人は食糧がなくても1カ月ほどは生き延びることができる。しかし、水がないと数日しか生きることができない。米空軍サバイバル学校では、戦闘機が撃墜された事態を想定したサバイバル訓練を行う。このとき教官から教わるのは「何よりも先に、飲める水(雨水など)を探し出せ」だ(ロサンゼルス・タイムズ)。
人間を含め生物の生命活動において非常に重要な役割を果たす「水」。普段蛇口をひねると簡単に水を使うことができるため、その重要性やありがたみを実感することはあまりないかもしれない。
一方、現在世界各地で干ばつや洪水など水をめぐる問題が頻発しており、きれいで安全な水の希少価値を見直そうという議論が活発化している。これまでも一部の専門家や環境活動家らの間で議論されてきたが、最近頻発する危機的状況や最新研究で明らかになった悲観的な未来予測によって危機感が大きくなっているためだ。
水問題は、健康・衛生面に影響を与えるだけでなく、経済、社会、政治へも悪影響を与えると指摘されている。さらに水問題は一部の国にとどまるものではなく、世界各地に波及する可能性も指摘されている。
水問題は現在どこまで深刻化しているのだろうか。最新動向と研究を紹介しつつ、水の未来を考えてみたい。
あまり知られていない水問題の深刻さ
表面の70%が水で覆われている地球。その見かけから無尽蔵に水があるような錯覚を覚えてしまうが、そのほとんど(97.5%)は海水で淡水は2.5%しかない。さらに、淡水のうち68.7%が氷河・氷山、30%が地下深くにある地下水であり、簡単に利用できるものではない。淡水のうち、河川や湖など容易にアクセスできる水源は0.4%といわれている。海水を含めた水全体では、わずか0.01%となる。
このわずかな水源を農業や工業、飲料水などに利用することで、人間は経済・社会活動を行っているのだ。国連食糧農業機関によると、水利用割合は農業が69%で最大、次いで工業19%、公共セクター12%となる。
現在地球上では、人口増、都市化、所得増加などが進んでおり、これにともない水の需要も高まっていく見込みだ。OECDによると2000〜2050年の間に水需要は55%拡大するという。
2017年の国連「世界人口予測」では、現在76億人の世界人口が2030年までに86億人、2050年までに98億人に達すると予想している。現時点ですでに人口増によって食糧不足の発生が予測されており、2050年までに食糧生産高を60〜100%増加させる必要あると考えられている。つまり、水の利用もそれだけ増える可能性があるということになる。
米国政府機関であるアメリカ地質調査所は、2025年までに北アフリカ、ユーラシア、中東、さらには米国で人口増による水需給のひっ迫が深刻化し、2050年までには約50億人が水不足の影響を受けると指摘している。
またユーロニュースが伝えた国連調査では、2030年までに水の需要が供給を40%上回ると予想している。
これらは先の話であるが、現在すでに水不足は先進国か新興国かに関わらず顕在化してきており、緊急を要する問題であると気づかせてくれる。実際、BBCが伝えた世界500都市を対象に実施された調査(2014年)は、およそ4都市に1都市が水需給の「ストレス状態」にあると指摘している。
もっとも直近の事例として、BRICSの一国である南アフリカでの水不足問題が挙げられる。
南アフリカ・ケープタウンでは2年前からエルニーニョにともなう干ばつによって水不足問題が深刻化。ケープタウン市長は、同市の水が枯渇する「ゼロ・デイ」が2018年3月にやってくると警告、市民に節水を呼びかけていた。今年に入り、ゼロ・デイの到来予測日時は2019年以降に変更されたが、いまだ枯渇の危機を抱えている状態だ。現在もケープタウン市民は1人あたり1日50リットルの使用制限が課せられているという。
南アフリカ・ケープタウン、飲料水を求めて並ぶ市民(2018年1月)
BBCはケープタウンのような水不足問題が起こる可能性がある11都市を挙げている。その11都市とは、サンパウロ、バンガロール、北京、カイロ、ジャカルタ、モスクワ、イスタンブール、メキシコシティ、ロンドン、東京、マイアミだ。水不足問題が起こる要因には、干ばつだけでなく、洪水や汚染などが含まれる。
世界の主要都市で水不足が深刻化すると、農業や工業など経済活動への影響も無視できなくなる。
世界銀行の推計によると、水不足問題が解決されない地域・国では、健康問題の悪化、農業・工業生産の低下、所得レベルの低下、貧困化などが進み、最悪のシナリオでは2050年頃にはGDPがマイナス6%の負の成長サイクルに陥ってしまう可能性を指摘している。
干ばつ・洪水、水不足を加速させる要因と各国の対策
水不足問題は需要増に加え、供給減という要因が相まって加速度を増し悪化している。主な供給減要因は、干ばつと洪水の増加だ。
ヨーロピアン・アカデミー・科学アドバイザリー・カウンシル(EASAC)がこのほど発表したレポートによると、現在の局地的大雨・洪水の頻度は1980年と比較すると4倍、また干ばつ・熱波の頻度は2倍増加している。またドイツの保険会社ミュンヘン再保険がまとめたデータによると、洪水などによる損失額は2010年以来で92%増加していることが分かった。
英国ヨーク(2015年12月)
EASACの研究者らは、温室効果ガスによってグリーンランドの氷河が溶け、それによって流れ出た淡水が既存の海流に流れ込み、海流の速度に影響を及ぼしている可能性があると指摘。欧州では、大西洋湾流に淡水が流れ込んだことで速度が落ち、気候に大きな変動をもたらしている可能性が高いという。この仮説が正しいとすると、異常気象はこの先も増えていく見込みだ。
水不足問題の深刻化を受け、各国では淡水化プラントを導入するなど、水テクノロジーを活用した対策を急ピッチに進めている。
南アフリカ・ケープタウンでは、仮設淡水化プラントを導入し、2018年5月から水の供給を開始。1日あたりの供給量は470万リットル。市全体の水供給のほんの一部を補えるほどだが、水再利用プロジェクトなどを通じてゼロ・デイの到来を阻止する構えだ。
水質汚染問題に直面するインド・デリーでは2015年から「トイレから水道プロジェクト」が開始されている。デリーではすべての住居が下水システムにつながっていない。このため多くの家庭から排出される汚水は地下に吸収されてしまい、地下水はひどく汚染された状態だという。この地下水を化合・有機フィルターで浄水し、飲料水にしようというプロジェクトだ。同様のプロジェクトは、米カリフォルニアでも開始されると報じられており、その効果に注目が集まっている。
インド・ハイデラバード
国内の水需要の25%を海水の淡水化でまかなっているシンガポールでは、このほど新たに3基目となる淡水化プラントの稼働を開始。カバーできる国内需要は30%に拡大した。2020年までにはさらに2基の淡水化プラントを稼働させる計画だ。
このほか水漏れを検知し無駄を防ぐスマートモニタリングや農業での水利用を最適化するプレシジョン・イリゲーションなどの開発・導入が各国で進んでいるようだ。
淡水化プラントを含め水テクノロジーがどこまで水不足問題を緩和できるのかは未知数であるが、悪化の一途をたどる問題に対応するための数少ない手段であり、その動向は注目に値するものといえるだろう。
文:細谷元(Livit)