AMPでは、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル ,Inc.の協力を得て、スタートアップの成長を支援する企画として「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」をはじめている。

連載の第四回となるテーマに「生産性」を選んだ。経営者は時間を生み出すことが何より必要だ。時間が確保できなければ、経営者自身が経営のボトルネックになってしまう。外部資本を入れて事業に取り組むスタートアップの起業家は、自らの時間を確保することが求められる。スタートアップは、投資を受けた資金で仮説を検証して事業を成長させ、受けた投資以上の価値のある企業へと短期間で成長しなければならないからだ。

時間が必要なのはスタートアップの経営者に限らず、スタートアップ組織の現場にとっても同じことだ。生産性を上げ、事業の成長と組織の成長に時間をかけるためには、メンバーもオペレーションを磨くことに向き合わなければならない。どうしたら、「生産性」を向上させることができるのか。

AMP共同編集長であり、自身も経営者として生産性の重要さを痛感している筆者が、キャスターを経営する中川祥太氏にこの問いを投げかけた。

キャスターは、人事・秘書・経理等の事務作業をオンラインでサポートするサービス「CasterBiz」を運営し、様々な企業のオペレーションをサポートしている。加えて、同社も設立から3年で業務委託を含めると200名を超える規模に成長しているスタートアップだ。

スタートアップはどうしたら生産性を向上させ、事業成長に必要なことに時間をかけることができるようになるのだろうか。

中川 祥太
株式会社キャスター 代表取締役
スタートアップや中小企業も多く利用する秘書、人事、経理、Web運用に関する日々の様々な業務をサポートするオンラインアシスタントサービス「CasterBiz(キャスタービズ)」を運営する株式会社キャスターの代表取締役を務める。キャスター自身も「リモートワーク」の導入をはじめ、生産性の高いワークスタイルの実現に注力している。

起業家は少しでも多く考える時間を確保するべき

──今日は中川さんから「生産性」について色々とお話をお伺いできればと思います。まず、中川さんは起業家の時間確保についてどうお考えですか?

スタートアップは、手元の資金で事業を成長させるやり方ではなく、外部の資金を得ているため、通常の企業よりも早く成長しなければなりません。

そのためには、起業家はできるだけ多くの時間を事業の成長のために割くべきです。そのために、起業家は自分がやるべきでない仕事を切り出し、時間を作り出すことが必要です。

──たしかに、スタートアップの場合はより早く成長させるために、起業家は時間を作り出すことに腐心しなければならないですね。とはいえ、メールの返信など自分で対応しなければならないこともあるのではないでしょうか?

起業家がつい自分で対応している業務の半分は、単に習慣だから続けてしまっていることだと考えています。冷静に考えれば、日程調整の連絡などは起業家が自身で対応しなくても問題ないはずなのです。

「自分ではなくても本当は大丈夫にも関わらず、自分がやってしまっている」ことを把握して、外部に切り出すことがどれだけできるのかが非常に重要です。

──そうすると、少しでも早く外に切り出せる仕事は切り出したほうがいい?

スタートアップは可能な限り早く走らないと、資金が尽きてしまいますから。早い段階でどんどん外に出したほうが走りやすくなるという考えは、起業家に限らず経営者として持っておいたほうがいい。

「自分が何をやっているのか」を起業家自身が把握する

──私は日々の仕事の中で切り出すべき業務を見分ける難しさを実感しているのですが、キャスタービズのユーザーはどうやって切り出すべき業務を整理されているのでしょうか?

いえ、みなさん整理されていないことがほとんどです。ちゃんと整理してから依頼しようと考えると、依頼できないので100点満点中30点の状態でもいいので、いち早く外に切り出すことが必要です。

実際、キャスタービズのユーザーの方々も、依頼内容が整理されているケースは稀です。「日々の業務に追われている」「経理が嫌いだな」など、なんとなく誰かの手を借りたいと考えて相談が来るケースが多いですね。

──意外と整理されていない状態で相談が来るのですね。相談が来た後、起業家はどのように外部に切り出す仕事を整理していくのでしょうか?

