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これまで、「カスタマーサポート」は企業の中でコストセンターと捉えられ、アウトソーシングされてきた。だが、それは過去の常識といえるかもしれない。
「カスタマーサポート」という取り組みは、顧客の声を直接受け入れられるだけでなく、その傾向や内容を分析し、利益につなげていく重要な役割を担い始めている。その取り組みは今、「カスタマーサクセス」と呼び名を変え、海外はもとより日本国内での成功事例が生まれ始めている。
AMPでは、アメリカン・エキスプレスとともに、国内スタートアップの成長を支援する企画として「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」を展開中だ。
第3回となるイベント『「カスタマーサクセス」がスタートアップ成長のカギを握る!』が3月5日(月)に開かれた。スタートアップのカスタマーサクセスに対する理解向上を目的に、実際にスタートアップの現場でその価値を知る3名に登壇を願った。
なぜ今、カスタマーサクセスは注目されているのか
今回登壇したのは、カスタマーサクセスを開発・提供するHiCustomer CEO 鈴木大貴氏、飲食店向け予約・顧客管理サービスを提供するトレタCMO 瀬川憲一氏、マーケティングデータの分析ツールを提供するサイカのCCSOの高橋歩氏の3名。いずれもカスタマーサクセスに注力する人物だ。
イベントの冒頭では、「なぜ今、カスタマーサクセスが注目を浴びているか」について、その背景が共有された。
多くのビジネスが現在は買い切りではなく、定額制となる「サブスクリプション」化をし、継続的にサービスを提供する機会が増えたことが背景として大きい。従来のように商品を「売って終わり」ではなく、「売れてからが始まり」と、顧客との関係性が変化している。
「いかに使い続けてもらうか」は事業の肝へと変化し、継続率向上に寄与するカスタマーサクセスは事業の成長にとって欠かせない要素になってきている。加えて、継続利用の中で蓄積されていく使用履歴データは、顧客に最適化されたサービスを提案するためにも活用できるだろう。
ビジネスモデルの変化と、顧客とのリレーションシップを通して、プロダクトを改善に導くことが、カスタマーサクセスに寄せられる期待の中でも大きなものといえる。
実際、会場で挙手を求めたところ、現在カスタマーサクセスに取り組んでいる、またはカスタマーサクセスに取り組もうと考えているという人が数多く集まっていることがわかった。
この領域で実践を重ねてきた先人の話に期待が高まる中、イベントはスタートした。
そもそも「カスタマーにとってサクセスとは何か」を考える
カスタマーサクセスが注目を浴びている背景の共有が行われた後、三者での対談がはじまった。
モリ:注目されている「カスタマーサクセス」ですが、「カスタマーサクセス」という概念の理解を深めるためにも、実績の出ている成功例を教えてください。
鈴木:その解答は「サブスクリプション・ビジネスの成功例」とほぼ同義ですね。社会的なインパクトの大きさではAdobeでしょうか。買い切りだったPhotoshopなどのツールがクラウドに移行し、会社の成長スピードもずっと加速しました。特にソフトウェアをサービスとして提供するSaaS(Software as a Service)系は前のめりで取り組んでいます。セールスフォース・ドットコムの積極性も目立ちますね。
モリ:なるほど。トレタさん、サイカさんでは、カスタマーサクセスの導入に至るまで、課題や悩みがあったかと思いますが、どのようなことがきっかけで導入にいたったのでしょうか。
瀬川:トレタにはお客さまに継続利用していただくことを第一にするという企業カルチャーがあります。ですから、カスタマーサクセスという概念を導入することはごく自然のことでした。とはいえ、オンボーディング(新しく加入したユーザーにサービスを慣れさせるプロセス)を専門に行う部隊を作ることや、直販のお店と代理店販売のお店における継続率の差を可視化することでわかる「売ってから生じる価値」を経営含め社内に浸透させ、組織活動の有効性を高めていくにはそれなりに時間がかかりました。カスタマーサクセスを担う専門組織が立ち上がるのは、創業から3年たった2017年初頭となります。
高橋:サイカは自社サービスの「マゼラン」を2年前の秋に発売し、多くの受注をいただきました。そのため、順調な売上は見込めたものの、「利用開始後に十分に使ってもらえていない」という課題がありました。それまで営業担当者が導入支援も兼ねていましたが、それぞれの担当が独自のやり方でサポートをしている状況でした。そんな中、私はカスタマーサクセスの概念を取り入れるお手伝いをしているうちに、楽しくなって入社に至りました(笑)。
モリ:具体的にどのようなことからカスタマーサクセスの取り組みをはじめていかれましたか?
