「気持ちいいグッズ」ブームの別の顔
昨年全世界を熱狂の渦に巻き込んだハンドスピナーやフィジェットキューブ、抱きしめられているような感覚で安眠できるという重みのあるブランケット。…と読んで「お、気持ちよさそうだな」と食指が動いたあなたは、ちょっとお疲れ気味かもしれない。
米ニュースサイトVoxのRebecca Jennings氏は、これらの台頭に代表される一連の「ストレスを緩和するグッズ」のブームを「アングザエティ・コンシューマリズム (不安消費主義)」と命名し、その意味を問うている。
なぜ彼女は、単なる楽しくて気持ちいいおもちゃのブームの別の顔をみたのか。レポートは、誰もが知っている大ヒット商品の、あまり知られていない誕生の経緯から始まる。
ご存じ、ハンドスピナー(pixabayより)
ヒット商品の誕生まで
『2016年秋から2017年春にかけて、二つの新しいストレス緩和グッズのプロジェクトが、いずれも2万ドルというやや控えめな目標を掲げてクラウドファンディングを始めた。しかし結果的にその商品はどちらも数百万ドルを調達し、不安を鎮めるシンプルなグッズという一大マーケットを築き上げるきっかけを作ったのだった』
その二つのストレス緩和グッズとは、翌年のハンドスピナーブームの先鞭をつけたフィジェットキューブ (資金調達額650万ドル)と、人々により良い睡眠を約束して470万ドルを調達したグラビティブランケット (人にハグされているような感覚を得られるよう体重の約10%の重みをつけたブランケット)である。
どちらも大企業の後押しは一切なく、インターネット上でそのビデオをみて「効くかも」と期待した一般人からの寄付だけでその額に達したという。
フィジェットキューブ(pixabayより)
フィジェットキューブ・ハンドスピナーの場合
「フィジェット(英fidget=「そわそわ・イライラ」、または「いじくり回す」)・トイ」という一大ジャンルを築いた二大巨頭はどのように生まれたのか。
フィジェットキューブは、コロラドでデザインスタジオを営む兄弟が思いついた「オフィスにあっても違和感がなく、仕事への集中をサポートするために手の中でいじれる玩具」というコンセプトが始まりだった。
数年アイディアを練ったのち形になったものを引っ提げて米Kickstarterで資金集めを始めた結果は先述の通りで、調達額は同社史上第10位を記録した。
ハンドスピナーの歴史は意外と古く、生まれも育ちも医療と所縁が深い。発明者は90年代にフロリダに住んでいた免疫系の病気を患う母親だった。彼女は病に筋力を奪われていく中、遊んであげられない7歳の娘のなぐさめとしてハンドスピナーを生み出したという。
いくつかの企業と交渉したが大量生産には至らず、2016年に予期せぬトラブルで生産が遅れていたフィジェットキューブの安価な代用品として爆発的にヒットするまでは、ADHDや自閉症といった発達障害のある子どものサポート用品としてステンレスやチタン製の200ドル近くするものが細々と生産されているだけだった。
グラビティブランケットの場合
重みをつけたブランケットの草分け・グラビティはまた全く異なる出自を持つ。
科学技術を扱うメディア会社が新しい収益モデルを模索する中、睡眠とストレスに関する記事が注目を集めていることに着目し「加重ブランケット」が誕生した。こちらも実は類似品が何十年も前から存在した。
ただし自閉症を持つ子供や、ADHDを持つ大人のためのあくまで「医療用品」だった商品を、ニッチな医療的需要から一般受けする形にサルベージしたという点は先述のフィジェットトイと同じである。
結果として、約250ドル(日本国内価格は46,890円)という価格にもかかわらず現在までに7万枚以上を売り上げている。
グラビティブランケット(公式HPより )
以前から存在していた「不安消費主義」の示すもの
以前から存在した「大人のぬり絵」やアロマグッズなども含め、爆発的ブームの「ストレス解消グッズ」が、いずれも効果に関する科学的根拠は希薄であるにもかかわらず人気を誇るという事実は、「アメリカ人はひどい不安を抱えており、みんなその不安から抜け出そうとお金を消費している」ことを浮き彫りにしているとJennings氏は語る。
同氏は現代のアメリカ国民の3分の1が一生のうちに不安障害を経験すること、2016年の大統領選の結果を始め不安をあおるファクターは増加の一方であるにも関わらず医療費はカットされ、人々が「治療」を受けることがますます困難になっている現状を指摘する。
更にメンタルヘルスの知識が広く認識されたことにより、精神状態が不安定であることが以前よりも受け入れられやすくなった。その結果、不安を「治療」はしないまでも、不安から気をそらさせてくれるグッズに人々の目が向いたという。
長い道のりの「根治」と一時的な「安らぎ」
『不安障害であろうと、ADHD、強迫性障害、自閉症であろうと、グッズで根本的な問題を解決することはできません。<中略>セラピー、薬物療法、人生の徹底的な見直しなどはどれもお金がかかったり大変だったりする。そこでグラビティブランケットの出番となるのです』。
