中国エンタメ市場のトレンドは?2017年に100社投資したTencentの戦略を読む

「モバイル決済」や「シェアサイクル」などの領域で、日本に先んじて中国には様々なサービスが登場しているという報道を目にした方は多いだろう。それらのサービスは中国に旅行に行った際に手軽に体験できるため、日本のメディアでも取り上げやすいテーマだ。

だが、中国で市場を拡大しつつあるコンテンツ系のサービスは、中国語での読解が必要なためにサービスを体験するのが難しい。日本にはなかなか情報が入ってこない領域だ。だが、中国ではコンテンツ領域における可能性も注目に値する。

インターネット情報センターCNNICによると、2016年に中国のインターネット人口は7.3億人に達しており、その普及率はまだ53.2%だ。コンテンツ市場もかなり大きく、リサーチ会社の易観によると、例えばデジタル音楽の市場規模は2015年に2,250億元(3.8兆円)に達しており、一大産業となっている。

中国で暮らす人々は、どんなコンテンツを消費しているのだろうか。中国で最も多くの人々に使われているチャットアプリ「Weixin(ウェイシン)」を提供するテンセントは、2017年にコンテンツ関連サービスへの投資を多く行った。同社の投資先10社を知ることで、今どのような領域のコンテンツが中国で注目を集めているのかを考えていく。

铸梦动画(チュウモン動画)

テンセントが2017年にプレシリーズAで数千万元(約数億円)を出資したのが、「铸梦动画(チュウモン動画)」だ。2014年に設立され、同年エンジェル投資を受けている。

創業者の熊巍氏はゲーム会社にて動画やアニメを数多く担当してきた経験を持つ。同社は3DCGアニメの制作をメインに扱い、代表作品には「墓王之王」などがある。

绘梦(エモン)

同じく、コンテンツ制作を行う企業でテンセントがシリーズBで出資したのが「绘梦(エモン)」だ。同社の創業は2015年。コンテンツ制作会社でありながら、2017年に日本円にして総額約20億円を調達している。

他の制作会社と異なるのは、日本法人を持ち、日本市場向けにアニメ制作を行っていることだ。「縁結びの妖狐ちゃん」など10作品を日本でも展開している。

Itjuziによると、2017年のアニメ・漫画領域への投資は12月10日時点で88件、投資額は22億元(約374億円)に達している。プラットフォームの差別化として、コンテンツ製作会社への投資額、投資件数はともに上昇するだろう。

知乎(ジーフ)

総額1億ドルのシリーズDでテンセントが投資したのが、「知乎(ジーフ)」だ。メタ検索エンジン事業を展開していた李申申氏と、IT系メディアで編集長を経験し、VCで投資マネージャーを務めた黄继新氏によって設立された。

創業当初は日本のサービスで例えるならば、Yahoo!知恵袋のようなQ&Aサービスに近いものだった。だが、知乎(ジーフ)はQ&Aでありながらブログのような性質を持つコミュニティとして発展した。

化粧品のような日常的に使用する商品に関するものから、スタートアップの投資まで幅広いトピックが扱われている。例えば、化粧品の口コミを確認したい時に、知乎(ジーフ)のアプリで、「化粧品 資生堂 口コミ」と検索して使用する。

スタートアップ投資のトピックでは、知乎(ジーフ)のシリーズDでの調達を、そのラウンドのリードインベスターであるVCの担当者が解説するという高度なやり取りがプラットフォーム上で行われている。

単なるQ&Aサービスに留まらず、コンテンツを集めて電子ブックにするなど、小額課金のプラットフォームとしても機能している。さらにはライブ講演などもあり、様々な出版の方法を内包した総合出版プラットフォームに進化している。

知乎(ジーフ)によると、2017年1月時点で、6,500万登録ユーザー、DAUは1,850万人の規模に達している。2016年には、プラットフォーム上で600万の質問と2,300万の回答が寄せられている。

得到(デーダオ)

