒頭で触れたイベント「Variety Showcase NYC」でお披露目された新しい野菜を、いくつか紹介する。
苦くないチコリー:Castelfranco Chicory
チコリー(アンディーブ)は、日本名で「菊苦菜」といわれる苦味が際立つ野菜だ。しかしこの「Castelfranco Chicory」は苦味が少なく、生産したCampo Rosso Farmは「チコリー嫌いの人にぜひ食べてもらいたい」という。
フリルのような見た目も美しく、ダン・バーバーのBlue Hillはじめ、ニューヨークの人気レストランでも使う店が増えているという。
深紫色のケール:“Deep Purple” Kale
コーネル大学により開発された深紫色のケール。ケール=緑という常識を覆す新種だ。彼らの色彩への挑戦は継続中で、今は明るい金色とエメラルドグリーンのケールを開発しているという。
Deep Purple Kale
ニンジンのようなビーツ:Crapaudine Beets
実は1世紀以上前から存在する伝統的な品種らしいが、「ビーツは丸いもの」という既成概念を壊すも斬新なビーツである。伝統種をより食べやすい味にワシントン州の家族経営の種会社Uprisings Seedsが改良した。
Crapaudine Beets
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)