14億人以上、世界最大の人口を抱える中国。そのうち60歳以上の高齢者は2億4,000万人を超えたといわれている。
高齢者の割合は17%。2020年には2億5,500万人に増えると予想されている。また高齢化だけでなく、少子化も進んでおり、高齢者の割合は年々上昇していく見込みだ。
高齢化する中国社会では、高齢者向けサービス市場に注目が集まっており、近年さまざまな取り組みが実施されている。
たとえば、中国東北部の遼寧省大連市ではこのほど高齢者介護市場の規制が緩和され、市外のサービス企業が市内企業と同等の優遇策が受けられるようになった。また外資参入の規制も緩和する方向で検討が進められているという。
湖北省では、高齢者サービス産業を促進するために6億元(約100億円)の政府ファンドが設立された。
高齢者向けサービス産業の促進に向け政府や企業の動きが活発化するなかで、高齢者自身もそのアクティビティを活発化させ、中国国内に新しいトレンドを生み出している。その1つが、大学で学ぶ高齢者の急増だ。
中国での定年年齢は男性が60歳、女性が55歳。定年後、新たな知識やスキルを求めて大学に入学する高齢者が急増している。
新華社通信が中国老年大学協会の話として伝えたところでは、大学を含めた国内の高齢者向け教育機関の数は7万校を超え、800万人の高齢者が受講しているという。
供給不足で競争率が急騰する中国の高齢者向け大学
中国で高齢者向けの大学が初めて登場したのは1980年代。もともとは退職した中国共産党の幹部や党員向けのものだったといわれている。しかし、近年の高齢化の加速と高齢者の入学需要の高まりを受けて、一般向けにも開放され始めたという。
上海最大の高齢者向け教育機関「上海老年大学(Shaghai University for the Elderly)」のシオン・ファンチェー副学長はSixth Toneの取材で、最近60歳に達した層は若い頃に十分な教育を受けた人が多いと指摘。
退職後もマージャンやゴシップ話ではなく、新しい知識やスキルの習得に時間を費やしたいと考えているという。
1985年に開校した上海老年大学。現在メインキャンパスで1万8,000人、24カ所のサテライトキャンパスで6万人の高齢者が学んでいる。同校では、文学、書道、絵画、外国語、コンピューターなど10学部・40専攻・179コースを提供。人気のコースは、コンピューター、英語、音楽だ。
上海老年大学と同様にパイオニアとして知られる山東老年大学でも、英語、ソフトウェアとスマホの使い方、サックス演奏など多様なコースを提供。2万人の高齢者が学んでいる。
山東省・生涯学習センターの代表は新華社通信の取材で、高齢者向け大学は知識やスキルを教えるだけでなく、多くの人々と知り合い、社会的なネットワークを広げられる場として機能していると説明。
定年後、孤独になりがちな高齢者に社会との接点と活力を与える存在であると述べている。
中国政府は、高齢者が心身ともにアクティブになり、健康を維持できる高齢者向け大学の機能に着目。
第13次5カ年計画(2016~2020年)では高齢者学習の推進に言及し、国内すべての都市で最低1校の高齢者向け大学を開設するという目標を盛り込んだ。また町レベルでは50%、村レベルは30%の割合で高齢者向けの学習機関を開設する計画だ。
高齢者向け大学の人気を高めている理由の1つに授業料の安さが挙げられる。1コース1学期あたりの授業料は、150~300元(約2,500~5,000円)ほど。高齢者が無理なく支払える価格である一方、大学側にとっては授業料だけで教育事業を運営することは難しく、政府や企業の支援が必要不可欠となっている。
山東老年大学は、政府や銀行、企業、地元大学からの支援を受け、これまでに6拠点を開設。このほかにも個人投資家の支援でサテライトキャンパスを増設する高齢者向け大学は増えているという。
それでも中国全体でみると依然として供給が圧倒的に不足している。高齢者数全体が2億4,000万人、このうち大学などの教育機関で学習しているのは800万人のみ。高齢者全体の3%でしかないのだ。
チャイナ・デイリーによると、河北老年大学では4,000人の枠に2万人の入学希望者が殺到。大学側は入学希望者の急増を受けて入学者をランダムに選ぶという新しいアドミッションポリシーを導入する事態となった。
また新華社通信は、杭州市の高齢者向け大学では16人に1人しか入学できないと伝えている。広州市にある高齢者向け大学35校は毎年満員となっているようだ。
高齢化が他の都市より進む上海でも供給不足は深刻な問題だ。上海では住民の33.2%にあたる484万人が60歳以上の高齢者。一方、上海市内の高齢者向け大学数は292校、大学以外の教育機関数は5447校と、すべて合計しても78万3,000人分の枠しかないというのだ。
高齢者のうち6人に1人しか大学・教育機関に入学できない計算になる。前出の上海老年大学のシオン副学長によると、同校の入学申請数は毎年10%増加しているという。
各高齢者向け大学では遠隔授業を取り入れることによって供給不足問題を解決しようとしている。
上海老年大学では、上海市のコミュニティセンターに遠隔授業教室を開設し、パソコンなどを通じて多くの高齢者が授業を視聴できるようにした。上海では毎年数十万人が遠隔授業を受講しているという。
中国政府は、現在3%ほどの高齢者受講割合を今後5年で20%に引き上げる計画だ。2020年に高齢者数が2億5,500万人に達すると見込まれている。
もし中国政府の目標が実現していると、少なくとも5年後には5,000万人以上の高齢者が学校・教育機関で学んでいることになる。日本を含め高齢化が進む国にとって、高齢化社会の1つのあり方を示す重要な取り組みとなるはずだ。
[文] 細谷元(Livit)