一生のうちSNSにどれくらいの時間を費やす可能性があるのか考えたことはあるだろうか。
MediaKitによると、13〜79歳までの66年間で平均5年4カ月もの時間をSNSに費やす可能性があるという。その内訳はユーチューブ1年10カ月、フェイスブック1年7カ月、スナップチャット1年2カ月、インスタグラム8カ月、ツイッター18日となっている。1日あたりでは、ユーチューブ40分、フェイスブック35分、スナップチャット25分、インスタグラム15分、ツイッター1分だ。
これは米国市場のデータから算出された数字であるため、日本の現状とは異なるかもしれないが、スマホ/SNSが生活の一部になっているという状況は同じと考えてよいだろう。
これらはあくまで平均の数字。SNSヘビーユーザーであれば、さらに多くの時間を費やしている。特に若い世代のSNS利用は増加傾向にあることが判明している。
Common Sense Mediaの調査では、米国のTween(8〜12歳)は1日平均6時間、Teen(13〜19歳)は平均9時間もの時間をSNSに費やしていることが明らかになったのだ。
これまでであれば、デジタル・ネイティブであるミレニアル世代やZ世代の活発なスマホ/SNS利用を示す数字として捉えられ、関連市場が盛り上がっていくだろうというポジティブな予測につながることが多かったが、米国では少しずつ状況が変わり始めている。
スマホ/SNSの危険性を指摘するメディア報道が増えていることに加え、シリコンバレーの大手テクノロジー企業の元インサイダーや投資家などがスマホ/SNSの過剰利用や中毒性に警鐘を鳴らし、テクノロジーデザインの見直しを推し進める新たなムーブメントを巻き起こしているからだ。
タバコやお酒より中毒性が高いソーシャルメディア
これまでスマホやSNSに関して、生活の利便性向上や生産性向上、市場/雇用創出など、ポジティブな側面にスポットライトがあたることが多かった。
しかしこの1〜2年の間に、スマホ/SNSに関する負の側面に注目する報道、研究、レポートが増えている。その多くが過剰利用や中毒による精神的な苦痛やうつ状態の発症を指摘している。特に、若年層への悪影響についてその深刻さを訴えるものが多い。
英国Royal Society for Public Health(RSPH)は2017年に発表した調査レポートで、SNSはタバコやアルコールよりも中毒性が高いと指摘し、若者への影響が無視できない状況まで発展していると警告している。その影響には、心配・うつ、睡眠障害、サイバー空間でのいじめなどが含まれる。同調査では、若者に精神的悪影響を与えるSNSランキングも実施。このランキングでは、インスタグラムがワースト1位に選ばれている。
2017年12月にはフォーブスが「ソーシャルメディアは21世紀のタバコ産業なのか?」と題した記事のなかで、SNSとタバコ産業が中毒性を利用して利益を上げている共通点を指摘。また2017年6月には、QUATZが「ミレニアル世代にとってソーシャルメディアはアルコールやドラッグと同じくらい有害」と題した記事のなかで、SNSの過剰利用・中毒により、若者の間で自己を見つめる時間が失われていると指摘している。
2018年1月には英ガーディアンが「アンチソーシャルメディア:私がフェイスブックとインスタグラムを辞めた訳」と題した記事を発表。この記事では記者個人の経験を踏まえ、SNSがどのように自身の心理に悪影響を与えたのか、辞めたいと思ってもそれが非常に難しかったこと、辞めてから心配レベルが下がったこと、心の充実度が上がったことなどが述べられている。
このように英語圏の主要メディアでは、SNSをタバコや酒と同等、またはそれ以上に中毒性が高く、特に若者に対して何らかの対策・配慮がなされるべきとの論調が強くなっている。
こうしたスマホ/SNSの悪影響について、テクノロジーに精通した人物たちはすでに気づいており、自身の子どもたちにはスマホ/SNSの利用を制限する方針を貫いていたようだ。
ビル・ゲイツ氏は、娘のビデオゲーム時間を制限するとともに14歳になるまでスマホを与えなかったといわれている。故スティーブ・ジョブズ氏も子どもたちのテクノロジー利用を制限していたという。アップルCEOのティム・クック氏は自身には子どもはいないが、姪のSNS利用には反対の意を唱えている。さらに、WIREDの元編集長で3Dロボティクスの共同創業者クリス・アンダーソン氏は、自身がテクノロジーに関わる危険な側面を体験したことから、子どもたちには過度ともいえるほどの制限を与えていたと報じられている。
SNS元インサイダーたちによる見直しムーブメント
大手メディアなどによる外部からスマホ/SNSを見直そうという動きに加え、内部からの動きも活発化しており、それらが相まって大きなムーブメントとなっている。
