生産性を高め、品質管理を向上させることができる「オートメーション」。自動車メーカーなど製造業の世界では不可欠となっている設備投資だ。
米国の調査会社Allied Market Researchによると、世界のオートメーション市場は、2017年に1,900億ドル(約21兆円)に達したという。今後も投資は堅調に推移、年率8.8%の成長率となり、2025年には3,683億ドル(約41兆円)に拡大する見込みという。
オートメーションと聞くと人が一切介在しない状態をイメージするかもしれないが、ロボットでは代替できない作業は多く、オートメーション化した工場でも人間のスキルは依然として求められている。
欧米では、オートメーション化した工場で人がいかにロボットと協働するのかというテーマで「未来の製造業」に関する研究が進められている。
産業心理学を専門とし、研究グループ「Charterd Institute of Ergonomic and Human Factors」のシニア研究員、サラ・フレッチャー教授(英クランフィールド大学)は、製造業メディアThe Manufactureで、未来の製造工場は人とテクノロジーがうまく融合した空間であり、それを実現するには人の能力を最大化するための「エルゴノミクス(人間工学)」という科学的アプローチが必要であると主張している。
エルゴノミクスを活用したツールを使うと、人は身体・心理的な負担を軽減することが可能だ。それにより疲れ知らずのロボットとのバランスを取ることができるようになるのだ。
すでに欧米の大手自動車メーカーでは、エルゴノミクス・ツールを導入するケースが増えており、未来の製造業を体現する動きが活発化している。
パワードスーツも?大手自動車メーカーが注目するエルゴノミクスアプローチ
フォルクスワーゲンは、スロバキアのブラチスラヴァ工場で「Paexo(パクソ)」と呼ばれるエクソスケルトン(パワードスーツのようなもの)を試験的に導入。従業員の身体的疲労を軽減しつつ、生産性と品質の向上を目指す取り組みを実施している。
フォルクスワーゲンが試験的に導入したエクソスケルトン「Paexo」(フォルクスワーゲン・プレスリリースページより)
パクソを開発したのはドイツの総合医療福祉機器メーカー、オットーボックだ。同社はバイオメカニクスや整形外科分野を得意とし車椅子や義手・義足の開発を行っている。高齢化の進展や工場における身体的健康の維持を求める声の高まりに対応するために、産業向けのパクソを開発した。頭上の作業で腕を支えることができ、肩周りの筋肉の疲労を軽減することが可能という。
同社ウェブサイトによると、ドイツでは労働者の欠勤日数の23%が筋骨格系の不具合によるものとされている。55歳以上では35%以上にもなるという。経済損失は200億ユーロ(約2兆5,700億円)に上るという試算もあるようだ。筋骨格系の不具合と頭上の作業には直接的な関連があるとされており、身体的疲労をどのように軽減するのかが労働環境や健康状態を改善させる上で重要な課題と認識されているという。
フォルクスワーゲン・スロバキアの人事担当によると、製造ラインの最終工程の多くが頭上の作業となることから、ブラチスラヴァ工場では30体のパクソを試験的に導入、その効果を長期で評価していくという。
米自動車メーカー、フォードは別のエルゴノミクスアプローチを採用。
同社は、プロアスリートがフォームを分析する際に使うボディー・トラッキングシステムを応用した従業員の姿勢分析システムをスペイン・バレンシアのエンジン工場に導入した。
フォードが導入した姿勢トラッキングシステム(フォード・プレスページより)
このシステムは、フォードとバレンシア・バイオメカニクス研究所が共同で開発。従業員が着用するスーツには15個のトラッキングセンサーがついており、頭、首、肩など作業中の身体の動きを記録・分析することができる。モーショントラッキングカメラの映像と組み合わせることで、3次元のアニメーションで再現することもできる。
このデータはエルゴノミクス専門家により分析され、疲れやすい姿勢で作業をしていないかなどがチェックされる。また、動きだけでなく身長や手足の長さを考慮した従業員にフィットしたワークステーションをデザインすることも可能という。
欧州中にあるBMWの工場やドイツのボッシュで導入され、注目を集めているProGloveのプロダクトにも触れておきたい。
ProGloveが開発するのは、スキャナが装着されたグローブだ。通常、工場で従業員がスキャナを使う際、片方の手でスキャナを持つためハンズフリーにはならずスキャン対象物とスキャナを持ち替える際に無駄な時間が発生してしまう。ProGloveのスキャナはハンズフリーでスキャンすることができるため、スキャン1回あたり4秒の節約が可能になるという。BMW、ボッシュ、フォルシアなど大手企業の製造ライン、品質管理、商品ピッキングのさまざまな場面で活用されている。
ProGloveのスキャナ(ProGloveプレスキットより)
ProGloveの創業者でCEOのトーマス・キルチネル氏はThe Manufactureの取材で、オートメーションがどれだけ進んでも人が産業の中心であることは変わりないと指摘。その上で、オートメーション化された環境に人がどこまで融合できるのかが重要になるとの認識を示した。
ロボットや人工知能の台頭で人間の職が失われる可能性が指摘されているが、現時点でロボットや人工知能はアシスタント的な役割を担う存在で、人間に取って代わるという状況はまだ生まれていない。今回紹介した事例のようにエルゴノミクスを活用した人の能力最大化、それによるテクノロジーとの融合促進が当面のテーマになっていくのではないだろうか。
文:細谷元 (Livit)