人工知能 vs ベテラン医師

2030年までに人工知能分野のグローバルリーダーを目指す中国。政府と企業は多大な投資を行い、小売、自動運転、セキュリティなどさまざまな分野で人工知能を活用するための研究開発を進めている。

2018年6月末には医療分野で重要な成果が公表された。人工知能とベテラン医師らによる脳腫瘍検出・予測コンテストにおいて、正答率で人工知能がベテラン医師を上回ったのだ。

脳腫瘍の検出では225枚のCTスキャン画像を使い、人工知能とベテラン医師15人のチームが腫瘍検出の精度を競った。検出精度は人工知能が87%、医師チームが66%と人工知能が医師チームから20ポイント以上の差をつける結果となった。また脳内の血腫拡大予測では、人工知能が83%、医師チームが63%とこちらも人工知能が医師チームを大きく上回る結果となった。

この脳診断人工知能は、北京天壇病院・神経疾患人工知能研究センターと北京・首都医科大学、さらにシンガポールの人工知能企業Hanalytics社が開発を行っているものだ。

天壇病院・放射線部門責任者であるガオ・ペイ氏が新華社通信に語ったところでは、今回医師チームが出した正答率は中国の一般的な病院と比べると平均以上のスコアであるという。医師チームは、中国国内のベテラン医師14名とシンガポールのベテラン医師1名で構成されていた。

この脳診断人工知能を開発するために研究チームは、天壇病院に保存されている過去十数年分の神経疾患関連の画像数万枚を人工知能に学習させた。この結果、髄膜腫や神経膠腫といった一般的な症状であれば90%の精度で検出できるという。

CTスキャン画像から正確な診断を下せる専門医師の数は世界的に不足しており、中国も例外ではない。今回のコンテスト結果を受けて、主催者や病院関係者らは、人材不足問題があるなかでも、人工知能を活用することで医療クオリティを高めることができると期待を寄せている。

中国の人工知能開発におけるシンガポールの重要性

今回の診断コンテストで活用された人工知能は、シンガポールのHanalytics社の「BioMindシステム」をベースに開発されたものだ。この事例が示すように、今後中国における人工知能開発において、シンガポールの果たす役割が無視できないものになっていく可能性が見えてくる。


Hanalyticsウェブサイト

人工知能研究に関して、一般的に米国と中国がもっとも進んでいると報じられることが多い。その理由の1つとして、人工知能に関する論文の数が他国に比べ圧倒的に多いことが挙げられる。

タイムズ・ハイヤー・エデュケーションによると、2011〜2015年の間に発表された人工知能関連の国別論文数では、中国が4万1,000本で最多、米国が2万5,500本で2位だった。3位は日本で1万1,700本、4位は英国で1万0,100本だった。

またマッキンゼーのまとめによると、2015年だけ見ると米国と中国を合わせて1万本近い人工知能関連の論文が発表されている。一方で、英国、インド、ドイツ、日本を合わせた論文数は米・中の半分ほどにしかならないという。

しかし、論文がどれほど引用されているのかなどを考慮した「Field-weighted Citation Impact(FWCI)」という指標で見ると異なる世界が見えてくる。

タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが文献データベースを分析し人工知能分野のFWCIランキングを作成。FWCIは世界平均を1ポイントとして各国・各大学を評価している。国別では2.71ポイントでスイスが世界1位、そして世界2位が2.24ポイントでシンガポールとなったのだ。

次いで3位香港(2ポイント)、4位米国(1.79)、5位イタリア(1.74)、6位オランダ(1.71)、7位オーストラリア(1.69)、8位ドイツ(1.66)、9位ベルギー(1.64)、10位英国(1.63)となり、中国は34位にとどまっている。

また大学・研究機関別では1位マサチューセッツ工科大学、2位カーネギーメロン大学、3位シンガポール南洋工科大学、4位グラナダ大学、5位南カリフォルニア大学、6位ミュンヘン工科大学、7位中国科学院・自動化研究所、8位香港理工大学、9位シンガポール国立大学、10位香港中文大学と、トップ10以内にシンガポールの大学が2校ランクインしている。


人工知能研究世界3位、シンガポール南洋工科大学

さらにシンガポールはこのほど、中国の人工知能企業を招き国内のサンドボックス制度で、交通や金融分野で人工知能の試験運用を促すなど、人工知能開発で中国との協力関係強化の姿勢を見せている。

2030年までに人工知能分野のグローバルリーダーを目指す中国。その目標実現に向けてシンガポールが深く関わっていくことになるのは間違いないだろう。人工知能開発を軸に両国の関係がどう展開していくのか、今後の動向が気になるところだ。