スターバックスを筆頭に大手企業によるプラスチックストロー廃止の動きが加速し、フォーブス誌がポイ捨てタバコによる環境汚染を報じるなど、環境保全を意識した取り組みが活発化しているようだ。プラスチックごみやタバコのフィルターによって海洋汚染問題が深刻化しているだけでなく、マイクロプラスチックによる海鮮汚染問題なども広く知られるようになり、消費者意識が変化しているからであろう。また熱波、大雨、洪水など近年の異常気象の多発も、多くの人々の意識を変える要因になっている可能性がある。
こうしたなかテクノロジーを駆使して、温室効果ガスの削減やきれいな水の確保、食糧の持続可能な生産を実現しようとする企業、そしてそれらの企業に資金を投じる投資家が増えてきている。「クリーンテック」や「環境テクノロジー」と呼ばれる分野で、この先市場は大きく伸びると予想されている。
コンサルティング会社ローランド・ベルガーの調査によると、2011年世界のクリーンテック市場は2兆ユーロ(約257兆円)だったが、2025年には4.4兆ユーロ(約642兆円)と2倍以上に拡大する見込みという。主要なテクノロジー分野は、エネルギー効率、発電・蓄電、水管理、持続可能な交通手段、新素材、廃棄・リサイクル管理だ。
クリーンテック市場は環境先進国といわれるドイツやオランダ、北欧諸国などがけん引している印象だが、アジア太平洋地域でも拡大の様相を呈している。アジア太平洋地域においてクリーンテックの開発・普及を推し進める国の1つがシンガポールだ。同国は域内におけるクリーンテックハブを目指しており、その目標実現に向けて起業家育成のほか企業や投資家の誘致に力を入れている。
いったいどのような取り組みが展開されているのか。今回はシンガポールのクリーンテックにまつわる最新動向をお伝えしたい。
クリーンテック分野でアジアのハブを目指すシンガポール
シンガポールがクリーンテック開発・普及で国内外にその本気度を示すきっかけとなったのは2010年にクリーンテック開発に特化した産業集積地「クリーンテック・パーク」プロジェクトを公開したときだろう。
クリーンテック・パークはシンガポール西部の南洋工科大学(NTU)の敷地内で開発が進められており、全体が完成するのは2030年の予定だ。第1〜3フェーズに分けて開発が進められており、現在すでに第1フェーズが終了、「クリーンテック・ワン」と呼ばれる大型のビルが完成し、デンマークのDHI Water and Environmentや日本の東レなどのクリーンテック関連企業が研究開発拠点を設置している。NTUに隣接しているという利点を生かし産学連携によるクリーンテック開発と事業化の促進が期待されている。ちなみにNTUは2018年QS世界大学ランキングで11位に上昇、同国シンガポール国立大学だけでなく、東京大学、北京大学、清華大学などを抜いてアジアNo.1となっている。
このクリーンテック・ワンでは、シンガポール持続可能エネルギー協会(SEAS)などが海外クリーンテック企業向けのインキュベーター施設を開設。融資、開発支援、マネジメント支援などを通じて、海外企業の誘致を促進したい考えだ。
クリーンテック・ワンの開所式では、同国経済開発庁(EDB)のイェオ・キートチュアン・マネジングディレクターが、クリーンテック分野においてシンガポールがアジアの中心になることを目指しているが、クリーンテック・パークはこの目標を実現する上で非常に重要な役割を果たすだろうと述べてる。クリーンテックがシンガポールのGDPに与える影響は大きく、その額は26億ドル(約2,900億円)を超えると予想されている。
こうした取り組みが呼び水となり、クリーンテック海外企業によるシンガポールへの投資は加速している。
地元紙ビジネス・タイムズは2017年10月、ドイツや中国の企業から新たに6件のクリーンテック投資が行われ、今後5年で専門職レベル400人分の雇用と3億6,000万ドル相当の経済効果が生まれる可能性を伝えている。このうちドイツのVDE Renewablesは1,500万ドルを投じてエネルギー貯蔵に関する試験施設を開設。風力・太陽光発電システムを開発する中国のEnvision Energyは国際研究開発拠点を開設し、200人以上を雇用する計画があるという。
クリーンテック・スタートアップの育成にも注力
シンガポールでは海外のクリーンテック企業の誘致だけでなく、地元スタートアップの育成にも力が注がれている。
2016年5月、シンガポール通産省傘下の規格生産性革新庁(SPRING)は、ベンチャーキャピタルと共同でクリーンテック分野を中心としたスタートアップへの投資を拡大すると発表。このプロジェクトの一環で、7社のVCが選出されている。2015年度の予算でスタートアップ投資向けに約5,400万ドル(約60億円)の予算が準備されており、SPRINGはそこから資金を投じていくことになる。選出されたVCは、インキュベーション、アクセラレーター、共同投資など各社ぞれぞれの役割を担う。
このうちTNBベンチャーズは、環境保全や汚染低減、エネルギー・イノベーションに特化したアクセラレータープログラムを開設。このプログラムでは、VR・AR、IoT、ビッグデータ、人工知能に関わるスタートアップの環境ソリューション開発を促進させる。TNBベンチャーズのウェブサイトによると、クラウドと人工知能を活用したスマート農業システムを開発するEverGrowなどがアクセラレータープログラムに参加している。
このほかシンガポール発のユニークなクリーンテック・スタートアップとしてTranskinectやEcoWorth Techに注目が集まっている。
Transkinectは、Moventicシステムと呼ばれる発電システムで特許を取得したスタートアップだ。これは道路に埋め込まれ、自動車がその上を通過する際に生じるエネルギーを電気に変換するもので、クリーンな発電システムとして注目を集めている。
TranskinectのMoventicシステム(Transkinectウェブサイトより)
一方EcoWorth Techは、炭素繊維のアエロゲルを開発するスタートアップ。この物質には非常に細かい隙間がありさまざまな種類の工業排水をろ過できるという。また、廃棄食品のリサイクルや石油汚染除去などでも利用できるようだ。同社は南洋工科大学の研究プロジェクトからスピンオフして2016年に設立された。
最近では、シンガポールのクリーンテック企業が中国の環境プロジェクトを支援するケースも増えてきている。深刻な環境問題を抱える中国では、シンガポール企業に大きな期待が寄せられているようだ。中国で活躍するシンガポール企業が増えれば、アジアにおけるクリーンテックハブとしての地位はより一層強固なものになっていくはずだ。
文:細谷元(Livit)