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この夏、美術界に衝撃が走った。世界最大のアートオークション「クリスティーズ」が、世界で初めて、ある画家の作品を出品すると発表。その画家は「AI(人工知能)」。
作品名は『Edmond Belamyの肖像画』。クリスティーズがこの作品についてウェブサイトで特集を組んでいる。
「おそらくフランス人と思われる紳士のポートレート。黒のフロックコート、白い襟から教会に関わる人物と思われる。顔が不明瞭で、キャンパスには空白部分があることから、この絵は未完成かもしれない。モデルはEdmond Belamyとあるが、この作品の手がかりとなるのは、右下にある画家の署名しかない」。
その署名は複雑な数式である。
Edmond Belamyの肖像画(出典:Christie’s)
出品者はパリを拠点としているアーティストであり、AIリサーチャー集団のOBVIOUS。自動運転や機械操作などではなく、AIによるクリエイティビティの可能性を探っている。
創作で駆使されたのは2つのネットワークの相互ディープラーニング
今回クリスティーズに出品される絵を作るために、OBVIOUSはAIに14世紀から20世紀に描かれたポートレート15,000点を学習させたという。
使用したアルゴリズムは「GAN」。GANは「Generative adversarial network」の略語で、生成ネットワーク(Generator)と識別ネットワーク(Discriminator)の2つのネットワークで構成される。
膨大な肖像画を学習し、データベース化した作品からイメージを創出するのがGeneratorで、Discriminatorが人によって描かれた絵とGeneratorが生成したイメージの差異を識別する。
Generatorはイメージを創出し、それは実際の肖像画だとDiscriminatorを欺き、Discriminatorは正確に判別するべく差異をより高度に学習する。このように互いに切磋琢磨しながら学習を深めていくことで、本物に近い結果が得られるようになる。
『Edmond Belamyの肖像画』の右下の署名は、GANの数式である。
GANの発案者は、GoogleのリサーチャーでもあるIan Goodfellow氏。ディープラーニングを実行させるにはヒトがラベル付けした情報を機械にフィードしなければならず、その作業は膨大である。
そこで、Goodfellow氏は2つのネットワークがお互いにトレーニングしあうことで、少ないデータからあらゆる結果をはじきだすことができると考えた。
OBVIOUSはウェブサイトで、Belamy家の肖像画や犯罪者の顔写真をGANに学習させて生成したイメージ群の「SuperRare」、AIに蝶々と花は一緒であると学習させてイメージを新たに生成させた「Digital Objects」などを発表している。
Zebraと名付けられたAIによって生成された作品(出典:OBVIOUS)
GANに創造性を加えたCAN
2017年、米ジョージア州アトランタで行われたコンピュータの創造性を話し合う国際会議のInternational Conference on Computational Creativity (ICCC) で、GANをさらに推し進めたアルゴリズム「CAN(Creative adversarial network)」が発表された。発表したのはニュージャージー州のラドガース大学のアート&AI研究所。
日本語では敵対的創造ネットワークと訳せるCANは、過去の作品群から生成&識別を繰り返して新しい生成物を作るGANに創造的に思考する機能を加えたものだという。
GANでは創造的なアートワークをオリジナルで生み出すことには限界がある。
そのため、CANではすでにあるスタイルから逸脱しながらも人が理解不能な領域までいかないよう定義づけ、ヒトによって創造された作品やCANから創造された作品に対する人びとの反応を比較しながらアルゴリズムを開発した。
CANで生成されたアートは、抽象画として「ヒトによるアートとあまり遜色がない」と評価されたという。
CANが生成したアート(出典:Art and Artificial Intelligence Laboratory, Rutgers University)
AIがアートに提起するもの
今年4月にフランスのグランパレで「アーティスト&ロボット展」という企画展示がかつてない規模で行われ、7月にはインドでAIを使ったアーティストによるアート展示が行われた。
「アーティスト&ロボット展」は60年の機械とヒトの歴史をたどりながら、ロボット、プログラムがアーティストに置き換えられるか、アートとは何かをインタラクティブな展示を通して体感的に、哲学的に問いかけるものだった。
インドのニューデリーにある現代アートギャラリーNature Morteで行われた企画展では、各国のアーティストが自身の芸術活動のツールとしてAIをどのように使っているのかを探ることを目的とし、7カ国7人のアート作品が展示された。
ギャラリーディレクターのAparajita Jain氏は「アートの世界にAIが入り込んでいる昨今の現象は無視できないものになっている」と話す。「AIが芸術家にとって代わられるという恐れが強調されがちだが、AIはカメラやビデオなどの新しい機械と比較できるのでは」。
前述のグランパレについても、「ロボットやプログラムは役に立つもの(実用)で、芸術は役に立たない。だからこそ芸術は人々を引きつけてやまないのだ」と語った。
Nature Morteで9月15日まで開催されたAIアート展「Gradient Descent」
AIによって生成されたアートは、モダンアートの新しい幕開け、新しい可能性を探索するツールと評される一方で、「アートとは、筆を持つ画家の怒りや悲しみ、喜び、驚きなどの感情がキャンバスに描かれるものだ」と否定的な声もある。
クリスティーズのオークションに出品するOBVIOUSは自身のブログでこう書いている。
「アートの分野で、今、様々な疑問があがっている。アーティストは常に作品の中心にいて筆や絵の具などのツールを使って、自分の感情を表現をしてきた。AIを使うことで、ツールが初めて中心となって、アーティストは一歩後ろに下がる格好となった。ヒトと機械の関係性を壊すことによって、新しいものが創造されるのではないか。AIはアーティストに代わるものではないが、ツールが俳優となり、アーティストがファシリテータになることで、新たな視点が生まれる。このプロジェクトの価値は、作品そのものより、AIをアートに持ち込むことによって起こる議論そのものにある」
AIによる『Edmond Belamyの肖像画』は、10月23~25日、クリスティーズのニューヨーク会場でハンマーが振り下ろされる。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)