人生は学びの連続だというけれど、高校生の頃までわたしにとって“お勉強”は退屈なものだった。隣に座っている人と全く同じ机と椅子、教科書で全く同じ学習をする、これがしんどくてたまらない。

大学に入り、自由に好きなことを学べる環境に置かれ、初めて「学習」の楽しさを実感できた。単にカリキュラムの問題ではなく、開放されたロケーションや、自分でコミュニティを形成したり、共感できるコミュニティを選んで属したりできる環境が大きく影響していたと、今となっては感じている。

教育におけるロケーションやコミュニティ形成の重要性に目をつけたスタートアップがある。ニューヨーク発のコワーキングスペース「WeWork」だ。

2010年に創業したWeWorkは、2017年にはソフトバンクと提携することで日本に上陸。現在では24カ国69都市に拠点を持つ一大企業へと成長した。

WeWorkのコワーキングスペースにはAmazonの開発チームも入居するなど、様々なイノベーションの拠点にもなっている。そうした成功の裏には、オフィスの立地からスマート家具の導入、計算された間取りなど、快適に仕事をこなすための徹底した環境づくりが挙げられるだろう。

快適な環境の中、好きなスタイルで、好きな人と働く。WeWorkが提案する新しい「場」やコミュニティは、多くの人々、とりわけミレニアルズを魅了した。

そして今、WeWorkはそのコミュニティ形成のノウハウを教育の場にまで広げようとしている。WeWorkの共同設立者であり、最高責任者を務めるAdam Neumann(アダム・ニューマン)氏の妻であるRebekah Neumann(レベッカ・ニューマン)氏がCEO兼創業者を務める「WeGrow」の立ち上げだ。

子供たちそれぞれの可能性を形にする学校「WeGrow」

WeGrowは、3歳から10歳までの子供たちを対象とした学校だ。基礎的な初等教育に加え、ブランドの作り方や営業に関する技術や知識など実践的なテーマを扱う授業を行う。

WeGrowとWeWorkの関係は明示されていないものの、共通のミッションとして「ただ生きるためではなく、『人生』を満たすために働ける世界を創造すること」を掲げている

WeGrowにおいてもっとも独特で新しいのは子供たちの教育者だ。WeWorkとの連携のもと、子供たちは最先端のサービスを提供するスタートアップの起業家たちのもとに弟子入りすることで、自分たちの情熱を形にすることを体感できる。

WeGrowの目的は、子供たちだけでなく、教師や親たちを含む全ての人が「人生の生徒」として学び続けていくことにあるという。Neumann氏は「わたしにとって本当に重要なことは伝統的な学問科目を勉強するだけでなく、成功する人間になる方法や偉大な親になる方法、偉大な友人になる方法、そして人々の能力を世界と共有する方法を学ぶことだ。」と語った。

WeGrowは2017年秋から募集を開始。現在は、数名の選ばれた生徒がWeGrowに通っているという。生徒の親のうち、3分の1はWeWork社員、3分の1はWeWorkの利用者、そして残りは既存のWeWorkコミュニティ外の人だという。

そんな新事業の立ち上げにあたり、19歳以上であれば誰でも出願可能なオンライン高等教育機関として話題を呼んだ「MissionU」を買収し、MissionUの創業者であるAdam Braun(アダム・ブラウン)氏をWeGrowのCOOとして起用した。

今や時価総額3兆円とも言われるWeWorkが新事業の要として買収したスタートアップ教育機関MissionUとはどのようなものか。

合格率1%以下。「出世払い」の大学に学生が殺到する理由とは?


