日本は周囲を海に囲まれた海洋国家であるが、海の可能性や課題について広く一般的に議論されることは少ないかもしれない。海外では、海の可能性と課題を見直し、経済成長につなげようとする動きが活発化している。

海の可能性とは何か。英国政府がこのほど発表したレポートによると、海運、漁業、石油・ガスなどを含む「海洋経済」の規模は2030年までに現在の2倍へと増加し、3兆ドル(330兆円)に拡大する見込みだ。一方、海洋での経済活動が海の生態系に与える影響や海面上昇、海水温度の上昇、プラスチックゴミ問題、化学物質による汚染など、深刻な課題も山積している。

海の環境や生態系を守りつつ、経済的恩恵を拡大していくにはどうすればよいのか。このような問いから生まれたのが「ブルーエコノミー」というコンセプトだ。

海洋資源の持続可能な利用を通じて経済成長を実現しようというこのコンセプトは、各国が海洋開発を進める上で重要な考慮事項として認識され始めている。海洋環境へのインパクトが大きい国の動きには国内外から多くのまなざしが向けられており、ブルーエコノミー実現に向けた取り組みを加速させる原動力になっているようだ。

特に世界最大の海洋汚染国家と非難されることの多い中国は、そのイメージを払拭するために、近年さまざまな取り組みを始めている。ブルーエコノミー実現に向けて、中国ではどのような取り組みが実施されているのか、その最新動向を追ってみたい。

「環境分野のスティーブ・ジョブズ」が唱えるブルーエコノミー

ブルーエコノミーという言葉が広く知られるようになったのは、「環境分野のスティーブ・ジョブズ」と呼ばれる起業家、ガンター・パウリ氏が2010年に著書『The Blue Economy』を発表したのがきっかけだ。それ以降、国際連合や世界銀行などが、持続可能な経済成長を実現する上で重要なコンセプトであると、さまざまなレポートで認知・普及を行っている。また国際会議においても重要トピックとして扱われることが多くなっている。

中国アモイで2014年に実施されたAPEC海洋担当大臣会議では、アジア太平洋においてブルーエコノミーを実現するための協力を深めていくことで全会一致。さらに2017年9月にアモイで開催されたBRICSサミットでは、ブルーエコノミーを議題に含めることを決定している。

同じく2017年11月にアモイで開催された「世界海洋週間フォーラム」でもブルーエコノミー実現に向けて、各国間の連携を強めることが話し合われた。この一環で中国はポルトガルと「ブルー・パートナーシップ」を提携。2国間でも取り組みを促進する構えだ。

中国はすでにブルーエコノミー実現に向けた取り組みを始めており、その動向に注目が集まっている。その1つが山東省の「ブルー経済特区」だ。2011年1月中国政府は「山東半島・ブルー経済特区・開発計画」を承認。中国初の国家レベルの海洋経済開発戦略として進められることが決定されたのだ。

山東省・青島

ブルー経済特区戦略には、科学調査に基づいた海洋資源の利用や海洋環境保護・保全、さらに海洋テクノロジーの発展・促進が盛り込まれている。

2020年を1つの区切りとして、いくつかの数値目標も定められている。1つは、テクノロジーを活用した海洋産業の近代化を通じて、海洋経済の成長率を2020年までに年間12%以上に高めることだ。

もう1つの目標は、特区の1人あたりGDPを同年までに13万元(約223万円)に高めること。IMFによると、中国全体の1人あたりGDPは2017年に8643ドル(約95万円)だったので、かなり意欲的な目標であることが分かる。さらには山東省・青島に「ブルーシリコンバレー」を開設し、海洋イノベーションを促進しようとしている。

地区全体の完成は2020年ごろとされているが、すでに多くのハイテク企業や人材を誘致し、20万人ほどの雇用を生み出しているともいわれている。

ブルーエコノミー主役への期待、「海藻」が持つパワー

ブルー経済特区ではどのような取り組みが行われているのか。中国メディアのCGTNが2018年6月に報じた記事によると、青島では「海藻」がブルーエコノミー促進に向けた重要な存在になっているという。

ブルーエコノミーの主役、海藻

国連食糧農業機関(FAO)によると、2000〜2014年までに世界の海藻生産量は2倍増加し、2,731万トンに達した。国別生産量では中国が世界全体の58%を占め世界最大、また輸入量も世界最大級となっている。

海藻は主にそのまま食用で利用されることが多いが、海藻から取れる活性物質は、粘着剤、安定剤、ゲル化剤、植物繊維としての機能を持ち、パンやビールなどの食品製造にも用いられている。また、医療や工業でも広く利用されている。健康意識の高まりから、海藻から取れる活性物質への需要は今後も高まっていくようだ。

CGTNが引用した調査によれば、世界の加工海藻市場は2015年103億ドル(約1兆1,330億円)だったが、2016〜2024年まで8.9%の拡大を続ける見込みで、その頃までには市場規模は221億ドル(約2兆4,000億円)と2倍以上になっているという。

海藻から抽出される主要物質の1つにアルギン酸がある。青島に拠点を置くブライト・ムーン・シーウィード・グループは、世界のアルギン酸生産の30%を占める世界最大の製造企業。市場規模の拡大が見込まれるなか、同社の事業成長にも注目が集まっている。海藻は、マスクやメイクなどのコスメ商品、さらには飼料、ペットフード、肥料など利用範囲は非常に広い。

同社は海藻の利用価値をさらに高めていくための研究拠点「海藻活性物国家重点研究センター」を設置。この研究センターでは、機能性食品や予防医療での利用など、これまでの枠を超えた海藻利用を研究している。たとえば、抗酸化、抗肥満 抗糖尿病、抗高脂血症機能の研究が挙げられる。

このほか海藻には浄水効果があり、排水処理に利用される事例などもある。海洋資源を活用して健康促進や環境改善、そして経済成長も実現できる。海藻に力を入れる山東省・青島がブルーエコノミーの好例として注目される理由といえるだろう。

中国だけでなく世界のブルーエコノミーがどのように発展していくのか、今後の動向にも注目していきたい。

文:細谷元(Livit