まずアシスタントが「何に困っているのか」をヒアリングします。困っている内容についてコミュニケーションしていくと、相談しに来た起業家も外部に切り出すべき業務が何なのか整理できるようになります。

自分が担当している業務が何なのか、外部に切り出せる業務は何なのかを考える時間が作れていないケースが多いので、まずは考えを整理するサポートをしています。そうすると、「すごく忙しいと思っていたけどこの業務を外すだけで時間ができる」と、自分でわかるようになります。

──普段、業務に接していても、自分が担当している業務を把握できていないから外部に切り出すことも難しい。だから、まずは把握することが必要だということですね。

これは、ツールを活用して仕事の効率化を図る場合にも同じことが言えます。起業家は自分が何をやっているのかを把握して時間を捻出し、その時間で自分の会社が何をやっているのかを把握しなければなりません。

──起業家として業務内容を把握し、外部に依頼したり、ツールで活用して時間を作る。そこで生まれた時間を使って、今度は組織全体の業務把握をすることが求められると。

組織から雑務をなくすことで注力すべき業務が見えてくる

──キャスタービズには、スタートアップの利用事例もいくつかあると思われますが、みなさんどのように社内の業務を切り出されているのでしょうか。

例えば、派遣型スキャン代行サービス「SCANMAN」を運営されているスキャンマンでは、業務報告の管理から外部に切り出していました。この場合の業務報告とは、各スタッフが顧客に訪問した結果、何枚のスキャンに何時間かかったのか、といった報告です。

キャスタービズに依頼されたのは、業務報告が提出されているかの確認や、提出されていない場合のリマインド・回収業務です。スタッフと経理担当をつなぐ役割ですね。

スキャンマンの社員の方々には、できるだけ業務をルーチン化し、キャスタービズに切り出すことを意識してもらっています。新たな業務が発生した際には、一度は各社員の方に担当いただいて、ルーチン化できたら各社員の方が自身の判断でキャスタービズに業務を依頼しています。

その過程で徐々に依頼範囲は拡大し、全社員の勤怠管理や経理業務、顧客や外部パートナーとのコミュニケーションなども外部に切り出しています。

──バックオフィスで手が足りない部分を外部に切り出しているのですね。採用や育成のコストも抑えられそうです。

他にも、短期宿泊の体験ができる「Share Ticket」などを提供するWebサービス会社シェアチケットでは、キャスタービズを通じて、経営者がすべき業務、社員がすべき業務、インターン生がすべき業務、自動化すべき業務など、業務の整理を行っているそうです。

同社では社内の人間は基本的に、営業やマーケティングなどの売り上げに直結する業務や、イノベーションが起きるような開発・企画に集中できるようにし、他の業務は極力アウトソースする方針をとろうとされています。アウトソースすることで、開発・企画以外の業務を担当するスタッフを雇う必要がなくなり、採用コストを下げることにも成功しています。

業務をアウトソースすることが、メンバーの成長にもつながっています。新しい業務が発生した時には、インターン生に「この業務を任せてみよう」とシェアチケットでは仕事を割り振るそうです。業務がルーチン化されたらキャスタービズにアウトソースしていただくことで、インターン生に次々と新しい業務を任せることができ、人材の成長に貢献しています。

──社内にプロフィットセンターだけを残し、コストセンターを外部に切り出すという判断をされているのですね。スタートアップであれば、それくらい思い切った外部への切り出しも必要かもしれません。中川さんから見て、企業の生産性が良くないと感じるのはどういったケースでしょうか?

「人が辞めて、新しい社員に役割を渡すとうまく業務が回らない」という状況が発生している企業を見たときに、生産性が悪いと感じますね。この状況に陥ってしまう企業は意外と多い。
こうした状況が生まれてしまうのは、経営者が会社の中の業務を把握できていないからです。「経理は何をしているのか」「人事は何をしているのか」がわからない状態であれば、生産性は下がります。専門職の人に任せきりにしてしまうのも、その領域の生産性向上を放棄しているのと同義ですね。

経営者は、把握できていない社内の業務を無くす必要があります。社内業務の把握ができていれば、人が辞めることになったとしても、引き継ぎがスムーズに進むように対策が打てるはずですから。

ツールに合わせて組織の体制を構築する

──人が入れ替わると困る状態は生産性が低い、というのは耳が痛い話です。キャスターは組織づくりやオペレーションにも力を入れていると思います。参考に教えていただきたいのですが、何か大事にされていることはありますか?

キャスターでは、「ツールファースト」と「属人性をなくす」の2つを大事にしています。まず、「ツールファースト」の考え方をもとに、ソフトウェアやWebサービスなど便利な「ツール」に合わせてオペレーションを決めています。人に合わせてオペレーションを決めるのではなく、便利なツールに合わせてオペレーションを構築するというのが考え方の基礎になっています。

クラウド会計サービスなど便利で比較的ローコストなツールがすでに存在しています。これらのツールを最大限動かすために、会社の経理オペレーションを構築する。ツールを使うことを前提としたオペレーションを構築しているので、最初はまず手作業でExcelに入力しよう、といったことは基本的に行いません。

──便利なツールを活用するためのオペレーションを考えるのですね。利用者のリテラシーに合わせたり、ツールを変更するといったことはされないのでしょうか?