MissionU Program Video

サンフランシスコ発のオンライン大学、MissionUは在学中の学費は全て無料。学費の返済は収入が5万ドル(約540万円)に達した段階で三年間収入の15%を支払うという投資型のテックスクールだ。

2017年3月に創業し、2017年9月には第1期生を募集。データアナリストを育成するコースでは、30人の定員に対し4,700人の応募があり、倍率は1%以下という狭き門となった。

新興大学でありながら、なぜこんなにも人が集まるのか。その背景にはアメリカの若者が抱える深刻な経済事情があった。ニューヨーク連邦準備銀行によると学生ローンの全残高は2016年時点で1兆3千億ドル(約145兆円)を記録。この値は10年前の2.7倍となっている。また、学生ローンを抱える人はおよそ4,500万人にものぼる。

こうした米国の現状を鑑みてMissionUを立ち上げたのがBraun氏だ。Braun氏の妻であるTehillah(テーラー)氏も学資ローンを抱える当事者だった。10万ドル(約1,070万円)のローンの返済に苦しむ妻の姿を見て、より良い未来を作るためには、学生や親を苦しめる学生ローンの負担を減らすべきだと考えた

世界中で400以上の学校を設立した非営利団体、Promise of Pencilsの代表だったBraun氏はこれまでに得た知識や技術を生かしMissionUを立ち上げた。

MissionUでは入学に必要な条件が、19歳以上で2週間に一度サンフランシスコで行われるミーティングに出席できることのみだというのも魅力の一つだ。プログラムの約90%をオンラインで配信できるソフトウェアの開発により、カリキュラムのほとんどをオンラインで受けることができるという。

入学選考は3段階で編成されている。ファーストステップは出願ページで基本情報を入力し質問に回答するだけ。その結果適正だと判断された場合、セカンドステップであるグループチャレンジに参加、その選考に合格した出願者には最終面接が行われ、合格すれば見事入学というわけだ。

MissionUはハーバードイノベーションラボやスタンフォード大学経営大学院、MITメディアラボに所属する専門家の監修のもと、データ分析やビジネスに必要な知識を身につけられるカリキュラムを編成している。これは、経歴よりも即戦力を求めるアメリカの大手企業において必要とされる技術や能力を身につけるにはうってつけのサービスで、成功報酬型の学費返済プランやシンプルな選考方法も後押しし、多くの若者を引き付けたのだ。

こうしたMissionUの技術やノウハウは今後、WeGrowに取り入れられていくと考えられる。WeGrowのCEOであるRebekah氏は「MissionUの遠隔学習ソフトウェアは、今後WeGrowに組み込む予定」だと発言している。そして、こう続ける。「今後、WeGrowをグローバルに展開する中でオンラインで教材を安定的に供給できる環境を築きたいと考えている。MissionUには、それをサポートする技術がある」と。

Braun氏はWeWorkによる買収にあたり、「MissionUの使命は全ての人の潜在的な能力を引き出すことであり、この使命を達成するためにWeWorkと協働するのは適切な選択だ」と話している

また、WeWorkはU.C バークレーやイエール大学の大学院の授業を配信するオンラインプログラム「2U」との共同提携を発表した。この契約は、2Uの学生にWeWorkのコワーキングスペースへの出入りを許可し、WeWorkメンバーには2Uの奨学金、500万ドルを提供するというもの。WeWorkは今後、教育分野、とりわけ自社社員やWeWorkの関係者たちの教育に力を入れていく姿勢が伺える。

MissionUの買収により、WeGrowは幼少期から老年期まで、継続的な生涯学習を提供できる環境を整えつつある。Rebekah氏はWeGrowの将来について次のように語っている。

「WeGrowを通じて、子供だけではなく、全ての人が潜在的に持つ才能を引き出していきたい」

WeWorkは「Do What You Love(好きなことをしよう)」という一貫したブランドメッセージを打ち出している。WeGrowやMissonUを通じた教育サービスを提供することで、個々人が好きなことを見つけ、その先にWeWorkというコミュニティに参加する未来を描いているのだろう。

「働く」ではなく、そもそも「何がしたいのか」から始める。WeWorkは、そんな問いを考えるきっかけを与えてくれている。

img:Bjarke Ingels Group, MissionU, WeWork, WeGrow