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スマートフォンで簡単に管理できるスマート家電や、モノ自体にインターネットが組みこまれるIoT家電が進化する近年。
家電だけでもなく「家具」もロボット工学の技術を使ってよりよい暮らしを送ることができないかーー。そう考えて生まれたのが「Smart Furniture(スマート家具)」である。
最近のアメリカ都市部での住宅事情とマイクロ・アパートメント
その背景として、近年のアメリカ、特に大都市部ではアパートの賃貸料が年々上がっている。
2017年10月に話題となった「1,500ドルで世界各地どれだけの広さのアパートが借りることができるか」というリサーチでは、東京の50平方メートルに比べて、ニューヨークのマンハッタンでは、最小の26平方メートルという調査が出ている。
ニューヨークではルームシェアでも月に2,000ドル、ワンルームマンション(スタジオ)を借りるなら、月に2,500ドルかかるといわれている。当然若者の年収では間に合うはずがなく、近年アメリカでは家を買わずに、さらに賃貸することもせずに、車に住む人も増えてきているというから驚きだ。
車で住む人のなかには、2008年9月のリーマンショックが収入に影響が出た人も含まれ、また、住宅の価格の高騰の影響だけでなく、アメリカでも広がる「ミニマリズム(芸術や生活様式のなかで装飾的な要素を最小限に抑えたスタイル)」の影響もあるといわれている。
生活における物質的なものを切り落としていく際に、一番に大きく負担となる「住宅費」を削り、その分を実際の暮らしの豊かさにあてるのだという。
マイクロ・アパートメントの台頭
アメリカでも日本のように小さいアパートが最近は主流となっており、20から30平方メートルの大きさのアパートメントは「micro-apartment(マイクロ・アパートメント)」と呼ばれ、近年増加傾向にある。
日本語に訳すと「狭小住宅」のことであり、人口の増加と晩婚化が進み、一人暮らしの人口が増えていることがマイクロアパートメントの増加の理由となっている。
そんななか、全米最大の建築協会である「American Institute of Architects(アメリカ建築家協会)」で2017年の栄誉賞を受賞したアパート「Carmel Place(カーメル・プレイス)」は、ニューヨーク州が初めて認可したプレハブでできたマイクロ・アパートメントである。
ニューヨーク市では2012年に初めて狭小住宅モデル計画がうちたてられ、都市計画局がこれを認め、400平方フィート(約37平方メートル)を下回るタイプのスタジオタイプ(ワンルーム)のアパートの建設が許可された。
家具や備品、共同の事務、執事サービスも含め、家賃は約2,500ドル(約28万円)であり、これは家賃の高いニューヨークでは相場であり、決して高すぎる金額ではない。
ニューヨーク初のマイクロ・アパートメント
アメリカではもともとアパートは3DKや3LDKなどが多く、それを友人や家族でシェアして使う。一人暮らし用のスタジオタイプ(ワンルーム)や1LDKは少なかったのだが、一人暮らしの増加という社会の変化の流れに合わせ、住居も変化しているのだ。
スマート家具とMITメディアラボ
アメリカの住居が小さくなる傾向の中で開発されたのが「Smart Furniture(スマート家具)」である。
これは、「Robotic Furniture(ロボット家具)」とも呼ばれ、コンピュータ制御でボタン一つで動かすことのできる家具。なかでも米国マサチューセッツ工科大学 (MIT) 建築・計画スクール内に設置された研究所「MIT Media Lab(MITメディアラボ)」が開発したスマート家具「Ori(オリ)」が注目を集めている。
MITメディアラボは世界最高峰のメディア研究の拠点であり、2011年9月から日本人である伊藤穰一氏が4代目所長を務めている。このMITメディアラボ内の「空間変化グループ」の研究プロジェクトだったのがOriである。
グループを率いる建築家でありディレクターであるKent Larson(ケント・ラーソン)は6年前、ロボットの力を借りて、狭い空間での暮らしの窮屈さをどうにかして解消できないかと研究を進め、小さな空間を大きな空間のように感じることができれば、もっと多くの人が狭小住宅を受け入れるかもしれないという仮説をたてた。
人口が増加している都市部でも、そこでの暮らしの質が上がれば、ストレスなく人口密度を高めることができるだろうと考えたのである。