総額9.6億元(約163億円)のシリーズCでテンセントが投資を実行したのが、「得到(デーダオ)」だ。元TVプロデューサーの罗振宇氏が創業したサービスで、ビジネス書を音声での講義やライブ配信するものだ。日本だと、本を朗読してくれるサービスAudibleが近い。

中国の本屋を訪れると、日本の本屋に比べると書籍の刊行数がかなり少ない。そのため日本人が考える以上に、書籍×音声・動画配信の市場は中国では大きなビジネスになる可能性を秘めている。知乎(ジーフ)のように、他分野のカテゴリーに進出するのではなく、中心にあるのはビジネス関係のコンテンツだ。

中国スタートアップメディアの億欧によると、2017年Q1の売上は1.51億元(約25億円)に達し、3805万元(約6.4億円)の利益も出しており、現在の企業価値は70億元(約1190億円)と想定されている。

快手(クワイショウ)

テンセントは中国最大のショートムービーアプリの「快手(クワイショウ)」にも出資をしている。中国ではライブストリーミングが非常に活発だと思われているが、経済メディア第一财经のレポートによると、2017年からDAUは既に下降トレンドである。

ライブストリーミングサービスに代わり2017年に大きく成長したのが、ショートムービーだ。快手(クワイショウ)は2013年10月にローンチ後、登録ユーザー数は全世界で7億人を超えるまで成長した。

10秒前後の動画がメインで、おもしろ系のコンテンツが多いが、Instagram Storiesのように日常の光景も投稿されている。

上海で街を歩いていると、日本に比べてオフラインの娯楽が大変少ない。日本でよく見かける本屋の小型チェーン店や、BOOKOFFのようなメディア系リユースの業態を街で見かけることは滅多にない。「外出中にちょっとした暇潰しをしたい」というニーズに応え、楽しまれているのだろう。

迷说(ミーシュオ)

スマホ版ケータイ小説として、チャット形式で小説が展開されるチャットフィクションアプリがいま注目を集めている。その先駆けとなったのが、米国企業が展開する「Hooked」だ。日本ではDMMの子会社であるピックアップが提供する「TELLER」や、元ベンチャーキャピタリストの久保田涼矢氏が展開する「Balloon」などのサービスが登場している。

中国でもこの領域は2017年から盛り上がり始め、Itjuziによると、2017年10月末時点で類似サービスを提供する企業は6社ある。テンセントはこの領域も抜け目なくおさえている。同社が投資したのは「迷说(ミーシュオ)」だ。

中国スタートアップメディアの猎雲によると、ミーシュオは2017年5月にローンチされ2017年10月までにダウンロード数は300万を超え、約10万のDAUで、作品数も6万を超えているようだ。「テキストコンテンツのモバイル最適化」という文脈でテンセントは迷说(ミーシュオ)に投資をしたと理解できる。

阅文集团(ユエウェン)

総額1億ドルのシリーズBでテンセントが投資を実行した「阅文集团(ユエウェン)」は、オンラインで文学作品を提供するプラットフォームだ。

2017年11月にテンセントから独立して香港市場にIPOを果たしている。設立は2002年で、買収を繰り返して現在の規模にまで成長した。

阅文集团(ユエウェン)によると、2017年6月のMAUは1.92億人、640万の作家と960万の文学作品を抱える。有料会員数は1,150万人にも達する。

呉文輝共同最高経営責任者はブルームバーグのインタビューで、「すでに大量のユーザーデータを集めており、利用者の好みの分析が可能だ」と述べており、上場により調達した額をデータを活用したテキストコンテンツの制作に投資していくだろう。

懒熊体育(ラーシオン体育)

テンセントがシリーズBで投資を実行した「懒熊体育(ラーシオン体育)」は、中国スポーツビジネスに関する総合サービスを提供している。

2013年に設立され、当初は企業向けのスポーツビジネスメディアとして始まったが、現在は単なるビジネスメディアではなく、投資家、メディア、起業家を繋げるプラットフォームとしても機能している。

