次の時代を切り開くキーテクノロジーは何かと聞かれると「人工知能」や「ブロックチェーン」を思い浮かべるかもしれない。一方海外では、これらに加えもう1つのキーテクノロジーが浮上し、大手メディアやイノベーター、投資家の注目を集めている。
それが「バイオミメティクス」だ。フォーチュン誌は2017年3月、人工知能などとともにバイオミメティクスを注目トレンドの1つとしてピックアップ。ファイナンシャル・タイムズ紙は2018年1月の記事で、今後バイオミメティクスによる素材イノベーションが増える可能性を指摘している。
この聞き慣れないバイオミメティクスとはいったいどのようなテクノロジーなのか。先端事例や主要な組織、企業の取り組みを紹介しながら、その最新動向をお伝えしたい。
エアバスなど、大手企業も注目するバイオミメティクス
バイオミメティクスとは、植物や生物の構造・機能を技術開発やプロダクト開発に生かすテクノロジーのことをいう。日本語では生物模倣技術などと呼ばれている。
その事例としてよく知られているのが新幹線500系のぞみだ。500系のぞみの流線形の車体にはカワセミのくちばしの原理が、またパンタグラフにはフクロウ類の羽の原理が応用された。カワセミは餌を採るため高速で水のなかに飛び込むが、水しぶきはほとんどたたない。この原理を応用し、高速でトンネルに突入したときのドンという空気圧による騒音問題を克服した。また、新幹線のパンタグラフも空気抵抗による騒音を生み出していたが、静かに飛ぶフクロウの羽の原理を応用することで問題は解決された。
500系のぞみ
新幹線だけでなく航空機開発でもバイオミメティクスに期待が寄せられている。航空大手のエアバスは最新航空機の開発で、サメとアホウドリから新たなアイデアを得ようとしている。
これまでの航空機開発では、空気抵抗を抑えるために機体の表面は凹凸のないスムーズなものが最適と考えられてきた。しかし、水中を高速で泳ぐことができるサメが新たな視点を与えた。サメの肌は「リブレット」と呼ばれる微細な凹凸形状があり、これが乱流渦の発生を抑制し、流体抵抗を低減させる働きをしているのだ。エアバスではこの2年間、サメ肌リブレットを一部の航空機に装着させ、その効果を実証している。
アホウドリに関しては、翼をほとんど動かさずに数百キロメートルを飛行できるといわれている。エアバスのエンジニアたちは翼長・胴体比率などがカギになると見ており、そのメカニズムを航空機開発に活用できないか思案しているという。
アホウドリ
エアバスは大学や研究機関との連携を強化し、バイオミメティクス分野の研究をさらに進める計画だ。またインキュベーションプロジェクトを立ち上げ、昆虫やコウモリなどが持つ周辺気流の乱れを探知する能力などを分析し、航空機開発に活用したい考えだ。
大手企業だけなく、バイオミメティクス分野での躍進を狙うスタートアップも登場し注目を集めている。
カリフォルニア拠点のボルト・スレッズは、キノコ類の生体から着想を得た人工皮革と蜘蛛の糸を応用した人工シルク繊維を開発するスタートアップだ。
「Mylo」と名付けられ人工皮革は、菌糸体と呼ばれるキノコ類が地中に構築する糸状のネットワークからアイデアを得て開発された。生産では菌糸体細胞をトウモロコシの茎を敷き詰めた環境で成長させ、3次元状にネットワークが構築されると、それをプレスして2次元状の人工皮革に加工する。
地中のネットワーク「菌糸体」
一方「Microsilk」と名付けられた人工シルク繊維は、砂糖、水、塩、そしてイースト菌を使って生産されている。蜘蛛の糸がつくられるプロセスを再現したもので、蜘蛛の糸と同様に強度、柔軟性、耐久性に優れた繊維であるという。
同社はこれまでに、2014年のシリーズAで770万ドル(約8億6,000万円)、2015年のシリーズBで3,230万ドル(約36億円)、2016年のシリーズCで5,000万ドル(約56億円)、そして2017年11月のシリーズDで1億2,300万ドル(約130億円)を調達している。
バイオミメティクス・ビジネスの可能性
事業化には至っていないものの、注目される研究やアイデアも数多く存在する。
ハーバード大学のウィス・インスティテュートで開発された「Shrilk」はエビの殻成分から作られたプラスチックの代用素材だ。エビの殻から抽出されたキチンという成分を加工し生成されるもので、アルミと同等の強度ながら、重量はアルミの半分しかないという。エビの殻の成分であるため、生物分解が可能な素材だ。世界中で深刻化するプラスチックゴミ問題のさらなる悪化を食い止める効果的な手段として注目されている。
米非営利組織バイオミミクリー・インスティテュートが2017年に開催したビジネスコンテストでも、興味深いアイデアが数多く示された。
同大会で1位を獲得したTeam NextLoopが提案したのは、昆虫や植物の生体メカニズムを応用した水利用システム「アクア・ウェブ」を使って都市部の食糧生産サイクルを持続可能なものにしようというアイデアだ。
「アクア・ウェブ」(バイオミミクリー・インスティテュートウェブサイトより)
アクア・ウェブは、まず蜘蛛の糸を応用した繊維ネットワークで雨だけでなく大気中の水分を集め、アイスプラントという植物が行うように水を貯蔵。貯蔵した水は、キノコ類の特徴である地中のネットワークを活用して効果的に配分する仕組みとなっている。水不足、食糧不足は世界的な問題となっており、その解決へのヒントになるとして高い評価を受けたようだ。
Team NextLoopに次いで2位となったのは、カナダ・カルガリー大学のTeam Windchill。同チームは、動物の体温調節メカニズムを応用した電気を使わない冷蔵庫のプロトタイプを開発。3位のカリフォルニア大学Team Evolutions’s Solutionsは、バクテリアによる生物分解メカニズムを応用し廃棄食糧から栄養素をリサイクルする仕組みを構築した。
このほか過去の大会では、植物の力で土壌の健康状態を回復させる「BioPtach」や食虫植物のメカニズムを応用し昆虫から食用タンパク質を抽出する「Jube」などユニークなアイデアが提案されている。現在その多くが事業化を目指し取り組みを進めているという。
これらの事例は、植物や生物がイノベーションのヒントになる可能性を示唆している。世界のなかでも比較的動植物の種類が多く、さらには固有種が多いとされる日本は、バイオミメティクスの視点で見るとイノベーションの宝庫といえるのかもしれない。