「身体がある限り、誰もがアスリートである」
NIKEの共同創業者であるBill Bowermanの言葉だ。この想いは同社のミッション「世界中のすべてのアスリートにインスピレーションとイノベーションを」に引き継がれている。
このミッションを実現するため、NIKEは靴紐を結ばずに着脱できる『Zoom Soldier 8』や、義肢に装着するランニング用ソールなど、ハンディキャップを持つアスリート向けのプロダクトを送り出してきた。
ムスリム女性アスリートを応援する『Nike Pro Hijab』
NIKEが対象とするのは身体的なマイノリティーだけではない。
2017年春より、ムスリム女性向けのスポーツ用ヒジャブ『Nike Pro Hijab』の開発を進めてきた。同年12月からは、オンラインショップと一部実店舗にて同商品の販売をスタートした。
『Nike Pro Hijab』は通気性に優れた軽量な生地でできている。頭にすっぽりと被るため、ヒジャブのように結んだりピンで留めたりする必要もない。頭や顔の大きさに合わせて4種類のサイズが用意されている。
これまでヒジャブを身につけて競技に臨むには多くの課題があった。乾燥しづらい素材で頭を覆うため、汗で濡れて不快なだけでなく、周囲の声が聞こえづらくなる。ムスリムの女子フェンシング選手Ibtihaj Muhammad氏は、試合中に審判の声が聞こえず、フライングを犯してしまった経験もあると言う。
また、激しい動きのなかでヒジャブが外れてしまうことも考えられる。Muhammad氏は幼い頃からヒジャブの布をスポーツブラの下に挟み込み、固定するといった方法を採る必要があったと振り返る。
そんな彼女たちが競技に集中できるよう、NIKEはウェイトリフティングやフィギュアスケート、ボクシングなど、競技の異なるムスリム女性アスリートにプロトタイプを配布。実際のアスリートからの聞き取りを通して、ベストな機能とデザインの実現に努めた。
注目集まる「モデスト・ファッション」市場
NIKEがヒジャブを開発した背景には、脚や腕の露出を抑えたムスリム女性に向けた「モデスト・ファッション」の隆盛も影響しているだろう。2015年にモデスト・ファッションの消費額は440億ドル(およそ4兆8800億円)にのぼった。
スポーツウェアも例外ではなく、イギリスの『Anah Maria Active』やマレーシアの『Nashata』、アメリカの『Veil Garments』など、モデストなスポーツウェアを提供するブランドも増えつつある。ニュージーランドの『Capsters』は、NIKEと同様にスポーツ用のヒジャブを提供している。
その背景には、一般的なスポーツウェアを着るのに抵抗を覚えるムスリム女性が多いことも一因がある。マレーシア在住のムスリム女性を対象にした研究では、スポーツを行わない理由として「服装」を挙げた人の割合が高かった。
今後、ウェアやスポーツ用ヒジャブの幅が広がれば、より多くの女性がスポーツを楽しめるようになるはずだ。
アラブ首長国連邦出身のフィギュアスケーターZahra Lari氏は、『Nike Pro Hijab』は「あなたは何でも成し遂げられるというメッセージをムスリム女性に伝えるだろう」と述べている。
2020年の東京オリンピックでは、ヒジャブをまとい戦う女性アスリートの姿にも期待したい。