瀬川:オンボーディングを効率化することで、お客様のサクセスに寄与できるリソースを確保していくことから始めました。結果、「お客さまにとってのサクセスとは何か」を考え行動できるようになりました。本年は、飲食店のサクセス=「繁盛(収益向上)」として、「繁盛から逃げない」をスローガンに活動しています。
高橋:「カスタマーにとってのサクセスとは何か」という問いは、我々もディスカッションしましたね。私は新入社員だった特権を使って、単刀直入に利用実態や開発意図などをヒアリングしていきました。私は「伴走」という言葉が大好きでよく使うのですが、当時の状況を言い表すなら伴走ではなく「代走」。お客さまがやるべきことをサポートしできるようにするのではなく、代わりにやってしまっていたんです。だからこそ、まずは社内のマインドセットを変えることから始めました。
新規顧客の獲得から既存顧客の維持へ。カスタマーサクセスは会社運営を変える
各社とも継続率の課題や、サービス開始後の体験を踏まえた上でカスタマーサクセスを導入。取り組みを進めてきた。
しかし、カスタマーサクセスでは、従来の目標が機能しない。営業のように何件契約したといったCVR(コンバージョンレート)を指標にできないからだ。それぞれどのような指標を置いているのか。それぞれの最適解を見ていく。
モリ:カスタマーサクセスを実行するにあたって、組織の評価、あるいはKPIを立てる際の基準としては、どのようなものを設けていますか。
高橋:顧客のプロジェクトを標準化して、仮説を立てていくための「プロセスゴール」を、定量的/定性的を合わせて12ステップ設けており、それぞれの進捗度合いで見ています。KGIと合わせてプロセスゴールを設定するのがポイントかなと思います。
瀬川:トレタは「毎月の継続契約の売上」を最重要指標に置いているので、必然的に顧客の新規獲得だけではなく、カスタマーサクセスをやらざるを得ない。株主や経営サイドを含めて、みんなが気にするようになりました。一方、現場は、「予約入力の頻度」「顧客台帳の稼働率」などもうすこしブレイクダウンした指標をもって活動を評価しています。
高橋:指標とは異なるかもしれませんが、カスタマーサクセスは「プロダクトコンセプト」「受注前営業」「プロダクト」「カスタマーサービス」の4つの足並みがそろってこそ成し遂げられます。カスタマーサクセスのアプローチからそれぞれを改善していくことで、お客さまにとって必要な機能に絞って提案し、継続利用にもつなげていけると考えています。
鈴木:カスタマーサクセスを導入することによって、アップセルにつながったり、紹介経由でプロダクトの購入率も上がるという成功事例が多くあって興味深いですね。
かつては、CVR(コンバージョンレート)を追いかけていた会社も、今ではカスタマーサクセスを指標にし始めています。カスタマーサクセスという概念の導入によって、会社の経営スタイルも大きく変化するなと感じています。例えば、マーケティングキャンペーンを実施する際、今までは費用対効果の高さを重視していたのに対し、カスタマーサクセス導入後は、一人の顧客が取引期間を通じて企業にもたらす利益、LTV(ライフ・タイム・バリュー)に比重を置くようになったりと。
高橋:その点では、お客さまとの関係性やコミュニケーションも指標のひとつに加えていますね。我々は企業の担当者と直接お付き合いすることが多いので、「顧客と2ヵ月ミーティングできていない」「担当者の上長に会えていない」といったこともKPIのひとつになります。
瀬川:それはいいですね!稼働だけでは見られない部分です。
高橋:結果として、プロダクトへのフィードバック数も向上しました。お客さまと仲良くなり使ってもらった上で、課題を含めて教えてもらうことができると、カスタマーサクセスの実践もしやすくなります。
ひとつの部署だけではなく、全社員の意識付けを
カスタマーサクセスの重要性が増す一方で、導入することの弊害はないのだろうか。それぞれカスタマーサクセスを導入するプロセスでは、さまざまな課題と対峙してきたはずだ。
イベント中半では、それぞれが直面してきた課題をシェアしていった。
モリ:ここまでは良い効果について見てきましたが、カスタマーサクセスを導入した上で直面しやすい課題もあるのでしょうか。
瀬川:リード、セールス、クロージング、オンボーディングが連動し、それぞれがカスタマーサクセスを目指す。つまり、各々の役割を超しっかり繋がっている状況がが理想的であるといえます。トレタとしては、まだ取り組む余地がある部分です。カルチャーも大切である一方で、データベースを整備し客観的な視点を持てる環境を整えることも大切です。と、口で言うのは簡単ですが、なかなか難しいですね。
高橋:カスタマーサクセスのチームの中だけでできることを考えてしまいがちなのは、失敗の種ですね。プロダクトのことをエンジニアや統計開発チームに聞いたり、営業を介してお客さまに聞いてみるだけで前へ進むことがある。横のつながりを使っていくことも大切だと感じています。
モリ:カスタマーサクセスを成功させるには、どこかの部署だけではなく、全社一丸となっての意識付けが必要なようですね。今、ニーズが増え続けているカスタマーサクセス担当を採用する際のアドバイスなどありますか?
