昨年2017年にイギリスのマーケティング会社Mintelが発表した2025年までの美容トレンドで、水が「新しいラグジュアリー」だと位置づけられた。第二次世界大戦以降、ワールドワイドで水の消費量は二倍に跳ね上がり、世界人口の三分の一にあたる約24億人が今、水不足に直面しているという。

そうした現状から企業はより一層サステナビリティを求められており、製造過程はもちろんのこと、原材料にも水を使わない「ウォーターレス」へのニーズが高まっている。

本稿では、近年ウォーターレス化粧品を謳うスタートアップが注目を集め、老舗メーカーも急ピッチで対応を進めている背景と、ウォーターレス化で消費者が得られるメリットについてお伝えする。

L’OréalにUnileverもーー大手も続々と「ウォーターレス」宣言

L’Oréalは2020年までに自社工場で使用する水の消費量を、2005年時点と比較して60%削減すると発表し、すでに水の消費を減らす取り組みを始めている。

またUnileverも、同社が今年2018年にローンチしたブランド「Love Beauty and Planet」で以前よりすすぎに必要な水が少なくて済むリンスをリリースするなど、大手ビューティー関連企業も相次いでウォーターレス事業に参入している。


Love Beauty and Planetのコンディショナー(同社公式ウェブサイトより)

英国ベースの美容系情報サイト「BeautyMart」の共同創始者であるAnna-Marie Solowij氏はJWT Intelligenceに対し、「水なしで製品を作る姿勢は今後ますます企業に求められるはず」と語る。

幼少期の水不足経験から生まれたウォーターレス専門ブランド

一般的に水は、化粧品のパッケージの原材料欄で一番最初に表記されるほど主たる原材料。水はそもそもどのような役割を果たしているのか。ニューヨークで創業した「Pinch of Colour」の代表、Linda Treska氏曰く「本当のところ、低コストな水で嵩増しをしているだけ」だという。

2018年にTepegraphが報じた記事ではクリームやローションはその成分の約70%が水。それだけ聞くと必要不可欠なように思えるが、水を使わないことでこれまで水中のバクテリアの増殖を防ぐために使用せざるを得なかった保存料を排除することができるため、原材料もシンプルでよりナチュラルかつ肌に良いものに置き換えられるという。

Pinch Of Colourは、全ての製品がウォーターレスである世界初のブランドだ。水の代わりにオイルなどを使う必要があるため、その分従来よりも製造コストは上がるはず。化粧品業界で長らく続いていた製法を大きく改めるのは大きな決断だったはずだが、何が彼女をモチベートしたのか。

彼女はJWT Intelligenceに対して、Treska氏自身が幼少期を過ごしたアルバニアで経験した水不足と水質汚染からきれいな水の重要性を痛感したことが同ブランドの発足につながったと語る。

同氏によると、現在約8億人が衛生的な水を手に入れられない環境にあるというが、「水をリサイクルしたり使用量自体を減らすビジネスモデルを構築することで、この問題は解決に向かう。Pinch Of Colourは環境にインパクトを与えられる」と同誌に語る。また「『美』は誰かの犠牲の上に成り立つものではない」とも。


カラーバリエーションも豊富(Pinch Of Colour公式Facebookページより)

同社が取り扱う製品はリップグロスに口紅、そして保湿オイルや肌を美しくみせるティントなど幅広い。2016年の創業以降、米国の人気セレクトストア「Anthropologie」に卸したり、本拠を置くニューヨーク市内でたびたびイベントを開催したりと着実に知名度を上げ、ファンを獲得している。

価格もPinch Of Colourの口紅は約4.2gで24USドル(約2,700円)で、例えば「DIOR」の同じマットな質感の口紅が3.4gで37USドル(約4,100円)であることを考えるとむしろ良心的。カラーバリエーションも豊富で、エコ一辺倒にならずファッショナブルさも両立させている点が魅力と言える。

K-Beautyやジェンダーレスブランドからも続々と

また近年、美容業界でますます存在感を発揮しているコリアンビューティーブランドもウォーターレスの波を逃していない。同国発のオーガニックスキンケアブランド「Whamisa」はウォーターレスで、代わりに発酵フラワーエキスなどを使用したトナー、ミストやローションを展開し、日本を含む全世界中で人気を博している。


Whamisa

同じく市場が急成長中のジェンダーニュートラル向け化粧品ブランドでもこの流れは見られる。

思わずニヤリとしてしまうユニークな社名「Stop Water While Using Me」はドイツ発のユニセックスボディーケア用品ブランド。

同社の看板商品である固形石鹸は原材料に水を含まず、さらに包装にはプラスチックではなくリサイクル可能な紙を使用するなど、あらゆる点でエコにフォーカス。またシリコンを使わない代わりに、ブロッコリーの種から抽出したオイルを使うことで髪に輝きを与える工夫をするなど、ケミカルフリーを徹底している。

さらに、それらの製品の売り上げの一部は、同社がこれまでマダガスカル、ケニアやタンザニアに合計2,000万リットルの水を供給してきたプロジェクト「GOOD WATER PROJECTS」に寄付される。


Stop Water While Using Meのウェブサイト

ウォーターレスが肌と環境に良いのは前述のとおりだが、「固形」に着目するとさらに別のメリットもある。

例えば、頻繁に旅行をする人たちには、液体のように制限を気にせずに飛行機内に持ち込めるので重宝されるだろう。同様に、バッグの中で液漏れする心配もないことからジム用に使う人も多いという。

日本でも災害時に水の要らないドライシャンプーが役立ったという声が多く聞かれるなど、固形の化粧品には一定のニーズがある。

昨今、消費者が化粧品を選ぶ目はますます厳しくなっている。オーガニックやナチュラルな原材料を取り入れた「クリーンビューティー」、製造段階で動物を使ったテストを行わない「クルエルティフリー」が注目されるなど、企業は自らの活動や顧客消費が社会に与えるインパクトをもはや無視できない。

われわれを取り巻く環境が急速に変化していく中、これまで疑わなかった当たり前や常識を変えていく必要がある。ウォーターレスの流れは今後ますます加速していくだろうか。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit