地道なストーリーテリングの継続こそがスタートアップに運を呼ぶ——PR Table代表 大堀 航

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AMPでは、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル ,Inc.の協力を得て、スタートアップの成長を支援する企画として「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」をはじめている。

連載の第三回となるテーマには「PR」を選んだ。スタートアップは、採用候補者や投資家、クライアント、メディアなど関わる人を惹きつけ、支援者を増やしながら成長していかなければならない。そのための鍵となるのがPRだ。

PR代理店、スタートアップのPR・マーケティングを経験した後、企業のストーリーテリングを支援するプラットフォームを開発するPR Tableを創業した大堀航氏に、AMP共同編集長であり、自身も経営者としてPRの重要さを痛感している筆者が、PRの重要性、そしてストーリーの役割について話を聞いた。

大堀 航
PR Table 代表取締役社長
大手PR会社を経て、オンライン英会話サービスを提供する会社でPR・マーケティングを担当。2014年12月に(株)PR Tableを創業。

スタートアップでも注目されるようになった「PR」

──大堀さんはPR会社からスタートアップのPR担当へ転職され、その後起業というキャリアを歩まれています。大堀さんがどう「PR」という言葉を捉えてきたのかを教えてください。

私は2009年、PR会社に入社しました。PR会社に入った理由は、「パブリック・リレーションズ」という概念に惹かれたからです。エンプロイー、メディア、インダストリー…様々なステークホルダーと良好な関係を築くための仕事がPRだと知り、ぜひやりたいと考えました。

当時は『戦略PR』という書籍が発売されるなど、社会の空気を作ることでモノを売っていこうとする考え方が注目を集めたタイミングでした。「PR」という言葉の認知は高まっていった一方で、その捉え方が狭いことに疑問を感じたのです。

公共との関係性、と表現するほどですから、ほんとはもっと定義は広いはずだ、と。

──より柔軟にPRに取り組みたいという考えから、オンライン英会話サービスを手がけるレアジョブに転職されたのですね。スタートアップでのPR業務は、それまでとは異なっていましたか?

ちょうど、界隈にもPRに力を入れなきゃ、という認識が生まれつつあるタイミングです。スタートアップ界隈のことなど全く知らずに飛び込み、レアジョブでPR部の立ち上げを担当しました。

すでにレアジョブには、メディアに取り上げられた成功体験がありました。私はPR担当として、もちろんメディア・リレーションも担当しました。

──メディアとのリレーションはどう築いていったのでしょうか。

多くの場合、メディアにコンタクトをとって、取り上げてもらいたいと考えると思います。ですが、私はスタートアップの場合、記者の方からフィードバックをもらう、ということに意識を向けたほうがいいと考えました。これまでに、様々な企業のサービスを見てきているわけですから。

フィードバックをもらうためには、自社の事業に適した記者さんを探すこと。そのために、まずは対象となる記者さんのことを調べます。どの分野が好きで、どの分野に詳しいか、を。これは営業と一緒ですよね。

スタートアップは「創業ストーリー」を語って人を惹きつける

──スタートアップのPR担当として、大堀さんはどうPRに取り組まれたのでしょうか。

「人」の課題に焦点を当てました。スタートアップは、とにかく人を採用しなければ始まりません。採用を目的とした情報発信がとにかく必要。

また、私が入社したのは会社の規模が約30人の時期。レアジョブは創業期のメンバーと中途で入社してきたメンバーとの入れ替わりが起こり始めていました。規模がそれくらいになってくると、創業初期のことを知らないメンバーも出てきます。創業初期の雰囲気にこそ、その会社のらしさが出ている。なので、レアジョブは会社のカルチャーを伝えるために、新しく入った従業員向けの情報発信も必要なタイミングでした。

私も中途入社だったので、まずは創業時期を知ることから始めました。当時、PR担当として役員や創業メンバーと動くことが多く、よくメディアに対して創業ストーリーを話しているのを聞いていました。それで創業ストーリーは、良いコンテンツになるなと。

──レアジョブの創業時にはどんなエピソードがあったのでしょうか?

