INDEX
急成長する宇宙産業に期待が高まる。©CSIRO-NASA
オーストラリアが国内初の宇宙機関の創設に向けて動き出している。急成長する宇宙産業に本格参入し、シェアを広げていく狙いだ。
連邦政府主導で本格化する参入への動き
オーストラリアは経済協力開発機構(OECD)先進34カ国の中で、これまで宇宙機関を持たなかった2カ国のうちの一つ。宇宙機関創設が発表された昨年9月、ミケイリア・キャッシュ産業・イノベーション・科学相代理(当時)は、「世界の宇宙産業は急成長しており、オーストラリアがその成長の一端を担うことはきわめて重要だ」と語った。
世界で3,450億米ドル規模とも推計される宇宙産業は、年間約10パーセントの成長率。これまでその宇宙経済の0.8パーセントしか占めていなかったオーストラリアだが、創設のための予算が発表された今年5月、ミケイリア・キャッシュ雇用・イノベーション相は「成長する世界の宇宙経済でシェアを広げていく素晴らしい機会を得た」と参入に強い意欲を示した。
5月8日に発表された2018-2019年度連邦政府予算案で、宇宙機関の創設と宇宙投資のために、今後4年間で4,100万豪ドルが拠出されることが明らかになった。衛星インフラやテクノロジーの開発のための2億6,000万豪ドルと合わせて、約3億豪ドルの投資となる。
同月14日には、宇宙機関の初年度長官に、豪州連邦科学技術研究機関(CSIRO)元長官であるミーガン・クラーク博士が任命され、創設に向けた動きが本格化している。
2030年までに宇宙産業を120億豪ドル規模に
オーストラリア政府は、2030年までに国内の宇宙産業を現在の3倍、100〜120億豪ドル規模にまで拡大することを目標にしている。それにより、国内で1万から2万人の雇用創出が期待されている。
今年3月に発表されたエキスパート・レファレンス・グループの報告書「オーストラリア宇宙産業の可能性に関する調査」では、宇宙経済におけるシェア拡大の理由と利点がいくつか指摘されている。
まず、経済開発と次世代の雇用はデジタルデータとそれに関連するサービスに依存しているため、雇用確保のためには宇宙開発が不可欠になること。次に、宇宙とコミュニケーションをとるために遠隔地の地上ステーションが必要となり、オーストラリア国内の地方や遠隔地が価値のある役割を担うことができること。そして、宇宙はインターネットやGPSなど毎日の生活に必要なデータの提供に不可欠であり、若い人びとがSTEM(科学・テクノロジー・工学・数学)分野を目指すきっかけになること。
報告書は、「宇宙産業は確かな成長産業であり、宇宙関連サービスは経済の他の分野の生産性も押し上げる」とも述べており、新たな試みに大きな期待が寄せられている。
各州で過熱する誘致キャンペーン
このような連邦政府の動きを受け、各州が動き出している。宇宙機関の候補地として名乗り出た州の間では競争が過熱している。
宇宙機関の初年度長官に就くクラーク博士は公共放送ABCの取材に対し、首都キャンベラのあるオーストラリア首都特別地域に機関を置くのが適当だとの見解を示している。「私たちは国際的に連携し、全国をまとめていかなければなりません。その活動の中心が、(首都である)キャンベラになるのが最も都合が良いのです」また、キャンベラには数多くの民間また公立の宇宙関連インフラが揃っている。
NASAが所有するキャンベラ・ディープ・スペース・コミュニケーション・コンプレックス(CDSCC)、オーストラリア国立大学のナショナル・コンピュテーショナル・インフラストラクチャー(NCI)、民間通信会社オプタスの地上ステーションなどはその一部だ。
CDSCCは世界に3つしかないNASAのディープ・スペース・ネットワークの一つ。©CSIRO-NASA
南オーストラリア州は、宇宙産業への参入に向けて早い段階から動き出していた州の一つだ。2008年、三菱自動車が南オーストラリア州での製造を中止したことが雇用面で大きな打撃になったことはよく知られている。雇用創出に必死な同州は宇宙産業に期待を寄せている。
同州政府は昨年9月、宇宙産業イノベーション・研究・起業を促進するため、南オーストラリア州宇宙産業センター(SASIC)を創設。同センターは宇宙イノベーション基金を設立し、宇宙関連スタートアップならびに宇宙分野の若い起業家を対象に年間最大100万豪ドルの支援を行うことも発表した。
西オーストラリア州は6月に宇宙産業の可能性に関する報告書を発表。同州科学相のデイブ・ケリー氏は、「報告書は、西オーストラリア州には宇宙産業の繁栄に必要な地形・能力・専門性があることを示した」とし、宇宙機関の誘致に積極的な姿勢を見せた。
同月にはビクトリア州も誘致キャンペーンを開始。同州産業雇用相のベン・キャロル氏は、ロッキード・マーティンやボーイングなどの航空宇宙関連のグローバル企業が同州で研究・開発・製造を行っていることを指摘し、誘致をアピールした。パークス天文台のあるニューサウスウェールズ州も候補地として名乗り出ている。誘致にはオーストラリア初の宇宙飛行士、ポール・スカリー・パワー博士も協力。同州には、必要とされるインフラと産業がすでにあることを主張している。
豪州版NASAを創設するわけではない
オーストラリアの宇宙機関をどこに置くかという決断は年内にも発表される見通しだ。それまでは各州の活発な誘致活動が続きそうだ。
しかし、ニューサウスウェールズ大学オーストラリア宇宙工学研究センターのアンドリュー・デンプスター教授はザ・カンバセーション(2018年3月29日)に寄稿し、宇宙機関の設置場所を巡って各州が競い合っても利点はないとの考えを示した。
「人びとは(オーストラリアの宇宙機関が)NASAのような、全ての工業施設を兼ね備えたようなものになると思っているようですが、(オーストラリアのそれは)そういったスケールのものではありません。各州のセンターがキャンベラの本部を支えるような形が理にかなっています」
連邦政府のキャッシュ雇用・イノベーション相も、「もう一つのNASAを創設するわけではない」ことを強調している。
「NASAはもうすでに存在していて、その役割を担っています。(新たな宇宙機関の創設は)オーストラリアの得意分野を活かすためのものです」
世界の宇宙産業に本格参入するオーストラリア。急成長する分野でどのような役割を担っていくのか、どのような可能性が広がるのか、今後の動きが興味深い。
文:クレイトン川崎舎裕子/Hiroko Kawasakiya Clayton
編集:岡徳之(Livit)
eye catch img:©CSIRO-NASA