アートはいつ、どこで買えるのだろうか。気になるアーティストが展示しているタイミングでギャラリーに直接おもむき、実際の作品を見た上で買うものだ。作品との出会いは一期一会である…というのが常だが、それはもはや前時代的なのかもしれない。

デジタルの進歩は、アートと私たちとの関わり方にも変化をもたらした。

世界中のギャラリーが所蔵するアート作品と出会える「Artsy」とは

ギャラリーに直接おもむくのではなく、ウェブ上でアートを閲覧し、購入する。「Artsy(アーツィ)」は、新しいアートの購入体験を届けるプラットフォームだ。

同サービスは、世界中のギャラリーや美術館のコレクション、展示されている作品をオンライン上で閲覧可能にしている。絵画、彫刻、写真から現代アートまで、掲載されている作品の中には購入不可なものも含まれるが、ユーザーは気になる作品を見つけて直接ギャラリーに問い合わせて購入交渉を行うことができる。

アート購入の交渉は、ユーザーと各美術館やギャラリーの間で行われるため、Artsyは購入のサポートを行っていない。つまり、作品をサイトで委託販売することで得られる売上からマージンを得るというビジネスモデルではなく、各美術館やギャラリーからの会費で、サービスの運営費をまかなっている。

登録している1800以上のアートギャラリー全体で、Artsyを介して月2,000万ドル(約2.2億円)を売り上げている。Artsyには10億円以上するピカソの作品から、1ドルの名も無きアーティストの作品まで、7万人以上のアーティストによる約80万点の美術作品が掲載される巨大なアートデータベースにもなっている。

日本ではあまり注目されていないサービスだが、2012年のサービス開始からわずか5年で190カ国、毎月200万人ものユニークビジターを抱えるまでに成長。2017年7月にシリーズDで5,000万ドル(約55億円)の資金調達を行ったと発表した。

投資家の中には有名なギャラリストである Larry Gagosian(ラリー・ガゴシアン)氏やロックフェラー家などが名を連ねる。過去にはTwitter共同創業者のJack Dorsey(ジャック・ドーシー)氏もArtsyに出資していた。

世界と日本のアート市場の今

Artsyが成長する背景には、オンラインアート販売市場の成長がある。

2015年の世界のアートの売上高は682億ドル(7.8兆円)から638億ドル(7.3兆円)に下落している

その一方で、アメリカの保険会社Hiscoxのレポートによれば、グローバルのオンラインアート販売は市場全体ではまだ規模は小さいものの、成長分野となっている。2016年には37.5億ドル(約4,128億円)と、 昨年比15%も伸びているそうだ。

世界のアート市場動向を調査する欧州美術財団(TEFAF)が2017年6月に発表したリリースでは、オンラインアート販売の動向について、こう見解を示している

既存のディーラーは新しいテクノロジーの導入は消極的で、TEFAFの調査対象となったギャラリーやディーラーの20%は、オンラインに移行するつもりはないと答えた。若いコレクターやミレニアル世代は電子機器を使いこなし、アートやラグジュアリー製品をオンラインで購入することに慣れていて、今後の市場の成長に非常に重要である。

現在のところ、オンライン市場で優位を占めるプレイヤーは出てきていないが、例えば、Artsy、1st DibsInvaluableが、イノーベィティブな製品ポートフォリオを開発する、この競争の激しいマーケットで現在成功しているプレイヤーである。このセグメントは、他のビジネスモデルが上手くいかなくなるか失敗して暴落する可能性もある。しかし、アート事業に影響を及ぼす、デジタルチャネルやモバイルチャネルのポテンシャルについては疑う余地はない。

一方、日本はどうだろうか。

イギリスの美術雑誌『ArtReview』が毎年発表する「Power100」(世界のアート界で影響力のある100人を選出する)に、日本人が入ることはほとんどなく、2016年は、唯一日本人として草間彌生が93位にランクインしているが、残念ながら海外のアートシーンにおける日本の存在感は薄いと言われている。

「一般社団法人アート東京」が公表した「日本のアート産業に関する市場調査 2016」では、日本のアート産業の市場規模は3,341億円とある。

その3,341億円の内訳は、美術品市場が2,431億円、美術関連品市場が403億円、美術関連サービス市場が507億円。そのうち美術品市場の2,431億円は実際に美術品を購入した額を示していて、さらにその内訳を見ていくと、もっとも購入されているのは洋画(452億円)。それに次いで現代美術の平面作品(415億円)となる。

日本のアート市場は、海外と比べるとかなり規模が小さく、日本だけでアート活動をしようとするとなかなか突破口を見出しにくい。だが、世界に出て活躍するためのスキームはまだまだ整っていないというのが現状だろう。

日本のオンラインアート販売サイトとしては、現代アートを1万点以上販売しているTAGBOATがあり、前述の草間彌生や奈良美智、杉本博司など、日本の著名なアーティストが名を連ねている。また、現代美術家の施井泰平氏が立ち上げたオンラインアートプラットフォームStartbahnもある。

このように日本発のサービスが出てきているものの、日本のギャラリーからArtsyに登録されている作品の数はやはり少なかった。都市別で見ると、ニューヨークから約88,000作品、ロンドンからは約35,000作品、そして東京は2,211作品だった。

「アートを所有する」ことが流行る?

ArtsyのUIは優れていて、自分の興味のおもむくまま検索しながら作品を眺めていると、思いがけず自分好みの素敵な作品に出会うことができる。作品の価格が比較的安価だと、ちょっと購入の問い合わせをしてみようか、なんて気にもなる。そうは言っても、10万円以上するので、購入する勇気を出すには至ってなかったのだが。

日本のアーティストは日本のアート市場だけで勝負しようとすると頭打ちかもしれないが、Artsyに作品を掲載することができれば、毎月200万人訪れるユニークビジターの目に留まり、グローバルに向けて作品をプレゼンテーションできる機会が増えるだろう。

アート市場も、若い世代のアート購入体験の変遷によって、プラットフォームも進化していっている。インターネットの力で、才能あるアーティストの素晴らしい作品が世界中の人々の目に触れられやすくなることで、「アートを所有する」という行為が民主化し、若者の中でクールな趣味として流行る日が来るかもしれない。

img : Artsy, Clem Onojeghuo