創業時期に社長がフィリピンに行って、現地で会ったばかりの人にお金を渡して「優秀な先生を集めてほしい」と頼んだのです。会ったばかりの人に頼むことではないですよね。そこからレアジョブのサービスは始まりました。

こういった創業ストーリーから、どうやってフィリピン人の先生を3,000人も集めたのか、という話もメディアの方には刺さってましたね。具体的なエピソードは、メディアにも刺さるし、社員にも刺さります、昔を知らない社員にも。

──それは刺さりそうですね…。大堀さんはレアジョブの創業ストーリーをどう発信していったのでしょうか?

何回も聞いていると、自分でも話せるようになっていきます。創業ストーリーは自分が取材対応する時にも必ず話すようにしていました。メディアに掲載されたら、今の社員も当時の話に触れられますから。

レアジョブは生活者向けのサービスで、大幅なアップデートなどがないと、PR担当としてはメディアに話がしにくいんです。でも、創業ストーリーはいつでも伝えることができるし、相手に響く。創業ストーリーを伝えるのは面白いと思うようになりました。

プレスリリースだけではなく、ストーリーも発信すべき

──当時の経験も踏まえて、大堀さんは企業に眠っている“ちょっといい話”を掘り起こして伝えるストーリーテリングサービス「PR Table」を立ち上げられました。ストーリーテリングとはどういったものなのでしょうか?

「ストーリーテリング」とは、アメリカで多くの企業がコミュニケーション活動に取り入れているPR手法です。企業や団体の伝えたい思いやコンセプトを、それらを想起させる印象的な体験談やエピソードなどを引用することによって聞き手を惹きつけます。

たとえば、スタートアップであれば先ほどのような創業ストーリーや会社のビジョン、サービスの開発秘話・背景、ワークスタイル、会社に関わっている個人の思いなど、エモーショナルな情報を織り込んだ情報を「ストーリー」として発信することで、深い理解や共感を得ることができます。

──企業のPR活動といえば、プレスリリースの配信などが思い浮かびます。プレスリリースだけに留まらず、ストーリーテリングも行うことの利点はどういったものになるのでしょうか。

1つは、ストーリーを発信するほうが人々に共感されやすい点。プレスリリースは基本的にファクトを伝えるものなので、エモーショナルさはありません。体験したことを感情も合わせて伝えることで、人に共感されるものになり、関係を築きやすくなります。

もう1つは、会社に埋もれていた出来事を掘り起こし、可視化することができる点です。プレスリリースを打つような大きな出来事でなくとも、会社では日々いろいろな出来事があります。これまで発信できていなかった出来事を伝えることができるのが、ストーリーテリングの利点ですね。情報発信の頻度を高められますし、継続しやすくなります。

企業のストーリーはどう作ればいいのか?

PR Tableのサービス開始直後に公開した定食屋スタートアップ「未来食堂」の創業ストーリー。元エンジニアで店主の小林さんの考える型破りな定食屋のあり方が話題を呼び、Facebookで3万シェアを記録した。

──なるほど。会社の活動をストーリーとして伝えていくためにはどのように考えればいいのでしょうか?

創業ストーリーやビジョンを伝えるような、しっかりと作成する必要があるストーリーについては、何が伝わっていないのかを社内できちんと明確にすることからやるべきです。ビジョンが伝わっていないとしたら「なんで伝わってないんだろう」と考え、要素を分解して伝え方を整理していきます。課題解決的な考え方ですね。

こうした記事は作成に時間がかかりますが、1つ作成しておくことで繰り返し読んでもらうことができるアセットになります。1度作成すると、その後は楽になりますね。

──繰り返し見てもらえるようなストーリーをしっかりと作成することが大事だと。

そうです。あとは、継続して新しい記事を作って発信することが必要ですね。こちらはライトな情報発信が求められます。継続して情報を発信するためには、会社のいろんな出来事を発信のネタとして捉えることかなと。

たとえば、「コーポレートスタッフの募集を始めました」というのも、発信するネタの1つになります。「全社員健康診断やりました」というのも発信のネタになりますね。「そんなことでネタになるの?」というようなことでも、発信できないかを考える視点が求められます。

