国際航空運送協会(IATA)によると、2017年世界の航空旅客数は前年比3.6%増の約40億人に達した。この成長率は今後も維持される見込みで、2036年には旅客数は78億人に達するという。
アジア太平洋や中東、中南米の新興国が世界の旅行市場をけん引すると見られている。
一方、旅客数の増加に対して航空機パイロットの供給が追いつかないという問題が浮上、現在すでにパイロット不足が顕在化している。
パイロット不足により、航空各社のパイロット獲得競争が激化。パイロットを取り込むために、平均の2〜3倍の給与を提示する航空会社もあるほどだ。
そんななかシンガポールでは地元紙ストレーツ・タイムズがこのほど、この5~6年間シンガポール航空から180人ものパイロットが競合会社に移籍したと報じ注目を集めている。移籍先は中国と中東の航空会社が多いという。
今回は、世界の航空産業で起こるパイロット不足問題とそれにともない激化するパイロット獲得競争についてその最新動向をお伝えしたい。
パイロット不足と獲得競争激化、給与は高騰
現在、世界には何人のパイロットが存在するのだろうか。
カナダのフライト訓練シミュレーター大手CAEは、現在世界には29万人のパイロットがいると推計。今後パイロット需要は大幅に伸びる見込みで、10年後には44万人のパイロットが必要になると予想している。定年退職者の数を考慮した場合、今後新たに25万5,000人のパイロットが必要になるという。
米航空機大手ボーイングも将来のパイロット需要を予測している。同社が予測したのは20年後のパイロット需要だ。それによると、2037年の世界では、79万人のパイロットが必要になるという。地域別ではアジア太平洋が最大で、将来のパイロット需要は26万人に達する。
これらの予測は10年、20年後を見据えたものだが、現在すでに需要超過となっておりパイロット供給が追いついていない状況だ。
シンガポール航空に関するニュースにこのことが如実に現れている。
2018年9月、シンガポールの地元紙ストレーツ・タイムズが、この5〜6年でシンガポール航空から180人ものパイロットが競合航空会社に移籍したと伝えたのだ。
2011年、シンガポール航空には2,331人のパイロットが在籍していた。現在その数は2,000人に減少。減少分の半数以上180人が競合会社への移籍であることが内部調査で判明。残りは退職による減少だ。
ストレーツ・タイムズによると、シンガポール航空の広報担当はこの減少分は人員計画の範囲内だと説明、一方で業界関係者は今回の減員は過去と比較しても規模が大きく、またシンガポール航空が航空機を新たに購入したことを考慮すると、パイロットの拡充が必要になると指摘している。
パイロットの移籍先の多くは中国と中東の航空会社だ。これらの地域・国では旅行需要が爆発的に拡大しており、航空各社は人気旅行先の新規就航や増便などで需要を取り込もうとしている。しかし、パイロット不足問題に直面。パイロット育成トレーニングには時間とコストがかかるため、他社からの引き抜きで対応している状況だ。
引き抜きに際して、給与と福利厚生を充実させ、労働条件に不満を持つ競合会社のパイロットを次々と獲得しているようだ。
たとえば、シンガポール航空パイロットの平均年収は25万シンガポールドル(約2,000万円)だが、中国・海南航空では最大40万Sドルを提示しているという。
シンガポール航空では同社とパイロット労働組合が労働条件をめぐりながらく争議を行っており、現在の労働条件に満足していないパイロットが多いことがうかがえる。
ストレーツ・タイムズが2018年9月に伝えたところでは、シンガポール航空と同社のパイロット労働組合が過去8カ月にわたり労働協約の交渉を実施してきたが、合意に至らず、争議は労働仲裁裁判所に付託された。この争議の主要な対立点は賃金だ。
シンガポール航空側は同社パイロットの給与水準は、競合他社と比較しても張り合える水準であると主要しているが、労組側はシンガポールの生活費の高さを考慮すると、給与水準は妥当なものではないと主張している。このように、シンガポール航空内部に、パイロット流出につながる要因がくすぶっているといえるだろう。
パイロットの労働条件に関する不満はシンガポール航空だけでなく世界各地の航空会社で顕在化しており、中国と中東の航空会社にとっては世界各地でパイロットを獲得しやすい状況になっている。
チャンネル・ニュース・アジアによると、欧州ではアイルランドのライアンエアーが労働条件の改善を目指し労組を結成、また最近エア・フランスは賃金をめぐってストライキを実施したという。
中国や中東の航空会社は資金力にものをいわせ破格の給与や福利厚生を提示し各国のパイロットを引き抜いている。しかし、世界的にコスト問題が指摘される航空産業において、破格の待遇によるパイロット獲得合戦は、コスト問題を一層悪化させることにつながりかねない。
破格の待遇での引き抜きではなく、パイロット育成の効率化を通じて人材不足問題に対応しようとする航空会社も存在する。
ボーイング787、フライトシミュレーター
オーストラリアのカンタス航空は2018年9月、パイロット不足解消を目指して、パイロット訓練学校を開設することを発表。投資額は3,500万豪ドル(約28億円)。最大で年間250人のパイロット育成が可能という。
一方、エミレーツ航空は1億3,500万ドル(約150億円)を投じて年間600人のパイロット育成ができる訓練センターを開校した。
シンガポール航空もカナダのCAEと合弁の訓練センターをチャンギ空港近くに開校。主にCAEのシミュレーターを使ったフライト訓練を実施するという。
これらの取り組みが世界のパイロット不足問題を解消することができるのか。中国と中東の航空会社の動向を含め、今後も目が離せない。
文:細谷元(Livit)