「ツールを使ったことがないから」という理由で、使ったことのあるツールでひとまず代替するのは止めたほうがいいですね。ツールのことを知らないから請求書を出す際にExcelで出そうとする方もいますが、請求書を出すならクラウド請求サービスを利用したほうが生産性は確実に上がります。

ツールを変更することは基本的にありません。導入時に「会社の経営に必要な業務」を考えてリストアップし、業務ごとに使うツールを選ぶ。ツール間の連携が悪ければ少し入れ替えることはありますが、基本的にツールは変更しません。

──会社を立ち上げるタイミングで、法人口座を作る、支払いを楽にするためにビジネスカードを作るといったことは行いますが、ツールはどう選ぶとよいのでしょうか。

2014年に創業したタイミングで最初に導入したのは、クラウド会計サービスやクラウド請求サービス、チャットツール、グループウェアなどですね。その後、クラウド人事労務ソフトや、クラウド契約サービスなど新しいサービスが出てきたタイミングで導入して利用しています。この場合も、ツールに合わせてオペレーションを組んでいます。

──新しいツールを導入するタイミングでは社内の動きも変わりそうですが、新しいツールの導入にハードルがあったりはしないのでしょうか。

すでに社内にオペレーションが構築されている状態から新しいツールを入れようとすると、社内でもの凄いひずみが生じます。一時的に生産効率が下がったとしても、明らかに使ったほうが便利なツールなのであれば、強制的に移行しますね。

ツールの導入や生産性向上に取り組むキャスターでは「テレワーク」を導入。普及活動にも取り組んでいる

属人性をなくすオペレーションを構築する

──キャスターはツールに合わせて会社のオペレーションを構築していることがよくわかりました。「属人性をなくす」というのはどう取り組まれているのでしょうか。

まず、属人性をなくすために、メンバー全員に「自分がいなくても業務が円滑に回るようにする」というミッションを徹底しています。

業務を属人化してしまわないよう、全てオペレーションに落とし込むことが重要です。組織によっては「自分の持ち場はここだ」と宣言して、他の人を入らせないようにする人もいます。そういう人はキャスターには必要ないですね。

──属人化しないように、と考えるとマニュアルを作成することなどが思い浮かびます。オペレーションを理解してもらうためにマニュアルの作成などはされるのでしょうか。

マニュアル化は行いますが、重視はしていません。その理由は2つあります。まず、1つはマニュアル化すると、マニュアルを回すためだけに動くようになってしまうこと。もう1つは、マニュアルを作る人が正しいと考えているオペレーションが全てになってしまうことです。

マニュアルを作成する以上、作成する人の認識で作られてしまうことはどうしようもない。だから、マニュアルはあっても構わないのですが「ここはこういう理由でやっているんだよ」と、仕組み全体をちゃんと教えてあげる。その上で「この工程は任せた」としていかないといけません。

──マニュアルが絶対になると結局、生産性が悪くなってしまうんですね。

経営側がマニュアルを作成してもうまく業務が回らない、もしくはマニュアルに沿って業務を回してくれているけれど、改善が行われないという状況が発生することがあります。それは、部署がオペレーションを「マニュアルの塊」として捉えているからです。

社内の機能がどこに接続していて、どういう仕組みで動いているのか。少し俯瞰した視点で業務を見ることができないと、課題の発見はできませんし、改善は行われません。なので、仕組み全体を伝えることが必要なのです。それができていれば、マニュアルがなくても業務はうまく回ります。

「マニュアルを守っていればいい」というわけにはいかないので、自然と働く人には仕事に向き合う姿勢や創造性が求められます。万人にとって可能な役割ではありませんが、全体の仕組みが理解でき、改善を行える人でないと、そもそもスタートアップには向かないですから。

──今回はありがとうございました。

中川氏が教えてくれたのは、自らのそして会社の業務を把握し、適切な対応方法を考えていくことが生産性を高めることにつながるということだ。

スタートアップに関わる人間には俯瞰した視点を持ち、業務を把握することが求められる。業務を把握して初めて、外部に切り出すのか、ツールで代替するのかを判断することができるようになり、業務と業務をスムーズに接続するための方法を考えることが可能になる。

そうすることで全体の生産性は向上し、スタートアップは少ない時間でより早く走ることができるようになっていく。起業家は、生産性を追求するような組織のカルチャーを作っていくべきだ。

Photographer : Hajime Kato