世界200カ国以上に5億6,000万人を超えるユーザーを抱えるビジネス向けSNSリンクトイン。インドやブラジル、東南アジアなどの新興市場を中心にユーザー数が拡大しているといわれている。
リンクトインが普及している人材市場では、人材会社ではなくリンクトイン経由で就職・転職先を見つける求職者が増加。また、履歴書ではなくリンクトインに記載されている学歴・職歴・スキルを判断材料にする企業も増えている。
就職・転職の既存プロセスをディスラプトする存在として注目を集めるリンクトインだが、中国市場では苦戦を強いられているようだ。その最大の理由は中国発の競合サービスの存在だ。最近2億ドル(約220億円)を調達したMaimaiを筆頭に、Zhaopin、Leipinなど複数の競合がしのぎを削っている。
今回は、中国人材市場の現状を俯瞰しつつ、ビジネス向けSNS分野で何が起こっているのか、その最新動向をお伝えしたい。
「ビジネス版WeChat」を目指すMaimai
中国のビジネス向けSNSでいまもっとも注目を集めているのは2013年に「ビジネス版WeChat」を目指すとして創設されたMaimaiだ。同社はこのほど2億ドル(約220億円)を調達、これまでの調達額を3億ドルとした。また、2019年には米国でIPOを実施する計画を明らかにしている。
テッククランチによると、2018年8月時点のユーザー数は5,000万人以上。iResearchによると、2017年4月時点のMaimaiユーザー数は3,000万人ほどだったので、1年で約2,000万人増加したことになる。一方リンクトインは2017年4月時点で中国国内に3,200万人のユーザーがいたという。
Maimaiのウェブサイトよると、ユーザーの多くは北京、上海、杭州、深センなど都市部在住のプロフェッショナルで、そのうち世界トップ500・中国トップ500の企業に務める人材は49%を占めるという。現在利用可能な言語は中国語のみだ。スマホユーザーが多く、モバイルファーストのデザインとなっている。
Maimaiは中国の商習慣で重要な概念「关系(Guanxi)=人脈」を意識し、同じ会社の同僚だけでなく、同じ学校に通っていたクラスメート、卒業生、同郷人、共通の友人といったさまざまなネットワークを駆使してユーザーの人脈構築を支援している。
実名登録制だが、匿名チャット機能も備えている。この匿名チャットは企業の「裏話」を知ることができるとしてMaimaiの人気を支える目玉機能の1つとなっていた。しかし2018年7月末に、誹謗中傷、名誉毀損、プライバシー侵害につながる可能性があるとして、中国当局からこの機能を取り除くよう通達がなされている。
数千万人以上のユーザー基盤を持つZhaopinとLiepin
人民日報によると、2016年の中国国内の雇用者数は7億7,600万人に達している。また過去5年間で6,524万人の雇用が生まれ、都市部では毎年1,300万人の雇用が創出されている。中国は農業などの一次産業の割合が減少し、二次産業、三次産業の割合が高まっている。これにともないホワイトカラーの比重も高まり、プロフェッショナル人材市場は活況の様相を呈しているのだ。
このような状況を反映し、中国国内にはMaimaiのほかにも勢いのあるビジネス向けプラットフォームが複数存在する。代表的なプラットフォームとしてZhaopinとLiepinが挙げられる。
Zhaopinは1994年に創設された中国語のみのプラットフォーム。エントリーレベルからミドルマネジメントまで幅広い人材が登録されている。
テッククランチによると2014年5月にニューヨーク証券取引所でIPOを実施している。ブルームバーグのデータでは2017年9月時点で非公開となっている。
Zhaopinは登録ユーザーのデータなどをまとめた「CIER雇用指数」を2011年から公開している。この指数は2017年1月ブルームバーグとの提携により、ブルームバーグ端末でも見ることができるようになった。中国の雇用状況を端的に示す指数として重宝されているという。ちなみに、2018年第2四半期のCIER雇用指数は1.88となり、2018年第1四半期の1.91、2017年第4四半期の2.91から下がっている。1.88とは、求職者1人あたりに1.88の求人があるという意味。中国では旧正月明けに転職者が増加する傾向があり、そのことが反映された数字になっている。
また、最近では求職者と雇用者のマッチング精度を高めるために人工知能を導入したとして話題となっている。学歴、職歴、リクルーターとの接触回数など100を超えるデータポイントを分析し、最適な就職先をリコメンドするという。
LeipipnもZhaopin同様に中国語のみのプラットフォームだ。2011年にローンチされ、ミドルマネジメント以上の上級職人材に強みを持っている。登録企業数は24万社以上、人材数は3,800万人以上、また10万人を超えるヘッドハンターが登録されている。
2018年6月には4億ドル(約440億円)の調達を目指し、香港でIPOを実施している。中国ではいま海外の大学や企業でキャリアを積んだハイクラス人材のUターンが増加しているといわれている。上級職に強みをもつLiepinへの需要は今後さらに高まる見込みだ。
中国ではもともと国有企業が中国経済を支えていたが、1978年に実施された開放政策をきっかけとして1980年代、90年代に市場経済に移行。それにともない国有企業の民営化が進み、さらに2000年代に入り国内民間企業や外資企業の比重が高まってきている。これにともない個人のスキルをベースとした欧米式のリクルーティングが中国でも採用されるようになったといわれている。人脈を大事にしながらも、個人のスキルの比重が高まっていると考えられる。
サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、Maimaiに投資するDCMベンチャーズのゼネラル・パートナーであるローマン・ゼン氏は、中国は地縁・血縁社会からSNSでつながった人々で形成される他人社会に移行するだろうと指摘している。国有企業の人材採用においては地縁・血縁者が優遇されたといわれているが、新しい時代においてはSNS上の人脈と個人のスキルが重要になるということだ。古い価値観と新しい価値観、欧米の個人主義と中国の集団主義、さまざまな価値観が交差するなかで、中国の人材市場がどのように発展していくのか、今後の動向から目が離せない。
文:細谷元(Livit)