某アパレルメーカーに勤務する知人は、自分のInstagramの更新が仕事の一貫となっているらしい。ブランドがSNSアカウントを運用するのはもはや当たり前の時代だが、今はブランドで働く個人もアカウントの運用が仕事になっているという。

話を聞くと、フォロワーの増やし方が想像以上に戦略的で驚いた。自社製品を中心にファッションフォトで統一しているのかと思いきや、洋服と交互にプライベート感のあるオシャレカフェのような写真を投稿し、親しみを感じるポイントを意図的に作っているのだとか。

そして「フォロー外イイネ活動」に毎日30分ほど費やしているという。コツコツとフォローしていないアカウントにイイネを付けて回る。時間帯は通勤時間やランチなど、一般の人がスマホをいじるタイミングだ。イイネも闇雲につけているのではなく、自分と同じテイストの写真に反応している人たちをターゲットに足跡をつけるのだそうだ。

これらのフォロワー獲得術に加え、写真撮影や加工も、会社で研修を受けているらしい。彼女は楽しそうにInstagramを使いこなしていたが、「アパレルの人は仕事でもフォロワーを増やすことを求められているのか」と時代を感じてしまった。

スタッフが仕事でソーシャルメディアを使うのは、アパレルに限った動きではない。小売業界全体で、スタッフにソーシャルメディアを通じたファン獲得を求めるようになってきている。

フォロワー1,500人で、即最終面接。オンデーズの「インフルエンサー採用」

小売業界には、従業員のフォロワー数を育むと同時に、すでにSNSでの影響力がある人を採用しようという動きもみられる。

アイウェアの製造販売を手掛け、国内外に220店舗を展開する株式会社オンデーズは、2017年10月「インフルエンサー採用」を開始することを発表した。InstagramやTwitter、Facebookで1,500人以上のフォロワーを有する応募者は、一定の基準を満たし審査に通過すれば、書類選考や一次面接を割愛して、即社長面接に進めるというものだ。

募集の対象となる職種は、販売職とクリエイティブ職(映像制作、PR・ソーシャルメディア、デザイナー、フロントエンジニア)。その他の職種でも、フォロワーが1,500人以上いる場合は、選考フローのカットや選考上の加点といった優遇措置が受けられるという。

優遇措置は「採用」だけではない。入社後は、社内インフルエンサーとしてオンデーズに関するさまざまな情報の発信をする代わりに、「インフルエンサー手当」として、毎月5万円が支給されるという。年間で60万円、小さくない額だろう。

同社がこのような取り組みを行う理由は、大きく二つある。一つ目は発信力の強化。インフルエンサーを通して“生の声”を届け、ブランドに対する理解と認知を深める目的だ。

二つ目は、社内カルチャーとのマッチング。オンデーズには店長を立候補制で決めるといった「やる気のある人が立候補をし、投票によって選ばれる」という企業文化があり、入社後は様々なシーンで自分をアピールする機会がある。そのため、採用面接でも自己アピールを積極的にさせ、応募者のターゲティングをしているいう。

フォロワーを集める力も、立派なビジネススキルとして認められていることが分かる事例だ。

企業のブランディングに個人のストーリーを活用

そもそも企業のマーケティングにインフルエンサーが活用されるようになってきたのは、より消費者に近いリアルな存在で、発言に信ぴょう性があるからだ。加えて、インフルエンサーのブランディングには、「ストーリー性」という概念が欠かせない。

そこで、個人のストーリーを企業が“借りる”形でPRを開始した企業がある。フランスの化粧品専門店「Sephora」だ。SephoraはLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン傘下の企業で、日本には未上陸だが、現在27カ国に1300以上の店舗を構える。

海外旅行などで同ブランドの店舗を訪れたことがある方はご存じかもしれないが、Sephoraのショップ定員は、肌の色や髪の色、体型なども色んな容姿の人がいる中で、みな自分の個性を活かしたメイクアップで店頭に立っている。

Sephoraが北米エリアにおいて、自社の従業員を宣伝ビジュアルに起用した。店舗イメージやタグラインを、かつての「The Beauty Authority=美容の権威」から「Let’s Beauty Together=共に美しくなろう」へ変更するなど、ブランドイメージの変化を図ってきた。

クリエイティブも、画一的で絶対的な美ではなく、一人ひとりのストーリー性を重視したものになっている。

1,000人以上のキャストスタッフの中から、「あなたにとっての美とは」という審査を経て、10名が選ばれた。モロッコ出身でジェラバという伝統衣装をまとった23歳のスタッフや、脱毛症で髪が無くなったがメイクを通して自信を取り戻したという25歳のスタッフなど、オンラインサイトでは10名のストーリーも添えられている。

企業が考える美を押し付けるのではなく、人の数だけ美の概念が存在するということを打ち出したSephora。一人ひとりのストーリーを打ち出すことで、顧客に寄り添い企業のブランドイメージを高めていく狙いがあったのではないかと考えられる。

ファン作りが欠かせない対消費者ビジネス。ブランド側の発信はもはや当然。これからは「個人」にスポットライトが当てられる時代の到来を感じた。川上のブランディングから、川下のブランディングへ。

小売業に関わる人々には、接客スキルや商品知識だけではなく、ファンを増やすためのITリテラシーや個人のストーリーの開示が求められていきそうだ。

img:PEXELS, OWNDAYS, Sephora