ここ数年で、日本でもソーシャルアントレプレナーや社会起業家といった言葉を頻繁に耳にするようになった。スタートアップの数が総じて増えていることで、おのずと社会的課題の解決を志す起業家も増えているためだろう。
ところが、かねてより感じている違和感がある。日本では、社会起業家が「稼ぐことや事業の持続可能性を二の次にして、困りごとをひたむきに解決する人たち」という文脈で語られることだ。先日たまたま目にした記事も、まさにその典型だった。
そこには、大企業は失敗を回避するために複数案を用意するのに対して、社会起業家は「稼げるかどうかわらかないものに人生をかける」とあった。何かに人生をかけて取り組むのはかっこいいかもしれないが、夢や志だけではお腹は満たせない。
このような社会起業家の非現実的な描写が絶えないからか、日本ではこれが社会起業家や社会貢献事業に対するイメージとして定着してしまっているように思う。
エリート大学卒業生も選ぶ道
一方、北米を代表する海外ではどうか。例えば、日本とは顕著な違いとして、学生にとって非営利組織が立派な就職先候補であることが挙げられる。それこそ、ハーバードなどのエリート大学の卒業生が、就職先に非営利組織(NPO)を選ぶことは決して珍しくない。
少し古い情報ではあるが、2011年にハーバード大学の卒業生が選んだ就職先がまとめられているデータを見てみよう。それによると、政府や非営利組織など、なんらかの社会貢献に携われる就職先が、一番人気のロースクール(法科大学院)と並んでいる。
企業の社会的責任の評判がMBA取得者の就職先選びにどれだけ影響するのか。スタンフォード大学経営大学院が実施した調査によると、ヨーロッパと北米のMBA取得者の90%が「社会的責任を果たす」企業をより好むことがわかった。
こうした学生からの需要を受けてか、過去10年間でアイビー・リーグ(名門大学群)やビジネススクールは、ソーシャルアントレプレナーシップの授業を相次いで開講している。そのひとつ、ハーバード大学のソーシャル・エンタープライズ・キャリア・プログラムでは、受講生の数が約10年前に比べて倍増しているという。
当然のことながら、学生たちは強いボランティア精神だけで非営利組織を就職先に選ぶわけではない。非営利組織が事業としてきちんと成り立っており、そこに社会貢献という“共感できるミッション”が重なっていることに魅力を感じるのだろう。
ミレニアル世代が後押しするソーシャルムーヴメント
世界的に見ても、社会起業家や社会貢献事業への関心は高まっている。これに寄与しているのが、ミレニアル世代だ。
2017年2月、北米の労働人口のうち5,300万人をミレニアル世代が占めた。この時点ですでに労働人口の3分の1以上に当たるわけだが、その割合は2025年までに75%に到達する見込みだ。
労働力に占める割合が高いだけでなく、彼らは他の世代より社会貢献を重視する傾向がある。オンラインメディア「Entrepreneur」が公表している調査結果によると、ミレニアル世代の73%は、「地域コミュニティに直接的にポジティブな影響をもたらすような仕事に就きたい」と回答したという。
ミレニアル世代による社会貢献への関心の高さは、彼らの消費活動にも表れている。ただ自分が欲しいものを購入して満足するだけでなく、自分の購買によって世界の誰かを支援するようなソーシャルブランドが人気を集める。10人中9人のミレニアルが、社会的目的を持ったブランドに乗り換えたいと答えているほどだ。
その代表例が、シューズの「TOMS」やメガネの「Warby Parker」 などだ。両社とも、商品がひとつ購入されるごとに途上国にひとつ商品を贈呈するプログラムを展開。こうしたブランドの台頭には、“同じ買い物をするなら世の中のためになるほうがいい”というミレニアル世代ならではの考え方が貢献している。
非営利組織を支援するアクセラレーター
非営利組織の場合、資金を調達するだけなら政府の助成金などをあてにする方法もある(現に世界の社会貢献事業の3分の1以上が政府から調達している)。しかし、最近は非営利組織に特化したアクセラレーターなどの支援プログラムが盛んなようだ。
日本でも、その最終ピッチコンテストが記事になるなどして認知度を高めているのが、「The Venture」だ。The Ventureは、2014年、スコッチウィスキーのブランド「シーバスリーガル」が開始した世界の社会起業家支援プログラム。
初年度で19ヵ国から1,000件の応募、2年目には29ヵ国から2,500件の応募が集まる人気ぶり。毎年、参加スタートアップには総額100万ドルの支援金が与えられる。
選抜された30社のスタートアップ創業者は、ピッチのコーチングのほか、オックスフォード大学大学院でメンタリングの授業などを受けることで、起業家としてのスキルを磨くことができる。直近の2017年、日本からはメイドインジャパンの工場直結ファッションブランド「Factelier(ファクトリエ)」の代表、山田敏夫氏が参加していた。
同年の優勝スタートアップは、「Siam Organic」だった。グローバル市場で通用するオーガニック商品を育てることで、世界でも最も貧しい(1日の稼ぎは0.40ドル)タイの農家の長期的な経済的自立を後押しするもの。立ち上げ当初25軒にとどまった農家の数は、現在1,100軒にまで増えている。
The Ventureの独自調査によると、プログラム開始から2年間で、参加したスタートアップは累計40ヵ国30万人の生活にインパクトをもたらしているという。こうしたアクセラレータープログラムの存在もまた、ソーシャルアントレプレナーシップ台頭の陰にあるのだ。
事業の継続性を無視して社会貢献事業は成り立たない
記事の冒頭で、社会貢献事業は利益を度外視して夢を追いかけるものという誤解について触れた。よくよく考えてみれば、むしろ社会貢献事業こそ、事業を継続させる術を持たずに参入できない領域だと言える。
相手がどこの誰で、彼らのどんな課題を解決しようとするにせよ、長期戦で変化に挑めなければ根本的な課題解決には繋がりにくい。中途半端に片足を突っ込まれるのは、支援を受ける側にとっても良し悪しだ。そのため、昨今の社会貢献事業の多くは、「社会貢献」と「事業の継続性」の両立を念頭に立ち上げられている。
「BioCarbon Engineering」という自然エコシステムの再生を目指すイギリスのスタートアップは、最初からグローバルにスケールすることを前提に事業化された。また、複数の収益源を設けることで、スタートアップ初期段階のビジネスリスクを最小限にとどめている。
以前記事にした医療ドローンスタートアップ「Zipline」も、その一例だ。彼らは、ドローンで医療物資を配達するたびに売り上げが立ち、運用初日から採算がとれるビジネスモデルを採用している。他分野のスタートアップと同様に資金調達もしているが、人道支援を継続的に行うためには経済的自立が必須だと考えている。
しばらくは赤字を覚悟で始められる消費者向けサービスなどに比べれば、社会貢献事業のほうが利益を上げることに対して圧倒的にシビアだと言えるのではないだろうか。
彼らに、「稼げるかどうかわからない」ものに賭ける贅沢は許されない。なぜなら、稼ぐことへの本気度がその社会支援事業の継続性に直結するのだから。