テクノロジーやさまざまなノウハウを駆使して、仕事や生活における質・生産性を高めることをライフハックと呼ぶ。同様に、テクノロジーを活用して身体や脳の機能を高める「バイオハック」という言葉があることを知っているだろうか。

近年このバイオハックに関わる新しいプロダクトやサービスが登場し、コアなバイオハッカーだけでなく、広く健康意識の高い人びとに受け入れられつつある。脳の創造性・記憶力アップ、高効率トレーニング、睡眠改善など、さまざまな分野の研究を応用したプロダクトやサービスをカジュアルに選べる時代になってきているのだ。

今回は注目を浴びるバイオハック・スタートアップを紹介しながら、新しい時代の健康やウェルネスについて考えてみたい。

脳をブーストするサプリ「Nootropics」とは何か?

近年バイオハックに関する話題で必ずと言っていいほど登場するのが「Nootropic(s)」 という言葉だ。これは、クリエイティビティーや記憶力といった認知能力を高める一方で、副作用がほとんどないとされる薬やサプリメントのことを指す。コーヒーに含まれるカフェインやタバコに含まれるニコチンもその一種と考えられている。

米スタンフォード大学の卒業生たちが創業したHVMN社は、Nootropicプロダクトを提供するシリコンバレーのスタートアップだ。ユーザーが高めたいと思う認知機能に特化したサプリを開発している。

例えば、カフェインやテアニンが含まれる「Sprint」は、精神的にきついタスクや普段より時間のかかるタスクで高い生産性を発揮するための集中力と記憶力を高め・維持することを目的としたNootropicサプリだ。一方、グリシン、テアニン、メラトニンなどが配合されているサプリ「Yawn」は、リラックス効果・睡眠の質を高めることを目的としている。


Nootropicサプリ(HVMN社ウェブサイトより)

Nootropicサプリと普通のサプリは何が違うのか、という疑問が湧いてくるかもしれない。最も大きな違いは、Nootropicがマイナスをゼロに戻すのではなく、マイナスまたはゼロの状態からプラスにするという考えに重きが置かれ開発されているという点だ。

実際HVMNチームは、どの物質がどれほど脳機能を高めるのかという視点で、これまでに発表された多くの論文からデータを抽出し、そのデータをもとに機能別サプリを開発している。Nootropicサプリの説明でよく使われる「Enhance(強化)」や「Boost(高める)」といった言葉にも、普通のサプリとの違いが表れている。

健康であることは前提として、脳機能を向上させ生産性を一層高めていくというのは、競争激しいシリコンバレーで特に求められることなのかもしれない。

HVMNへの出資者のなかには、Yahoo!のCEOであるメリッサ・メイヤー氏やソーシャルゲーム大手Zyngaの元CEOマーク・ピンカス氏が含まれている。テクノロジー業界の大物たちがNootropicsに可能性を見いだしているということであり、この先シリコンバレーなどテクノロジー界隈では「強化人間」が増えていく可能性もある。

カフェでハイパフォーマンス・フード&ドリンクを味わう時代へ

Nootropicプロダクトを提供するのはHVMNだけではない。Bulletproof社は、ハイパフォーマンスフード・サプリを提供するワシントン拠点のスタートアップだ。

創業者のデイブ・アスプリー氏はベストセラー書籍『Bulletproof Diet』の著者としても有名だ。『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』として邦訳出版されたので、日本でも知っているひとも多いはず。

本書で有名となった「バターコーヒー」など、Bulletproof社が提供するのはハイパフォーマンスを実現するために必要な良質な油を中心としたプロダクト。同社が開発した「Brain Octane Oil」は、頭をすっきりさせ集中力を高めるなど脳の認知機能を高めるカプリル脂肪酸が凝縮されたサプリだ。


「Brain Octane Oil」(Bulletproof社ウェブサイトより)

バイオハックのパイオニアとも言えるアスプリー氏。テクノロジーや知識を基盤とする新しい時代にふさわしい「健康」の形を模索している。

同社はプロダクトの販売だけでなく、ハイパフォーマンス・フードやドリンクを楽しめるカフェも運営している。ロサンゼルスに2店舗、そしてこのほどシアトルに3店舗目をオープンしたばかりだ。カフェの店員はスタッフではなく「コーヒーハッカー」と呼ばれている。高品質バターとOctane Oilがブレンドされたコーヒーやティー、またオーガニックフードを使ったパワーブレックファストなどが提供されている。

シアトルの新店舗がオープンしたのは、アマゾンの社員が数万人働く「アマゾン・アーバン・キャンパス」エリアだ。アスプリー氏は、Bulletproofのハイパフォーマンス・メニューが、アマゾンで働くITエンジニアなど頭脳労働者にとって必要不可欠になると見込んでいる。

またアスプリー氏は、脳機能の向上を追求していくと、身体機能の向上は避けて通れないと考えているようだ。つまり脳を機能させるには、身体も鍛える必要があるということだ。このコンセプトを体現すべくBulletproof社がこのほど開始した新たな取り組みが、最新テクノロジーを駆使して身心ともに鍛えることができる施設「Bulletproof Labs」の運営である。

サンタモニカに開設されたBulletproof Labsでは、

  • 科学的な方法で骨を鍛える「ボーン・トレイナー」
  • マイナス150度の世界で免疫システム・身体機能を鍛える「クライオセラピー(冷却療法)」
  • 空気圧の変化を利用して細胞を鍛える「アトモスフェリック・セル・トレイナー」

など身体ハッキングのための最先端のトレーニング設備が揃えられている。

「ここはジムではない」と謳っているように、単に身体だけを鍛える施設ではなく、脳のパフォーマンスを高めるための身体トレーニング施設である。


Bulletproof Labs(Bulletproof Labsウェブサイトより)

20世紀はモノの豊かさを求める時代だったが、21世紀は精神・心・脳の充実を求める時代になったといえる。HVMNやBulletproofの取り組みは、新しい時代における豊かさやウェルネスの形を示すもの。人びとの価値観がシフトするなかで、今後ますますこのような新しい取り組みが増えてくるはずだ。