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米国の調査会社Coresight Researchは、2020年までに男性向けスキンケア商品の市場規模はワールドワイドで600億USドル(約6.6兆円)にも上ると予測。
また、同国で今年2018年に開催された大規模な美容フェスティバル「ビューティーコン」では、ジェンダーフルイドやトランスジェンダーもターゲット消費者として捉えられるなど、従来の「化粧は女性だけのもの」とされていた認識が覆され、その裾野が広がってきている。
若年層を中心に浸透し始めている性にとらわれることなく化粧を楽しむという新しいカルチャーの起こりと、それに目をつけ、新しいアイテムやサービスなどを届けようとする企業・ブランドたちの興味深い動向をお伝えする。
「ガイライナー」に「メンズカラ」 加熱する男性用コスメ市場
男性向けコスメ市場自体は新しいものではなく、少なくとも10年前にはニューヨークタイムズが成長市場であることを報じている。
しかし、当時人気だったのはスキンケア用品やクマ隠し用のコンシーラーなど「基礎化粧品」寄りのアイテムが中心で、米国の男性用スキンケア用品ブランド「Menaji.com」が人気を博し、人気の女性向け化粧品ブランドの「クリニーク」や「キールズ」なども男性向けの基礎化粧品の開発・販売に力を入れ始めたりしていた。
しかし、最近は、マスカラやアイライナーなど、「男性が自分をより美しくみせる」ためのアイテムの人気が加熱してきている。それを裏づけるかのように、男性用アイライナーの意である「ガイライナー(Guyliner)」や「メンズカラ(Menscara)」などの造語も登場。
また、Youtubeなどの動画チャネルでは、男性向けのメイクアップ講座も多数配信され、アイテムやノウハウに関する情報にもアクセスしやすくなっている。メイクの種類も、日常の手入れに少しプラスするような気軽なものから、派手なメイクまでバラエティも実に豊富だ。
チュートリアル動画はナチュラルメイクから「コントゥアリングメイク(顔に濃淡をつけることでメリハリを作り出すメイク)まで豊富だ。
全ての性を対象にした化粧品が続々、老舗企業から新鋭メーカーまで
Crayola Beauty(同社公式Facebookページより)
米国の文房具メーカー「Crayola」は英国に本拠を置くオンラインショッピングサイト「ASOS」とコラボレーションして、コスメティックブランド「Crayola Beauty」をローンチすると発表。
発売されるアイテムはアイシャドウ、リップスティック、フェイスクレヨンと多岐に渡り、カラーバリエーションは驚きの95色。ビビッドなカラーが多いのでポイントメイクとして取り入れやすい。
商品名にはクレヨンと同じ名前が採用されている。米国の多くの人が幼少期に親しむCrayolaの化粧品ならとっつきやすく、メイク初心者の男性にはうってつけだろう。商品はASOSのウェブサイトで購入でき、価格帯は15~40USドル(約1,600円~4,400円)だ。
ニューヨークべースの美容ブランド「Fluide」は、Isabella Giancarlo氏と Laura Kraber氏の手によって、全てのジェンダー・肌色に向けたコスメティックブランドで「誰もがメイクによって自由に自己表現できるように」という目的のもと創始された。
そのブランド名の通り、ジェンダーフルイド、また、LGBTQ の「Q」にあたる「Queer(性別が男女のどちらにも当てはまらず、流動的な人たち)/Questioning(自身の性自認や性的指向が定まっていない人)」たちの存在にフォーカスしているという。
営利目的のファッション業界が数の少ないQの存在にフォーカスすることは少なく、彼ら、彼女らは性的マイノリティの中でもしばしば忘れられがち。そんな彼らも同じように大切にされるべきであると考える創始者たちは、「Queerを置き去りにしない。それこそがFluideのコアな理念」だとNYLONに話す。
ラメパウダーは髪やまぶたに塗ったり、使い方は自由(Fluide公式ウェブサイトより)
Fluideのアイテム構成は、リップスティック、リップグロス、ネイルポリッシュ、ラメパウダーとシンプル。しかし、例えばラメ入りのリップスティックはアイシャドウとしてまぶたに塗ったりとマルチに使うことができる。
同社の理念「Make Up The Rules」が表すように、Fluideのアイテムを使う上でルールはなく、また、ブランド側が流行りのメイクの方法をレクチャーするようなこともしない。
また、クルエルティフリー(原材料などのために動物を殺したり、製造工程で動物実験を行わないポリシー)でパラベンフリーなど、原材料にもこだわる。その上で、いずれの商品も10USドル(約1,000円)台と、若い世代も購入しやすい価格設定となっている。
トランスジェンダー向けのメイクアップ講座も好評
「Classes for Confidence」
このように自由な自己表現を提唱するブランドが強く支持されている一方で、性的マイノリティの人たちがより社会に馴染みやすくなるようにと、メイクを通してサポートする企業もある。
2018年6月、化粧品小売り大手の「Sephora」がニューヨークの店舗でトランスジェンダーに向けたメイクアップ講座を開講し、話題となったことはまだ記憶に新しい。
「Fearless it the new Flawless(恐れなきことこそ真の完璧)」というスローガンのもと開講されたのは、「Classes for Confidence」というメイクアップクラス。化粧を施してくれるのもまた、Sephoraのトランスジェンダーのスタッフだった。
これまでもガンの闘病者を対象に無料のメイク講座を開講するなど、誰もが自信を持てるようになるようサポートを続けてきたSephora。通常のマンツーマンメイクアップクラスを受講するには50USドル分の商品を購入する必要があるが、このClasses for Confidenceは無料で提供された。
「少しでも自分らしく、恐れを脱ぎ捨て自信をもって世間と向き合えるようこの取り組みを始めた」と、同社のダイバシティーとLGBTコミュニティーのリーダーであるDavid Stutz氏は自社のサイト上で話す。
また、同社のカラーコンサルタントコーチを務め、自身もトランスジェンダーであるDaniel氏は、「時にトランスジェンダーは社会とうまく馴染めなかったり、困難なことが多い。自分がメイクに助けられたように、彼らの助けになれば」と語った。
参加者からは、「自信を持ち、社会をより居心地よく感じられるようになった」「自分は社会に属しているんだと感じられた」など喜びの声は大きい。
Sephoraはこの講座の他にも、肌の整え方、肌を美しく見せる色の選び方など、トランスジェンダーからよく受ける質問に答える動画をYouTubeで配信しており、そちらも好評を博している。
筆者は女性だが、化粧が上手くできた日はやはり嬉しく、いつもより気分が良い気がする。そういう人はきっと少なくないだろう。本来美しくあることや自分を表現することは性差なく万人が与えられた権利であるはずだ。
今までなんとなく女性以外が手を出しにくい風潮があったことをもったいなく感じていたが、自己表現のアプローチが多様化してきた今日、それはもう昔の話と言っていいのかもしれない。メイクに興味はあれどきっかけがなかった人は、イベントの多いこの夏、ポイントメイクからトライしてみるのはどうだろうか?
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)