2017年、5,324億ドル(約57兆円)となった世界のコスメ市場。今後も安定的な成長が予想されており、2023年には8,056億ドル(約90兆円)に拡大する見込みだ(オービス・リサーチ)。
このコスメ市場でいまDNAテストや人工知能を活用したパーソナル化の流れが加速している。DNAテストの低コスト化や人工知能の普及、さらには消費者意識の変化などがパーソナル化を加速させる要因になっている。
今回は、消費者意識の変化に触れつつ、ハイテクコスメの最新動向をお伝えしたい。
パーソナル化へ、消費者意識の変化
英国のリサーチ会社Mintelのコスメ市場最新レポートは、コスメ市場においてスマホアプリなどのデジタルテクノロジーの活用が進み、消費者の購買決定に大きな影響を与えていると指摘。特に、幅広いプロダクトから自分の肌に合ったものを見つけるパーソナル化の流れを生み出していると述べている。
中国では35%のコスメ消費者(20〜49歳)が自身のニーズにあったプロダクトを選んでくれるスマホアプリに興味があると回答。また、米国ではZ世代の67%がコスメショップで買い物をする際、店員でなくスマホアプリの情報をもとにプロダクトを探すと回答している。
他の市場同様に汎用的なプロダクトがほとんどだったコスメ市場。購入したものの自分の肌に合わないというケースが多く、パーソナル化の潜在的ニーズは高かったと考えられる。
同レポートによると、フランスでは女性コスメ消費者の75%が見た目よりも肌に合うかどうかでプロダクトを選ぶと回答。米国ではコスメ消費者(25~34歳)のうち40%がコスメが肌の色に合わず、フラストレーションを感じたと回答している、
パーソナル化への意識の高まりはDNAテスト利用者の急増からも見てとれる。
MITレビューによると、世界のDNAテスト利用者の数は2017年に前年比100%以上となり1,200万人を超えた。この大半が米国の利用者で、米国ではおよそ25人に1人がDNAテストを利用したことになるという。
パーソナル化の潜在的ニーズに加え、DNAテストの価格低下、テスト期間の短縮、テストキット入手が容易になったことなどが利用者急増の背景にあるようだ。DNAテストの価格が下がっているのは、DNAテストを提供する企業が増え、競争が激化しているためだ。
The DNA Geekのまとめによると、DNAテスト分野では現在5サービスがシェアを競っている。これらのなかで最大シェアを占めるのはAncestryDNAだ。同サービスのデータベース規模は900万人以上。99ドル(約1万1,000円)でテストが可能で、アマゾンでテストキットを購入することができる。テスト期間は28日だ。
次いでシェアが大きいのは500万人以上のデータベースを持つ23andMe。99ドルと199ドルのテストがあり、テスト期間は24日となっている。
DNA、エピジェネティクス、人工知能、ハイテクコスメ企業の登場
このようなパーソナル化ニーズの高まりに、コスメ企業はどのようなアプローチをとっているのだろうか。
スウェーデン発のハイテクコスメ企業Allel。同国カロリンスカ医科大学の皮膚科医であるアン・ウェッター氏と同大学助教授のエリザベート・ハーゲット氏によって創業されたエージング対策に強みを持つスタートアップだ。
利用者はAllelが提携するクリニックで頬の細胞を採取してもらう。その細胞はスイスのAllelラボに送られ、1週間ほどかけて分析される。その後肌プロファイルが作成され、それをもとに個人のエージング対策に最適化された美容液、クリーム、栄養サプリ、コンサルテーションが提供されるという。
提携クリニックは英国4カ所、アイルランド1カ所、スウェーデン1カ所と欧州では計6カ所ある。また最近ドバイにも1カ所提携クリニックが登場している。DNAテストの価格は3カ月分のプロダクトを含め、1,500ポンド(約22万円)という。
ファッション雑誌VOGUEによると、2018年オスカー賞の賞品の1つとしても選ばれており、オスカー賞受賞者はAllelのスキンケアプログラムを1年間受けることができる。
DNAではなくエピジェネティクスに注目するスキンケア企業も登場。ニューヨークを拠点とするEpigenCareは、エピジェネティクス分野の研究を応用し、スキンケアの最適化を試みるスタートアップだ。ジョンソン・アンド・ジョンソンのビジネスコンテスト「デジタル・ビューティ・クイックファイア・チャレンジ」で優勝し、各方面から注目を集めている。
エピジェネティクスとは、DNAの配列変化を伴わない遺伝子発現の制御メカニズムまたはその学術分野を意味する言葉だ。人の体は、骨、皮膚、肝臓などさまざまな組織から成り立っている。これらは組織ごとの細胞で構成されているが、どの細胞も持っている遺伝情報は同じである。
しかし、個別の組織として成り立っているのは、細胞が使う遺伝子と使わない遺伝子を分けて読み取っているからだといわれている。同じ人間でも、髪・肌の色や食べ物の嗜好が異なるのは、この使う遺伝子と使わない遺伝子のコンビネーションが異なるからだ。
エピジェネティクな変化は自然に起こるものとされているが、食事、睡眠、運動など外部要因によっても影響を受けるとされている。
EpigenCareはエピジェネティクテストによって、肌のエージング・健康状態・見た目に影響を与える複数遺伝子のメチル化活性・不活性を検出。これによって、肌の年齢、ハリ、弾力、水分、DNAダメージ、修復可能性などに関する精度の高い情報を得ることができるという。
また肌データベースの62億パターンから、個人の肌性質を突き止め、2万以上ある市販のスキンケアプロダクトから、最適なものを選ぶことが可能という。
ディープラーニング/機械学習を活用するProvenも話題になっている。シリコンバレーの有名ベンチャーキャピタル、Yコンビネーターの支援を受けているスタートアップだ。
Provenは、800万人以上のコスメレビュー、10万種類以上のコスメ商品、2万種類以上のコスメ原料からなるデータベースを構築。利用者がProvenのウェブサイトで質問に回答していくと、このデータベースからその利用者に最適な美容液やクリームがリコメンドされる仕組みになっている。
このほかディープラーニングとDNA情報を活用し、利用者の肌リスクスコアを作成、それをもとに最も必要となる栄養素情報を提供するLifeNomeや環境変化やライフスタイル変化がスキンケアにどのような影響を与えるのか人工知能アルゴリズムで評価するiDDNAにも注目が集まっている。
DNAテストや人工知能を活用したパーソナル化は、スキンケアだけでなく食事や運動などさまざまな分野で認知・普及が進んでいる。これらフィットネス/ウェルネスに関連する分野は相互に影響を与えながら一層のパーソナル化に向かって進んでいくのかもしれない。
文:細谷元(Livit)