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日本における「ロイヤルティプログラム(ポイントシステム)」の歩み
現代において通常の消費活動をする人の中で、いかなるロイヤルティプログラム(いわゆる「ポイントシステム」)とも一切無縁であるという人は一体どれくらいいるだろうか?
クレジットカードにはたいてい利用額に応じてポイントがつくし、航空会社のマイルも要はポイントだ。楽天やamazonなどの通販サービスでは否応なくポイントが貯まっていくし、ゲームアプリのログインボーナスだって立派なポイントである。
それにこのご時世、消費活動が急速にオンラインに取り込まれていっているとはいえ、まだまだお気に入りのリアル店舗のポイントカードの1枚や2枚は、あなたの財布にも入っているのではないだろうか。
今、財布を開けてみた。よほど利用する店でしかポイントカードを作らないようにしている筆者ですらこの有様だ
人がまだ商店街の個人商店で買い物をしていた時代には、店主が顔なじみになったお得意さんにオマケをしたりといったことは日常茶飯事だった。それをシステム化する形で現れたポイントプログラムは、日本では1958年のグリーンスタンプに始まり、1989年に自社が「初めに考案したシステム」と主張するヨドバシカメラのポイントカードを皮切りに、チェーンストアに一気に普及していった。
すっかり私たちの生活に根付いている感のあるロイヤルティプログラムであるが、現在若い世代のニーズに応じてそのあり方に革命が起きているという。旧来の「紙のクーポンをせっせと集めてモノや割引をゲットする」ようなタイプのものは絶滅危惧種になっていくようだ。
前提は「シンプルさ・多様性・安全性」
今年6月にリリースされた米The Innovation Groupのレポートによると、消費者の74%が魅力的なロイヤルティプログラムのある店を選択。ミレニアル世代やジェネレーションXにおいてはその割合は特に高く79%にのぼるという。そしてプログラムのあり方は現在「革命を遂げている」。
具体的には、「複雑で」「画一的で」「紙のクーポンを集めるような」ものは過去のものになっていき、AIなどの新技術の導入により、よりシンプルで利用しやすく、多様性と安全性(2017年のBaringaの調査によると、情報漏洩のあった会社は顧客の55%を失うリスクがある)を味方につけたものが選ばれているとのこと。
一例として英大手スーパーマーケットチェーンのTescoは、今年初頭にポイントの種類によって交換価値に差のあった複雑なポイントシステムをよりシンプルなものに切り替える計画を発表している。
AIでパーソナライゼーション、リワードのポイントは「感動体験」
「革命」の内容をもう少し読み下げると、大きく分けて「パーソナライゼーション」「リワードの内容」「利用体験」の3点が見えてくる。
まず第一に、リワードとして特定の景品を据えるスタイルは古いものとなり、AIの活用によるパーソナライゼーションが重視されるようになっている。Deloitteによる2017年の調査によると、消費者の44%が過去の購入履歴に基づいた「個人的な」リワードを好み、AIを活用したPRは通常の3倍効果があったという。こうした傾向を受けて同じく英スーパーチェーンのWaitroseは、購入者が選んだ商品に対し割引を受けられる従来のサービスから、より個々にカスタマイズされたクーポンの配布へとシステムを切り替えると発表した。
これには言うまでもなく個人情報を蓄積するデジタルのポイントカードと、そのデータのAIによる解析が前提になるが、そういった意味で有利な立場にあるのはStocardやYoyo mobile walletといったモバイル決済アプリである。複数の店のロイヤルティプログラムの一括管理も可能にし、利用者の利便性を飛躍的に高めるとともに、位置情報や過去の購入履歴など端末から入手できるデータから極めて個人的なロイヤルティの提供を可能にする。
Yo-yo mobile wallet (写真:JWT Intelligence)
第二の、そしておそらく最も時代を反映する変化は、好まれるリワードのポイントが「交換価値が高いもの」から「感動体験」にシフトしていること。ミレニアル世代が比較的モノに執着がなく思い出や体験を重視することはよく知られており、実に75%がモノよりも体験に価値をおくという調査もある。
大きな声では言えないが、どんなにいいモノをリワードに据えたところで、「本当にそれが欲しいのなら普通に買った方が安上がり」であることにも気づいている。そんな新しい世代の消費者の心を掴むため、リワードにも「他では得られない、一生に一度の感動体験」を用意しようと多くの企業が鎬を削っている。
その最も大きな成功例のひとつを実現したのは米ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルであろう。同社は昨年、ロイヤルティのリワードとしてコーチェラ・フェスティバル(米カリフォルニアで毎年開催される巨大野外音楽イベント)の会場に設置した、「マリオットの各ブランドのエトスを体現したラグジュリアスなテントでのステイ」を提供した。
大成功をおさめたこのリワードプロジェクトを引き継ぐ形で、2018年には同じコンセプトで選ばれたメンバーに3つのゲルを提供。今後も「一生に一度の体験」をロイヤルティで提供していく意欲を見せている。
2017年のコーチェラ・フェスティバルに展開されたテントの一例(写真:JWT Intelligence)
第三に、利用者に「いい体験」を提供すべきタイミングは、リワードだけではない。店舗やサービス利用時の体験をいかに向上させるか、それからいかに企業の社会や顧客に対する「配慮」を見せるか、の二点も今後のロイヤルティプログラムの課題である。
先述のマリオット・インターナショナルは、メンバーがポイントを獲得しやすくするため、同業のリッツカールトン及びスターウッドとリワードプログラムを統合すると発表。
メンバーシップアプリで注文・決済ができるのみならず、音楽のストリームサービスなど利用者のライフスタイルへの貢献も狙う米スターバックスや、ポイントの獲得・利用方法に「柔軟性」を追求する米ヒルトンやシンガポール・エア、ポイントカードの利用率を上げるため利用方法にゲームの要素を取り入れたIKEAや米コスメブランドTarte、さらには決済やポイント貯蓄へのブロックチェーンの利用など、各社消費者の利用体験向上のため工夫を重ねている。
国内では昨年9月に初のロイヤルティ・プログラムを開始したスターバックス・ジャパンの水口貴文CEOが、利用時の「スターバックス体験」の向上、リワードとしてのコーヒーセミナーや社会貢献など「体験を軸に」展開していくという展望を語ったことも記憶に新しい。
体験重視の「Starbucks Rewards」(写真:Starbucks Japan)
一方、一見逆説的に見える「サービスを受ける側である消費者がお金を払う」amazonプライムやcostcoのようなメンバーシップサービスについて、TCC GlobalのRoberts氏は「メンバーシップにお金を払うからこそその店をもっと利用しようとする」消費者心理に言及し、「きわめてパワフルなロイヤルティメカニズム」であると評価している。
原点回帰?超進化?
冒頭で昔懐かしい個人商店の「おまけ」に言及したのには意図がある。
今回このレポートを読んで、これからのロイヤルティプログラムはシステム化された機械的な「ポイントシステム」が取りこぼしてしまったなにかを取り戻そうとしているようにも思えたのだ。それは昔の買い物で「お得意さん」として消費者が体験していた、「自分のことを知ってくれている」感であったり、店や地域との絆であったり、ちょっと教えてもらえる目利きのコツの学習であったり、融通を利かせてもらえる便利さであったり、そんなところだ。
そういう意味で「人とのつながり」や「体験」を重視するミレニアル世代が消費層として力を持ち始めたこの時代に、ロイヤルティプログラムが革命を遂げているのは必然にも思える。ビジネスは今後ますます「人間らしさ」が問われていくのかも、などという想像もかき立てられるが、それはちょっと感傷的だろうか。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)