具体的には、スポーツ業界のレポート、スタートアップ投資、企業向けサービスなどを展開している。共同創業者の2名の前職が記者職でありながら、僅か4年の間にこれだけ多方面にビジネスを展開してきたのは驚きだ。

ラーシオン体育を通じて、様々なスポーツ産業のスタートアップと積極的に関わっていくのが狙いだろう。

猫眼电影(マオヤン映画)

テンセントが10億元(約17億円)の資金を投じたのが、映画のレビューやチケット購入サービスを提供する「猫眼电影(マオヤン映画)」である。

現在の企業価値は200億元(約3400億円)を超えているとされ、中国のスタートアップメディア36krによると、IPOに向けて準備中だそうだ。映画チケットのオンライン販売におけるシェアも65%で、業界一位である。

中国では映画産業が依然として成長を続けている。日本では2009年から2015年にかけて映画の市場規模はほぼ横ばいだったが、中国では2009年の62億元(約1,050億円)から2015年には441億元(約7,500億円)と7倍にもなり、日本の3倍以上の規模になっている。

猫眼电影(マオヤン映画)も中国映画市場の成長とともに、引き続き大きく成長していくだろう。収益を多様化するために、消費者向けに映画のチケット販売を手がけるだけでなく、映画館に対して消費者のデータを分析して提供するサービスを展開しているのが注目だ。

Snap

2017年にテンセントは、メッセージアプリの「Snap(スナップ)」の株を12%取得した。Snapはカメラアプリを提供するだけではなく、Snapchatと連携して最大10秒の動画を撮影、投稿できるメガネ「Spectacles」なども提供している。

Snapは上場以来、株価は上昇せずに苦しんでおり、ゲームと広告で売上を稼ぐテンセントからの出資を受けることで、テンセントのノウハウを手に入れるのがSnapの狙いだろう。テンセントは今回の株式取得でアメリカでの展開を加速したいと考えているはずだ。

コンテンツ制作と流通の両方を抑えるテンセント

2017年にテンセントが出資した企業を見ると、コンテンツの流通を担う企業は企業価値が既に数百億から数千億円に達しており、かなり大きな市場になってきている。

それらのプラットフォームに掲載するコンテンツへの投資が最近は盛んだ。テンセントが投資した铸梦动画(チュウモン動画)、绘梦(エモン)の2社も今後シリーズC、Dへと進み、巨額の資本を獲得するフェーズになっていくだろう。

テンセントは自社で「QQ音楽」「テンセント漫画」「テンセント動画」などのサービスを展開している。投資先を含めると、ほぼすべてのエンタメの領域に関わっていることになる。

それらの動きを踏まえると、テンセントはコンテンツ産業において、コンテンツの制作元に投資し、コンテンツを流通させるプラットフォームにも投資を行う。制作と流通の両方を抑えることで、コンテンツ産業での自社の存在感を高めている。

ライバルであるアリババもコンテンツ領域への投資や買収に積極的だ。例えばミュージックストリーミングプラットフォームの虾米(Xiam)、ビデオストリーミングポータルの優酷-土豆(Youku Tudou)、イベントチケットプラットフォームの大麦(Damai)などを2014年から買収し、展開している。

プラットフォームだけでなく、两点十分动漫(2時10分動漫)などのコンテンツ制作会社にも投資をしており、流通とコンテンツの両方を抑えにいく戦略はテンセントと同じだろう。両社が投資を続けることで、中国のエンタメ市場は更に盛り上がることが期待される。

実は、中国プレーヤーによる日本進出も加速している。中国最大の音声プラットフォームアプリであるHimalaya、ショートムービーアプリのTik tokなどが既に日本に進出している。さらなる日本市場への進出や、中国企業のサービスをベンチマークにしたスタートアップの登場が期待できるため、中国プレーヤーの戦略や動向をしっかりと把握しておきたい。

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