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自分の好きな洋服のブランドで「マネキン買い」をしたことがある人はいるだろうか。そのブランドのデザインが好きで、マネキンに飾られた組み合わせのセンスも好きだから買う。同じように、ニューヨークでマネキン買いならぬ「店内全部買い」ができる「コンセプトストア」が今、人気だ。
以前AMPでも紹介した「Roman and Williams Guild New York」(以下「Guild」)は、高級ブティック、レストランなどが多く並ぶニューヨーク随一のお洒落スポット、SOHOに店舗を構える。同店はインテリアデザインが専門のニューヨークベースのデュオ「Roman and Williams」がオープンした、初の実店舗。
彼らは米国の有名ホテルやレストランの内装をデザインし、その洗練されたデザインは高い評価を得ている。ブレイク・ライブリー氏やグイネス・パルトロ―氏などハリウッドのセレブリティも顧客に抱え、彼らの自宅内装も手掛ける、売れっ子デュオだ。
今回は、そんな彼らが手がけたGuild、さらに、もう一つのコンセプトストアも立て続けに訪れて感じた、コンセプトストアの魅力、エッジーな小売の最新事情をシェアしたい。
食事と買い物を結び付けたスムーズな消費の動線
まず、大通りに面した入口から入ると、大きなインテリアショップが。アート、家具、食器と生活に関連するグッズをほぼ何でも、世界中から取り揃えている。食器の中には日本でも有名な陶芸作家の作品も。商品はどれも上質で高額であるにもかわらず、ここで家具を求める人は後を絶たない。
インテリアコーナー。ほぼ全ての家具がオーダーメイドできるのも同店の人気の理由の一つ
そのまま奥に進むと、なかなか予約が取れないことで有名なフレンチカフェ「La Mercerie Café」が。カジュアルな雰囲気、フレンドリーで丁寧な接客、そして美味しい料理。ここだけ切り取ればその他大勢の飲食店と変わりないが、他のカフェと一線を画すのは、「料理に使われている皿やカトラリーが購入可能」という点である。
美味しい料理とスタイリッシュな器。ちなみにこの器は日本人作家のもの
食器を購入する際、「使いやすいか」「何を盛り付けるか」などの機能性を熟考する人は多いだろうが、それを購入前に体験できるのは大きなメリット。テーブルには店内で使用されている食器の一覧表が置かれており、購入したい食器にチェックを入れておけば、会計時に食事分とあわせて支払いをして購入できる。
店内で使われている商品を購入する際は左端の□にチェックを入れる
Guildを手がけたデュオには、これまで内装デザインで培ってきた独自のセンスを集約した空間を作りたいという考えがあったそう。
「ただ買い物をするだけでなく、グラスワインを片手にイマジネーションを膨らませたうえで『そうだ!このテーブル買っちゃおう』ってできるなんて夢みたいだと思うから」と、Roman and WilliamsのRobin Standefer氏はVOGUEに語った。
Guildは、さらに奥にレストランと花屋「Emily Thompson」、地下階には本屋とプライベートダイニングスペースをあわせ持つ。このように、Roman and Williamsの圧倒的なセンスを、五感で楽しめる空間なのだ。
Eコマースサイトが手がけるコンセプトストアも登場
米国のEコマースサイト「The Line」が手掛ける、同じくコンセプトストアである「The Apartment by the Line」もSOHOの一角に存在する。
「The Apartment by the Line」
エレベーターを上がり扉が開くと、そこに広がるのはスタイリッシュな家具で統一された空間。もともとは居住スペースだったのだろうか、店名が表す通り、まるで誰かのアパートメントのようにこぢんまりした空間だ。
店のクローゼットには上質で高価が洋服が吊り下げられ、スタッフがそこで簡単な料理をすることもあるというキッチンは、ミニマルなキッチン用品で統一されている。そういった生活感も相まって、誰かとびきりお洒落な友人の部屋を訪れているような気分に陥る。
「店内全部買い」のコンセプトストアが支持される理由
「コンセプトストア」の人気が高まる背景として、特にハイエンドな商品は、購入前に実際に目で見て触れたいという消費者の願望があることは、確かに挙げられる。しかし、どうやらそれだけではなさそうだ。
前出のThe Apartment by the Lineのスタッフはこう話す。「僕らの世代は、ネットショッピングに飽き飽きしているよ。今僕らが求めているのは、偶然入った店で手に取った洋服に心を躍らせたり、コンピューターを通しては得られない実際的な体験だよね」。
さらに、「今みたいに、人同士の素敵なつながりもできるし、僕たちにとってはお客さんの反応を直接見ることができるのも大きい。何よりお客さんが買った商品をすぐに持ち帰ることができるのもネットショッピングより優れているよね」とも。
また、別のスタッフは、「可愛くてお洒落な店にいって、その店の何から何まで欲しいって思ったことってあるでしょ。それが可能なのがここ。私たちはお客さんに私たちの文化や空気を感じてもらいたくて存在していて、そしてお客さんはそれを自宅に持ち帰って再現することが可能なの」とも。
こうしたことを、Eコマースサイトが手がけるコンセプトストアの店員が話すというのは興味深い。店舗を持たないEコマースサイトにとって、コンセプトストアは唯一、消費者に商品を直接手に取ってもらい、ブランドの世界観に浸ってもらえる空間なのだ。
前出のGuildでは、店内の装花が気に入れば花屋「Emily Thompson」でオーダーすることもできた
Eコマースサイト大手のアマゾンは、米国内に無人決済コンビニ「Amazon Go」や本屋をオープンさせたり、大手生鮮食品小売のホールフーズマーケットを買収したりと、着実に実店舗の数を増やしている。
グーグルも、現在ニューヨークとロサンゼルスで同社の商品を体験できるポップアップストアをオープン中。他にも、Eコマースに特化した眼鏡メーカーのスタートアップ「Warby Parker」もニューヨーク市内に目の検査や試着を行えるショールームをオープンさせた。
このように米国内ではさまざまなオンラインブランドが実店舗をオープンさせ、連日のように話題となっている。どれも共通するのは、「消費者の反応を直接確かめたい」ブランド側の狙いと、「商品とブランドの世界観を実際に見て肌で感じたい」という消費者側のニーズの高まりだろう。
大手Eコマースサイトの登場で「リアルな小売は死んだ」と言われた時代を経て、それに打ち勝たんとするプレッシャーが今、新しくユニークな小売の形態を生み出している。
「Roman and Williams Guild New York」
「The Apartment by the Line」
取材・執筆:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)