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「ブルガリア」と聞くとヨーグルトを連想するかもしれないが、実は今、中・東・南欧におけるテクノロジー・スタートアップハブとして進化を遂げようとしており、起業家や投資家の注目を集める国となっている。
冷静時代はソ連の影響下にあったことから、教育機関では数学や応用科学が広く教えられており、テクノロジーリテラシーが高い人材を輩出する基盤が整っているといわれている。ブルガリアは特に女性エンジニアの割合が多い国でもあり、女性によるテクノロジースタートアップの起業も増えているという。
今回は、ブルガリアのスタートアップ動向をお伝えするとともに、女性エンジニアが多く輩出される社会背景にも迫ってみたい。
この数年で急速な盛り上がりを見せるブルガリアのスタートアップシーン
ブルガリアの広さは日本の4分の1ほど(約10万平方キロメートル)だが、人口は700万人と人口密度は非常に低い。首都はブルガリア西部にあるソフィア。
ブルガリア首都ソフィア
北はルーマニア、西はマケドニアとセルビア、南はギリシャとトルコ、そして東は黒海に面している。欧州の中でもっとも中東に近く位置していることから文化の多様性があることが分かる。国民の9%ほどがトルコ系であるという。
ちなみに、ブルガリアでは「はい」の意思表示として首を横に振り、「いいえ」の意思表示として首を縦に振るユニークな習慣があるが、近年国際標準に改めようという動きがあるといわれている。
そんなブルガリアであるが、この数年スタートアップシーンが盛り上がってきている。
10年ほど前までは、ベンチャーキャピタル、インキュベーター、コワーキングスペースなど、スタートアップを支えるプレーヤーはほとんどいなかったとされるが、若い人材の流出を食い止め、さらに国外から優秀な人材や投資を呼び込むために国を挙げてスタートアップシーンを盛り上げようという機運が高まっている。
欧州投資ファンドによると、2012年ブルガリアでのスタートアップへの投資額は総額400万ドル(約4億円)で、投資先の企業数は20社のみだったが、2016年には210社に増え、投資総額も7,400万ドルまで跳ね上がっている。
2018年2月、ブルガリアのオンライン食品デリバリースタートアップ BGmenu が欧州デリバリー大手 Takeaway.com に1,300万ドル(約14億円)で買収されたというニュースが報じられたが、このニュースもブルガリアのスタートアップシーンの盛り上がりを示すものとして見ることができるだろう。
ブルガリアは企業設立、法人税、人件費、生活費などさまざまなコストが安く、さらにインターネット速度が速いことから、海外の起業家からも注目される国となっている。ブライトン・ビジネススクールの「起業に適した都市ランキング」では、ブルガリアの首都ソフィアが世界10位にランクインしている。
人工知能やフィンテック、ブルガリアの注目スタートアップ
2017年8月に実施された「中央ヨーロッパ・スタートアップ・アワード」でファイナリストに選出された、ブルガリア発のユニークなスタートアップをいくつか紹介したい。
同アワードでスタートアップ・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのはCoursedotという企業。このスタートアップが提供するのは、ITトレーニングコンテンツのマーケットプレイスだ。オンサイト、ライブオンライン、動画、電子書籍などさまざまな形態でコンテンツを提供している。このアワード結果も、ブルガリアにおけるIT分野の盛り上がりを示すとものとして見ることができる。
ClaimCompassは、これまでにフライトがキャンセルされた経験のある人向けに、補償返金手続きを行ってくれるオンラインサービスだ。5年前までさかのぼることが可能で、申請すれば無料で手続きを行ってくれる。最大で600ユーロが返金される。
Klearは近年トレンドとなっているP2Pレンディングサービスを提供するフィンテックスタートアップ。2016年9月から現在までブルガリア国内で440万ブルガリアレフ(約3億円)のレンディングを行ってきた。資金を貸し出す投資家は700人以上いるという。
Majioは、人工知能を活用した人材マッチングソリューションを開発するスタートアップ。アワードではベストAIスタートアップに選ばれている。CEO、CTOともに女性で、他国に比べ女性の活躍がめざましいとされるブルガリアのスタートアップシーンを象徴する企業として見られている。
女性ITスペシャリストの割合が欧州トップの理由
ブルガリアは欧州でもっとも女性ITエンジニアの割合が多い国であることはあまり知られていない。
Eurostatのデータによると、ブルガリアにおける女性ITエンジニアの割合は30%(2016年)と欧州全体平均の16.7%を大きく上回り、域内でトップだ。ブルガリアの次に女性割合が多いのはルーマニアで26.3%。さらにラトビア24.8%、リトアニア24.8%、アイスランド22%、フィンランド21.9%、スウェーデン20.8%、デンマーク20%と続く。
女性の社会進出が進んでいるといわれている北欧諸国が上位に入っているのはなんとなくイメージできるが、ブルガリアやバルト三国が北欧を抜いてトップにランクインしていることは少し不思議に思うかもしれない。
その理由は、これらの国々がかつてソ連の影響下にあったことが大きく関係しているという。
ソ連時代、ブルガリアやバルト諸国では数学や応用科学の教育が盛んに行われていたが、優秀な学生には特別クラスが用意されることもめずらしくなかったという。こうした特別クラスを受講する優秀学生を選ぶ際、男女同じ割合で選ぶことが決められていたというのだ。
このような教育の名残に加え、当時から女性エンジニアをプロフェッショナルエリートとして見る習慣があったといわれている。ブルガリアやバルト諸国には女性がエンジニアを目指すことを容易にする教育・社会基盤が存在すると考えられるのだ。
これまで紹介してきたように、エストニアを筆頭にラトビアやウクライナなどバルト地域、中東欧でデジタル革命が起こっているが、ブルガリアにもその波が押し寄せてきていると考えて間違いないだろう。
ハイテク人材を輩出できる教育基盤に加え、女性が活躍できる社会的基盤を持つブルガリアが「次のエストニア」として進化していくことも十分に考えられるシナリオではないだろうか。
文:細谷元(Livit)