内部からの動きとは、グーグル、フェイスブック、ユーチューブなど大手テクノロジー企業でかつて重要な役職を担っていたエンジニアやこれらの企業に出資していた投資家らによる、テクノロジーデザインを有害なものから人に優しいものに変えていこうという取り組みのことだ。
この取り組みの中心にいるのは、グーグルでエシカルデザインを担当した経験を持つトリスタン・ハリス氏だ。もともとAptureというスタートアップのCEOを務めていたが、同社は2011年にグーグルに買収された。ハリス氏は2016年にグーグルを辞め、スマホ/SNSなどによる「Attention Economy(中毒を糧にする経済)」を変える非営利プロジェクト「Time Well Spent」を本格始動。その後、人に優しいテクノロジーデザインを目指す組織「Center for Humane Technology(CHT)」を創設した。
共同創設者トリスタン・ハリス氏(Center for Humane Technologyウェブサイト・プレスページより)
CHTには、ウェブブラウザFirefoxのリードデザイナーを務めた経験を持つエイザ・ラスキン氏、フェイスブックやYelpなどへの出資経験を持つ投資家ロジャー・マクナミー氏、フェイスブックの「いいね」ボタンの共同開発者ジャスティン・ローゼンシュタイン氏、ピンタレストの共同創業者エバン・シャープ氏、Lyftの共同創業者ジョン・ジマー氏などそうそうたるメンバーが名を連ねている。
ハリス氏によると、現在のスマホ/SNSによる中毒問題は偶然に起こったことではなく、意図的にデザインされたものだ。テクノロジー企業は、人間が持つ「心理的脆弱性」をうまく利用し、中毒状態をつくりだしているという。特に広告ビジネスモデルのSNS企業にとって、ユーザーの滞在時間を伸ばすことが広告収入に直結するため、いかにユーザーをつなぎとめるのかが重要になってくる。このためSNS企業は、ユーザーを中毒にさせるありとあらゆる手段を考え実行しているというのだ。
たとえば、SNSはスロットマシンと同じ理屈で心理的脆弱性をつき中毒にさせる仕組みを導入している。それが「予測不能な報酬」と呼ばれものだ。レバーを引くまでどのような報酬が出るのか分からないスロットマシン。報酬獲得率が予測不能になればなるほど中毒性は高まるといわれている。このため米国カジノのスロットマシンは、野球、映画、遊園地を合わせた以上の売上高を生み出しているという。ニューヨーク大学のナターシャ・ダウ・シュル教授の研究によれば、他のギャンブルに比べスロットマシンへの中毒状態は3〜4倍のスピードで進行することが明らかになっている。
SNSはまさにスロットマシンと同じである。ポケットからスマホを取り出したときに、通知がどれくらいたまっているのかを知ることになるが、これが予測不能な報酬となり、何度もスマホを確認してしまう中毒状態になる。フェイスブックに投稿した写真やコメントにどれくらいの「いいね」がつくのか、どのような返信があるのかが気になって何度もフェイスブックを確認する。これも予測不能な報酬といえる。またスクロールダウンしたときにロードされる友達の写真やコメントもその範疇に入るだろう。
スロットマシンと同じ「予測不能な報酬」で中毒性を高めるSNS
このほかにも「自動再生」や「社会的返報性」など中毒性を高めるさまざまテクニックが使われている。ハリス氏はこの状況を「Race to the Brain Stem」と呼んでいる。恐怖や怒りなどを司る爬虫類脳と呼ばれる脳の部分をいかに刺激するのか、それを競合企業よりいかに早く実行するのかが、SNS企業で働くデザイナーやエンジニアたちの日々の課題なのだ。
さらにはSNSで与えられる情報が取捨選択されることで、ユーザーのマインドがコントロールされる危険性もはらんでいると指摘する。ブルームバーグのインタビューでハリス氏は、世界中に20億人のアクティブユーザーがいるフェイスブックを「文明規模のマインドコントロールマシン」と表現するほど、その影響力の大きさは計り知れないものになっているといえるだろう。
この状況に何の対策もなされなければ、成人のメンタルヘルス問題が悪化するだけでなく、子どもの心理発達への悪影響、さらには民主主義を脅かす存在になるとして、CHTはロビー活動や啓蒙活動に加え、SNS企業で働くエンジニア向けの支援策などを通じて状況を改善していく構えだ。あからさまな中毒テクニックの使用を制限する標準や政策を策定し、新しいビジネスモデルを構築することで、スマホやSNSを本当に有効活用できる社会を目指す。
このようにスマホ/SNSを取り巻く環境が大きく変化するなかで、インスタグラムがユーザーの精神的健康にフォーカスする「ウェルビーイングチーム」を発足させるなどSNS側の動きも少しずつ出てきている。ハリス氏が指摘するように、今はテクノロジーが人間をジャックしている状態であるが、新しいムーブメントがこの状況をどう打開していくのか、今後の動向にもぜひ注目していきたい。
文:細谷元(Livit)