高橋:そうですね。カスタマーサクセスのためには、お客さまのゴールに伴走し、足りない部分をまとめながら、自社のツールを提案できる人材が欲しいところです。コミュニケーション力や共感力に長けており、プログラムマネジメントのことを理解し、プロダクトへの愛を持てる人なら適任でしょう。
瀬川:セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフは一時期、顧客からの電話を自ら取って話していたそうです。会社のフェーズによりますが、立ち上げ当初はサービスを愛し抜いている人をまずアサインしたいですね。ただ組織を拡張していくフェーズになると業務を分解し、ある程度採用難易度を下げていく必要があるかと思います。
鈴木:私見ですが、カスタマーサクセスの分野で活躍している人には、なぜか元バンドマンや劇団員といった経歴を持っていることが見受けられます(笑)。仮説的には「お客さまを楽しませる」ことが根底にある職種として通じているのかもしれません。
ただ、人材の要件としてはスペックが高い仕事であり、コミュニケーション能力、IT知識、プロダクトや顧客の理解、問題解決力、社内調整力など、求められることが多く、採用は簡単ではありません。働く側にとってはこのあたりのスキルを身に付けておくと、今後も市場でニーズの高い人材になれると考えます。
イベント後半では、本イベントに協賛したアメリカン・エキスプレスの法人事業部門 ジェネラル・マネージャー副社長の須藤氏もステージに登壇。カスタマーサクセスと同様の概念に長年重点を置いてきた自社の経験をもとに、カスタマーサクセスの重要性、成功へのカギを語り、登壇者へ質問を投げかけた。
須藤:アメリカン・エキスプレスも、長年にわたり世界で最も尊敬されるサービスブランドになることを目指して、長らくカスタマーサクセスと同様の概念を大切にしてきました。私達は、「カスタマーエクスペリエンス」と呼んでいるのですが、弊社にもカスタマーサクセスチームに似たチームがあります。ですので、みなさんがお話しされていたカスタマーサクセス導入時で抱えた課題など共感する点が非常に多くありました。
先ほどお話しがあったように、弊社でも全社一丸となっての意識付けが重要だと考え、カスタマーサクセスの考え方はそのチームに限らず、営業、マーケティングといった様々な部署でも共通認識をもって、常にそれぞれの部署でどのように実現できるのかを意識しています。もちろん経営者も、お客様の満足度を保つために、カスタマーサクセスという概念を重要視し、日々取り組んでいます。やはりカスタマーサクセスを成功させるためには、全社で共通の意識を持つためにも、トップにいる経営者がいかに真剣にカスタマーサクセスを受け止め、取り組んでいくかが重要だと思っています。
皆さまの場合、現状、経営者やカスタマーサクセスを担当する部署と、他事業部ではカスタマーサクセスに対する意識に違いはあるのでしょうか。
瀬川:当社の場合、社長を中心に部長陣で全体戦略を設計し、各チームに配分していくかたちをとっています。ですので、比較的事業部にも狙いやアクション、意識は届いていると思います。
高橋:サイカでは、事業部ごとで持っている目標が異なるため、一概にカスタマーサクセスにつながるアクションを求めるのは難しい部分もあります。ただ、意識は全員が持てていると思います。
イベントを通し、カスタマーサクセスの重要性から導入時に必要になる考え方、直面するであろう課題など、基本から注意すべきポイントまでを、先駆者の方々の貴重な経験談を交えて、順番にインプットしていった。
鈴木氏は最後のあいさつで「カスタマーサクセスは、決してサポートだけではなく、直接的な利益貢献にもつながり、顧客からもありがとうと言ってもらえる仕事。双方がハッピーになれる、やりがいのあること」と述べた。
プロダクトやコンセプト先行でサービスを作り上げていくことは大きな推進力を生むが、使う人の存在がなければ継続には至らない。作り手と使い手の双方を調整し改善に努めていくことで、現代型のビジネスモデルに適したサービスを作り上げていけるはずだ。
これまでにもイベントでは「スタートアップを成功に導く『会計エコシステム』100社支えてきた会計士に学ぶ、スタートアップの会計戦略」や「HRスタートアップ3社から学ぶ、急成長スタートアップを支える人材戦略」を開催した。その模様はそれぞれレポートしているので、併せてチェックしてほしい。
Photographer: Kazuya Sasaka