まず、ラーソンは「City home(シティーホーム)」というプロジェクトを考案し、そのプロトタイプを作成した。イケアの2050年のカタログをイメージした、形が変わる家具である。手を振ると、木の直方体からまるで魔法のように、ダイニングテーブルやベッド、シャワーが現れるのである。
現在のスマートホームが小さなスマート家電で構成されていて、残りの空間は無視されているということに、結果的に研究者たちは気づいた。
スペイン人エンジニア、Hasier Larreaの「Ori」
そのCity homeのプロジェクトに参加していたのが、Hasier Larrea(アシエル・ラレア)、のちのスマート家具開発企業「Ori Inc」の創業者である。Ori Incはマサチューセッツ州ケンブリッジを本拠としている。
アシエル・ラレアはスペイン・バスク地方サン・セバスティアン出身の機械設計者。2017年にForbes誌で「Forbes 30 Under 30(Forbesが選ぶ30歳未満の影響力のある30人のリスト)」に名前を連ねた28歳だ。
スペイン・ナバラ大学で工業デザインを学び、卒業研究のためにカリフォルニア・ポリテクニック州立大学に半年間留学したのち、2011年9月から2015年5月までの約4年をMITメディアラボの建築ロボット技術「City home Project(シティ・ホームプロジェクト)」でプロジェクトマネージャーとして在籍した。
2015年9月にOri,Inc.を立ち上げ、Oriの商品化と大量生産を実現するため、システムの微調整に取り組み、アメリカ国内10都市(シアトル、ボストン、マイアミ、ニューヨークなど)とカナダ・バンクーバーのアパートメントに今年中に導入しようとしている。
2018年10月はじめには第21回Mass Technology Leadership Awards(マサチューセッツ・テクノロジー・リーダーシップ・アワード)内の「Innovative Tech of the Year:Robotics(その年のもっとも革新的なテクノロジー賞・ロボット工学部門)」を受賞した。
Oriは、小さなワンルームマンションなどをスマートフォンの専用アプリや音声コマンド、コントロールパッドのボタンを押すだけでロボットによって家具を動かし、狭いスペースを有効利用できるスマート家具である。
Oriの名前の由来は日本語の「折り紙」。30平方メートルほどのワンルームのアパートで名前の通り、家具が折りたためるかのようにボタンやセンサーひとつで移動していき、スペースを作り、1部屋でも2部屋や3部屋あるかのように変化させることができる。
機能モードはBed mode(ベッドモード:寝るとき、ベッドが現れる)、Lounge mode(ラウンジモード:来客用、広いオープンスペースができあがる)、Wardrobe mode(ワードローブモード:朝、洋服を選ぶときにクローゼットが現れる)の合計3つである。
今までもベッドを壁に入れるシステム家具は存在した。「スマート」家具といわれる所以はそれがタッチセンサーやスマートフォンの専用アプリなどで、自分の力を多く使わずに簡単にロボットの力で移動させることができることにある。
その使い方のひとつにAIスピーカーとの連携もある。「Alexa、ベッドをみせてほしい、とOriに伝えてくれ」と、テーブルの上のAIスピーカーに話しかけると、ベッドが家具のなかから自動で出てくるのである。
高さ約2.75m、横幅約1.5m、奥行き2mの家具が簡単にスペースを作ってくれるのは、魅力的だ。「ガレージのドアは自動で開くのにもう私たちはずいぶん前から慣れているのに、なぜ家具は今でもまだ自動で動かないんだ?」と、ラレアは問いかける。
NYのマンハッタンにあるBrookfield Properties(ブルックフィールド不動産) の開発部副社長マリア・マシ氏はOriを実際に目にして、
「近年ワンルームマンションはどんどん小さくなってきている。このスマート家具があればベッドルームをわざわざ分けて持つ必要もなくなり、同じスペースで長い時間ゆったり過ごすことができるようになる」
とコメントした。
現在は1万ドル(約112万円)の価格ですぐに庶民の生活に導入するのは難しそうなOriだが、需要が大きくなれば、その価格も下がり、手に入るようになる日も来るのかもしれない。
ケント・ラーソンは言う。
「Cities are for people, not for machines.(町は人々のためのものであり、機械のためのものではない)人々は機械ではない。テクノロジーを発展させていくことが目的ではない。テクノロジーを使って人々のよりよい暮らしを求めることが大切なのだ」
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文:中森有紀
編集:岡徳之(Livit)