発信するとなると「しっかりやらなきゃ」と萎縮してしまうケースが多くの企業で見られます。もっとライトに、もっとカジュアルに挑戦してみること。大事なのは継続的に出すことなので。まず発信をしてみて、反応を見ながらチューニングしていく。

コミュニケーションを継続することがPRの鍵

──スタートアップの経営者として、大堀さんがPRで意識しているのはどういったことになるのでしょうか。

とにかく「忘れさせないこと」を念頭においてコミュニケーションをとっています。そのための手段はブログでも、Facebookグループへの投稿でも、直接メッセージを送るのでもいいんです。とにかくコミュニケーションを取り続ける。

創業初期は、とにかく応援してくれそうな周囲の人たちに連絡をしていました。自分たちの存在を忘れられられないように、と。先ほどお話したように自社の出来事を見つけて、それをネタに連絡をしたり。

──継続するのが大事である一方で、継続するのは容易ではないかと思います。継続のためのコツなどは何かありますか。

発信を継続するのが大変なら、発信する際のフォーマットを決めたり、オペレーションを整理するなど、継続しやすい体制を作ることが必要ですね。最近、PR Tableでは、「【90秒でわかる】先週のわが社」というタイトルで週報を外部に向けて発信しています。わざわざ発表するほどでもない、 “ちょっとした変化”を4コマで伝えています。

コミュニケーションは質も大事ですが、量がより大切です。スタートアップは、どのフェーズでも「忘れさせない」という意識が重要です。競合関係などの観点からあえて情報をオープンにすることなく事業を伸ばしている場合は別ですが。

──継続して情報を発信していて、成果につながったと印象に残っている出来事はありますか?

1回入社を断られた人から1年後に向こうから連絡があって、入社が決まりました。その人は、私たちが発信している情報を日々ウォッチはしてくれていて。

それで、会社のフェーズが変わったこと、フェーズが変わっても私たちの言っていることにブレがないことがわかったそうです。

会社が成長したタイミングで参加してくれることになりました。こうした出来事を起こしやすくするには、発信をし続けないといけないですよね。

各ステークホルダーに共感・応援してもらうために

──情報を発信することは新しい人にリーチするだけでなく、つながった人との関係を維持するという役割も担っているのですね。

1度でも関わりを持ったのなら、その人は会社にとってはステークホルダーなんです。1度関わりを持った人に「会社の進捗は全部ここにあるからここを見てくれ」って伝えられるように、ブログやWantedlyなどの場所を作っておくことが望ましいですね。それがどこかでチャンスにつながることもありますから。

ただ、スタートアップは情報の発信だけに終始せず、自ら動いてつながりを作っていかなければいけません。まず、足を使って人に会い、ビジョンを語り、つながりを作る。そうすることで、その後の継続的な情報発信が活きてくる。これはかなりタフさも必要とされる業務なので、できればPRは経営に近いポジションの人が担うべきことだと思います。

──地道に支援してくれるステークホルダーとのつながりを増やし、維持していくことがスタートアップにとってのPR活動なのかもしれませんね。

弊社取締役/共同創業者の菅原は「PRはツキを呼ぶ」と言っています。これは良い言葉だなと思っていて。スタートアップがいきなり大ヒットすることはありません。それまでの地道な活動の積み重ねがあることで、訪れたチャンスを掴むことができるのだと思います。

ビジョンの実現に向かって、各ステークホルダーに共感・応援してもらうために、どのようなコミュニケーションを取るべきなのかを考え、実践する。当たり前のことかもしれませんが、実践できている企業は決して多くはありません。

だからこそ、地道なPR活動を続けられるスタートアップが成功に近づくと思います。

──ありがとうございました。

PR業務は地道な努力を積み上げてこそ成果を発揮する。継続的に時間をかけることが求められるため、ヒューマンリソースが潤沢とはいえないスタートアップはなかなかPRに注力することができない。

だが、注力するのが難しいスタートアップだからこそ、大堀氏が語るように出会った人たちをステークホルダーとし、支援者に変えていくことが競争優位になる。スタートアップは、大堀氏が語るように会社の考えや小さな出来事を継続して発信するストーリーテリングを実践し、会社の成長へと繋げてもらいたい。

Photographer: Hajime Kato

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