2017年、世界中のアクティブ・ゲームプレーヤー数は22億人となり、その市場規模は1,089億ドル(約12兆円)に達した(Newzoo調査)。

新興市場における人口増などを背景に、ゲームプレーヤー数と市場規模は今後も拡大していくと見られている。Newzooの推計では、ゲーム市場規模は2018年に1,254億ドル(約14兆円)、2018年に1,345億ドル(約15兆円)、1,435億ドル(約16兆円)に拡大する見込みだ。

一般的にゲームは「目が悪くなる」や「脳に悪い影響がある」などネガティブなイメージが持たれがちだが、最新研究では脳内の認知機能を司る部位が活発化したり、空間記憶能力が向上したりといったポジティブな側面が明らかになっており、リラックスや気分転換目的のホビーとして一層の人気を得ている。

一方で、普段の生活に支障をきたすまでゲームに依存してしまうケースが増えているといわれており、各国で深刻な社会問題として議論されることが多くなっている。

英国ではこのほど同国初なる国民保健サービス(NHS)が支援する「ゲーム依存症クリニック」が登場し話題を呼んでいる。

今回は、英国に登場したゲーム依存症クリニックの概要を紹介するとともに、現在も続いてるゲーム依存症にまつわる議論にも触れてみたい。

英国政府が乗り出す、ゲーム依存症治療

「NHSが英国で初のインターネット依存症クリニックを開設」。英ガーディアン紙が2018年6月22日に報じた記事の見出しだ。

国民保険サービス(NHS)とは、英国の国営医療サービス事業で、税金によって賄われるユニバーサルヘルスケアに位置づけられている。


英国の国営医療サービス「NHS」

その国民保険サービスが、英国で初めてインターネット依存に特化したクリニックを開設するというのだ。

このクリニックではまず「ゲーム障害(ゲーム依存症)」の治療に注力し、その後NHSの予算や支援者からの資金提供が増えればインターネット関連のさまざまな依存症状に治療範囲を拡大する計画という。

ちょうどこの時期、世界保健機関(WHO)がオンラインゲームなどへの過度の依存で健康や生活に深刻な支障をきたしている状態を「ゲーム障害(Gaming disorder)」という疾患として認めると発表したばかりで、クリニック開設には国内外から多くの関心が寄せられた。

WHOの発表では、ゲーム障害を「国際疾病分類(IDC)」の第11回改訂版に盛り込むことが明らかにされた。IDCは各国の疾病状況を知り、健康状態を統計的に分析するための国際基準だ。

ゲーム障害は、健康や生活に支障をきたすことが続いてもゲームを辞めることができず、学業や仕事などにも悪影響が出る状況が12カ月以上続いていることをいう。

クリニックの創設者である英国の医師ボーデン・ジョーンズ氏は、現在のところインターネット依存やゲーム依存の度合を測る方法は統一されていないが、WHOが世界基準の診断方法を作成することになるだろうと述べている。

診断方法が統一されていないため、ゲーム障害と診断される人々が世界中でどれほどいるのか正確に知ることは難しいが、米国精神医学会によると米国で深刻な症状と診断される可能性が高いのは国民の0.3〜1%の割合という。

深刻な症状とはどのような状況なのか。ガーディアン紙は別の記事で、オンラインゲームに没頭しすぎたあまり、家族と仕事を失った英国の男性を取材している。

この男性は20代の頃にオンラインゲームにはまり、少しずつ依存状態を強めていった。

結婚し子どももいたが、依存から抜け出すことができず、ダイニングルームにパソコンを設置、金曜夜から日曜夜までひたすらゲームを続けたという。部屋を出るのはトイレのときだけ、眠気を抑えるために興奮作用のあるアンフェタミンを摂取。そのような生活を続けたため、最終的に家族と仕事を失ってしまった。

現在は治療を受けており、症状は改善に向かっているという。

このようなケースがメディアに取り上げられることが多くなり、クリニックの創設は概ね好意的に見られているようだ。

ゲーム依存症に関する最新研究

一方でクリニックの創設によって、誤った診断が増える可能性を懸念する声もある。

WHOの決定に異を唱える米テキサス・フォートワースの精神科医、アンソニー・ビーン氏は、クリニック創設によってインターネット依存やゲーム依存への注目が高まるあまり、他の要因を考慮できなくなってしまう可能性があると指摘している。

ゲーム依存症と決めつけてしまうことで、生活や仕事などの周辺要因に目が向かなくなるという。

実際、ゲーム依存症にかかりやすい精神的特性の存在を示唆する研究もあり、インターネットやゲームに限定せず依存症を広く考えるべきという専門家は少なくないようだ。

米ブリガムヤング大学の研究者らが2018年1月に発表した論文では、ゲーム依存症と診断された10代のグループを調べた結果、依存症ではないグループに比べ心配性やうつの傾向が強く、衝動抑制力や認知機能が弱いことが判明。

この研究は相関関係を分析したもので、因果関係を明らかにしたものではないが、心配性やうつ状態が強ければ、ゲーム依存症にかかる可能性が高いことを示唆している。

また、米バージニア・テック・カリリオン研究所の研究者らが2012年に発表した論文では、衝動抑制力と認知機能の弱さがさまざまな依存を引き起こすリスク要因になると主張している。

さらに2016年、メルボルン大学の研究者らによっても、ストレスを感じ、うつ状態であるほど、ゲーム依存症にかかりやすい傾向が強いことが明らかになっている。こうした人々は楽しいからゲームをするのではなく、外のストレスから逃避するためにゲームをしており、ゲームがない場合はお酒など他の手段で気を紛らす可能性が高いという。

これらの研究は、ゲーム依存症に対処するには、インターネットやゲームそのものだけでなく、依存症を患う人が生活や仕事で抱えるストレスや心配ごとなども考慮すべきということを示している。

ゲーム依存症は専門家の間でもまだ統一された見解はなく、定義や診断方法に関してさらに議論が活発化することが予想される。どのような展開になるのか、今後の動向にも注視していきたい。

文:細谷元(Livit