INDEX
さて、オフィス訪問取材は、サステイナビリティー&アグリカルチャー・マネージャーのRebekah Moses氏による、同社のミッションの説明から始まった。
「私たちは世界の食糧危機問題解決をミッションに据えて創業しました。2050年には世界人口が90億人に至ると試算されています。言い換えれば、それだけの食糧需要が発生することを意味します。特にタンパク質の豊富さと、肉の美味しさを理由に、牛肉の消費量は著しく増加するでしょう。しかし、肉用牛向け畜産業を拡大するには、世界中で確保される水の25%、有効活用可能な土地の1/3、世界中の交通機関から発せられる排ガス量と同量の温室効果ガスコストを強いられます(牛が発するゲップに含まれるガス等)。私たちは、これ以上家畜を育てるための自然もありませんし、農業資産も持ちません。世界的にみて、畜産業はすでに限界に達しているのです」
ジャガイモなどの農作物から抽出したタンパク質で人工牛肉を製造
「Impossible Foods」の人工牛肉はジャガイモなどの農作物を研究し、抽出されたタンパク質をもとに製造される。そのため、牛を育てるのに必要な飼料を必要としないことから、95%の土地利用、75%の水消費、85%の排ガス削減に成功したという。
牛肉に着目した理由は、鶏肉や豚肉と比較して、「非効率な生産体制を採らざるを得ないという大きな課題を抱えているからだ」と、Moses氏は述べていた。
通常、牛の飼育を経て、私たちの食卓に牛肉が運ばれてくるまでには大量の飼料が必要とされる。そして、牛1頭に与えられた飼料に含まれる97%のタンパク質が全て消費されてしまうのだ。なぜなら、質の良い肉を生産するためには放牧を通じて牛がカロリー消費をするためだ。
つまり、私たちが一口牛肉を食べる度に、本来穀物で補えたタンパク質の3%しか摂取しておらず、残りの97%を捨てているのに等しいわけだ。仮に1人が牛肉を食べることをやめれば、発展途上国でタンパク質源の食糧を必要とする約30人分のタンパク質を提供できる計算にもなる。
「畜産業の課題は、アメリカに限ったローカルな問題ではなく、世界規模の課題であると考えています。たとえばカリフォルニアはアメリカ全土の畜産業需要に応えるための豆類を育て、日本へと出荷しています。また、ブラジルで育てられた牛は、中国へと安価に出荷されています。このように、世界中にステークホルダーが存在し、絡み合っているのです」
2050年、2100年と時間が経ち、消費者たちが牛肉の貴重性や、いかに非効率に生産されてきたかを知った段階では、「すでに世界のエコシステムは破綻しているだろう」と、Moses氏が語っていたのが印象的だった。
システムそのものを大転換しない限り、私たちの生活水準を維持する道はないのだ。
「Impossible Burger」の全レシピ公開。美味しさは従来のハンバーガーを超えた?
「Impossible Foods」は上記のような大きなミッションを掲げている一方、味の質に妥協しているわけではない。家族と牛肉を食べたり、友人たちとバーベーキューをするシチュエーションの中でも、自然と口にできる質と形状にまで再現性を高めているのが「Imposible Burger」なのである。
一体どのように牛肉の味を再現し、作り出しているのだろうか?チーフ・ピーポー・オフィサーのMarcella Butler氏は次にように語る。
「牛肉の製造を開始する前、私たちが行ったのは2つのステップです。1つはハンバーガーを食べる際に私たちが持つ感覚を化学的に研究すること。匂いから食感、ハンバーガーから滴る肉汁や血肉の見え方まで全てです。全ての感覚をバイオ化学の見地から研究していきました。もう1つは栄養学に基づいた食材の選定です。私たちは単に牛肉に似たモノを作っているのではありません。肉用牛を生産する以上に効率よく製造でき、かつ栄養価の高い食品を作り出そうと考えました。そこで、栄養価の観点から、どの農作物が最適な材料であるかを研究しました」
「Imposible Burger」は約10種類の原料から製造される。まずは牛肉本来の筋肉組織を再現するところから始まる。牛肉のミンチに代表される粘着性と血色を各種タンパク質で再現するのだ。
最初に、植物性小麦タンパク質、ポテトタンパク質を混ぜ合わせることで、牛肉が保有するタンパク質の量に近づける。どちらも私たちが普段パンや、洋食ステーキと共に提供される蒸かし芋として親しまれている自然由来の原料だ。見た目はスルメイカのような小麦タンパク質に、粉末状のポテトタンパク質を混ぜる。
加えて、血肉の色を再現するため、液体状のヘムタンパク質を混ぜる。続けて、風味をつけるためにブイヨン、ビタミン・アミノ酸・砂糖が混ざった混合液を追加することで栄養素が補填される。粘性をさらに高め、より調理のしやすい状態へ持っていくためにこんにゃく、キサンタンガム、ガムゲルの3つの原料を追加。
この段階まで来ると、スーパーで売られているようなミンチ肉の状態になり、原材料を伝えられなければ、普段私たちが買うミンチ肉と見分けるのは難しいだろう。次に、脂質要素を加えるために粉末状の脂肪組織を添加。最後に、口内で風味をしっかりと感じ取らせるために、ココナッツオイルとソイプロテインを加える。
最終的に完成したハンバーガー用のミンチ肉は、80%が植物性由来、20%が脂質から構成されているという。もちろん、合成化学技術の結果とはいえ、全てが植物性由来なので生肉のままで食べても安全だ。また、含まれるタンパク質や栄養価は既存ハンバーガーチェーン店が仕入れているものを多少超えているとのことだが、今後改善を重ねて、これまで以上に栄養素が入った製品になる予定だ。
1つ1つ説明を受けながらMarcella Butler氏が作ったミンチ肉を、焼く前の段階で試食したが、味が牛肉と大差ないことに驚いた。特に牛肉に含まれる血の再現性が緻密にできていると感じた。
食感や風味に関しては、毎週、もしくは隔週で行われる顧客の試食テストで改善を行っているという。今のところ、事前情報なしで試食をした50%の人が「Impossible Burger」を食べたいと選んでいる。この点において、私たちが普段食べるハンバーガーと遜色なく受け入れられているのが現状であると認識できるだろう。
すでに流通している「フェイクフード」の大半は、食感を真似ることだけにポイントを置いている。しかし、「Impossible Foods」は同社のミッションにもあった通り、世界の食糧危機の解決を目指している。牛肉需要に対応するシステムを作るだけでなく、私たち人類の栄養需要にもしっかりと対応しようとする姿勢が、原材料の説明から垣間見れた。