同氏は全般性不安障害の啓蒙の先駆者・Meredith Arthur氏より『私たちは、自分の心の扱い方を理解しようとせず、代わりにモノを投げ込んでいる』という言葉を引用しながらも、『もっともメンタルヘルスの問題は、科学的な根拠のある方法でも治療は難しいものです。認知行動療法でも、暴露療法でも、抗不安薬でも、生活スタイルの矯正でも』と、癒しグッズブームへの批判を和らげている(もっとも心理畑出身の筆者としては、精神分析系の心理療法などでクライアントの問題の「根治」を目指し日々臨床活動を続けるセラピストたちも多くいることを書き留めておきたい)。
実際、彼女が不安障害に苦しみ精神科を訪れた際、「自分が長年構築してきた(不安から)気分を紛らわすために物理的に何かをする習慣は、根本的な問題から目をそらすための有害な癖だと批判される」という予測と相反して、医師はその後も彼女に気をそらすためのグッズを「処方」し続けたという。そして彼女は、それらのグッズが一時的にしろ「効く」ことに気づいたのだった。
次元の違う話ではあるが、箱庭の砂やアートセラピーの粘土などは、その「気持ちいい」手触りに若干の治療効果もあるとされている。
日本における「癒し」「ストレス解消グッズ」の背景
Jennings氏がアメリカ人の国民病として描いた不安障害だが、日本ではどうだろうか。WHOによるとパニック障害なども含め不安障害の患者数は全国で1,000万人以上 。
また、自殺率の高さとうつ病と診断された患者数の低さのギャップから、メンタルヘルスに問題を抱える人の精神科受診率の低さが指摘されている(うつ病患者のうち実際医療機関を訪れる人は4分の1程度 という)。
つまりはJennings氏が描写したような、「未治療の不安やストレスをグッズで紛らわせる」余地は莫大にあるとみてよいだろう。
このような事実を並べるまでもなく、日本においては少なくとも人々がバブル経済に沸き猛烈に仕事していた四半世紀以上前から、「ストレス解消グッズ」はすっかり定着したジャンルだったように記憶している。
その後経済状況の悪化や国民のメンタルヘルスへの意識の高まりとともに市場は成長を続け、現在「癒しグッズ」と日本語でGoogle検索すれば3,700万件以上のヒットがあり、取り立てて問題視するような記述も見当たらない。
日本において現在国民の半分が罹患し、毎年春にドラッグストアを彩る花粉症と同様、ストレスに関しても辛い症状を少しでも軽減しようと関連商品を手に取る人々が大々的な経済効果を生んでいるという皮肉な事実があるだけだ。
アロマは癒しグッズの定番
Jennings氏の指摘の背景にある「文化差」
一方Jennings氏はレポートを静かながら乾いたやけっぱち感あふれる記述で結んでいる。
『何か適当なものをいじくり回したいという奇妙な欲求を感じたことはありますか?もちろん!眠れないことがありますか?ない人いるの?<中略>私たちはストレスにさらされていて、不安で、睡眠不足で、不安のせいで早死にするという恐れでもっと不安になって、そして衝動的にそれを何とかしてくれるグッズを買いに走る。
ハンドスピナーや加重ブランケットがダメでも、またすぐにあなたの不安をなだめてくれるキラキラグッズがお店に並ぶでしょう』。
アメリカ人の彼女がこの状況を問題としてみた最も大きな要因は、ひとつには彼女の文化圏ではストレスがある状態を「当たり前」とはみず、「ストレスがあるならば状況を改善するように努力すべきだ」と考えるという点ではないだろうか。
日本人はあきらめがいい上に「苦労と我慢が美徳」という文化があるので、ストレスがあること自体(特に大人であれば)当たり前と考える節がある。
欧米のようにストレスがあれば現状を変えようとしたり、カウンセリングなどで自分の心を自分でコントロールする文化に対し、母性社会の日本は自分の心の中の司令塔とその他の部分の区別も、自分と他人の境界もあいまいで、人やモノになんとなくストレス解消してもらいながら大変な状況に耐えることを良しとする文化だ。
お父さんたちが仕事帰りに癒しを求めて「ママ」のいるお店でちょっと一杯飲むのも日本独特の文化で、セクシーな女性がいるバーがどうして繁華街ではなくビジネス街に集中しているのか、外国人に理解してもらうにはたいてい詳細な説明を要する。
ストレスがあるから癒しグッズが充実するのか、癒しグッズが充実しているから日本人は過酷な労働条件にも耐えて世界に称賛される素晴らしい国を築いているのかは鶏と卵的な問題になるが、ともあれそのストレスと癒しのなあなあな関係が続いている。
だからこそ「癒しグッズ市場は、人のストレスからお金を生み出している」というJennings氏の観点にははっとさせられるものがある。
世界のリードを取り日々進化を続ける癒しグッズ市場とは裏腹に心の問題を抱える人の数がうなぎのぼりである日本も、そろそろその構造に限界が来ていないか考えてみてもいいかもしれない。
「気持ちいい」グッズやサービスに日ごろのストレスを癒されているとき、だれもが不安消費主義にせっせと貢献している。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)