「AI」と聞いて、それをすぐさま自分の仕事にひも付けて考える人は少ないかもしれない。しかし、仕事をしていれば誰もが行う「会議の設定」というタスクにおいて、人間とAIとのコラボレーションが着々と進んでいる。

変化が目まぐるしいIT業界では、毎年のように新しいバズワードが登場する。ここ数年のバズワードといえば、間違いなく「AI」だろう。このトレンドは、「.ai」というドメイン名の購入が増えていることにも見て取れる。

消費者に身近な製品でAIを活用するものには、「Google Assistant」や「Amazon Echo」などの音声入力アシスタント、またTeslaの自動運転車などが挙げられる。だが今後、使い手が意識していようといまいと、裏側になんらかの形でAIが絡むサービスは増加の一途をたどっていくだろう。これは当然仕事や職場にも当てはまる。

ビジネスにおけるAIの活用においては、AIが人間の仕事を奪うのではないかと危惧する声もある。しかし、そこにたどり着く前にまずは「人間とAIがコラボレーションする」時代が長らく続くことが予想される。人が面倒に感じたり、ただこなすだけのタスクをAIが肩代わりすることで、私たちの生産性を高めてくれるはずだ。

就労時間の約4分の1がメール処理に費やされる

一言で仕事といってもさまざまな種類が存在する。単純作業に時間を奪われるより、できればクリエイティブな仕事に時間を使いたいと考える人は多いだろう。クリエイティブな仕事に充てる時間を増やすには、単純作業の時間を短縮する必要がある。そして、この単純作業の大部分を占めるタスクのひとつが、メール処理だ。

受信箱を1日に何度もチェックし、半ば機械的に対応する習慣がついてしまっているため、改めてメールの数を意識することはあまりないかもしれない。とある調査によると、従業員の就労時間の実に23%がメールのやりとりに費やされており、1人が1日に受送信するメールの数は112件に及ぶことがわかっている。管理職以上の人材でさえ、1日平均1.5時間をメール処理に使っている。

メール処理のなかでも特に手間を要するのが、会議のスケジュール調整だ。一回の会議を設定するには平均8回のメールの行き来が発生し、時間にして約15分かかるという。無論、会議の参加人数が多いほどこの手間は増していく。

仕事をしていれば誰もが抱えるこのタスクを、AIを使ったパーソナルアシスタントが解消してくれるかもしれない。

アプリのDLは不要、メールにCCするだけ

会議のスケジュール調整に特化したパーソナルアシスタントには、「x.ai」や「Clara Labs」、「Julie Desk」などがある。各社とも創業は2014年。Clara Labsはサンフランシスコ発、x.aiはニューヨーク、そしてJulie Deskはパリが拠点と、パーソナルアシスタントが世界のトレンドになりつつあることがわかる。ちなみに、x.aiは、ソフトバンクから出資を受けている。

各サービスとも、その概要と使い方は共通している。氏名やメールアドレスなどを入力してユーザー登録したら、すぐに使い始めることができる。具体的には、スケジュール調整のメールに、専用のメールアドレスをCCするだけ。すると、まるで人間の秘書のようにスケジュールを調整してカレンダーに予定を登録してくれる。

サービス名称に含まれるClaraやJulieは、各社が名付けたパーソナルアシスタントの名前だ。x.aiの場合、AmyとAndrewという男女のパーソナルアシスタントがいる。相手へのメールに[amy@x.ai] と [andrew@x.ai] というメールアドレスをCCするだけで済み、専用アプリやソフトウェアをダウンロードする必要はない。

Googleカレンダーと連携させてx.aiを使ってみたが、ただ空いている時間に会議を設定するだけでなく、「会議は午前中にまとめたい」「金曜は会議を入れない」「1回の会議は最長1時間」といった希望に応じてくれる。これは初回のユーザー登録時に伝えたものだか、いつでも変更できる。人間の秘書と同様、仕事を頼めば頼むほどユーザーの好みを覚えて“デキるアシスタント”へと育っていってくれる。

「完全自動化型」と「人間とAIのハイブリッド型」

メール処理のなかでも会議のスケジュール調整だけに対応していると聞くと、だいぶ特化している印象を受けるかもしれない。この点だけに、わざわざAIを活用する価値があるのだろうか?

「ある」というのがその答えだ。x.aiの創業者である Dennis R. Mortensen 氏によると、x.aiのユーザーは1ヶ月で平均11時間を節約しているという。年間にして、新たに132時間が生まれることになる。

また、会議のスケジュール調整というタスクにはミスが許されない。例えば、大事なクライアントとの会議が間違って設定されてしまえば、案件が頓挫してしまうことさえあり得るだろう。そのため各社とも、まずは会議のスケジュール調整に特化しサービスの正確性向上に努めている。

AIを活用したスケジュール調整には、2つのアプローチがある。AIによる完全自動化型と、AIと人間とのハイブリッド型だ。具体的には、x.aiがAIだけを使っているのに対して、Clara LabsとJulie DeskはAIを人間が補っている。例えば、Julie Deskの場合、送信前のメールを人間が必ずチェックすることで、AIによるミスを防いでいるという。

x.aiとClara Labsを両方試したことがあるというユーザーのQuoraへの投稿によると、やはり精度の面では人間が介入するClara Labsが、x.aiを上回るとのこと。Claraは、メールへの返信も1時間以内と早く、言葉遣いも人間らしく丁寧。同社のブログには、その正確性は97.3%(間違いが発生するのは50通に1.5通)で、返信までにかかる時間は平均17分だとある。

一方、人間が介入しない分、価格帯がよりリーズナブルであることがx.aiの利点だ。x.aiのプロフェッショナルプランは、月額39ドル。一方、Julie DeskとClara Labsは共に一番安いプランが月額99.99ドルだ。月に39ドルの経済的負担なら、利用者の裾野が広がる。どちらにしても、人間の秘書を雇うことができない大半の人にとって、その選択肢が現実的になものになる。

サービス開発のきっかけは自らの困りごと

x.ai Founder/CEOのDennis Mortensen氏

“Scratch your own itch”(かゆいところを自分でかく)という言葉がある。サービスを立ち上げるなら、「自分の困りごとを解決するサービスを立ち上げよ」という意味だ。自らがユーザーであれば、独りよがりではなく、おのずとユーザーの立場に立ったサービスが実現するからだ。

x.aiとClara Labsは、まさにこの例。x.ai創業者のMortensen氏は、ひとつ前のスタートアップを経営していた1年間で、実に1,019回の会議を設定していた。また、そのうち672回に最低1回のリスケが発生。秘書を雇う余裕はなかったため、スケジュール調整はすべて彼自身が行った。会議のスケジュール調整にどれだけの時間をつぎ込んでいるかを認識したことが、サービス立ち上げのきっかけになった。

Clara Labsの創業もまた、共同創業者であるMaran Nelsonさんの苦い経験に基づいている。深夜も過ぎた頃、シンガポールに住む重要な見込み投資家との電話会議にのぞむために待機していたところ、電話がかかってくる気配がない。不思議に思って確かめてみたところ、時差の計算を完全に間違えていることが発覚。このときのアイディアが日の出を見ることはなかったのは言うまでもない。

彼女の痛恨のミスは、いつ誰にも起こり得ることだ。実際、少し試してみたx.aiに救われた気がしたのは、相手と時差がある会議を設定する場合だった。例えば、アメリカ西海岸と日本とでは16〜17時間の時差があり、夏はさらにサマータイムの始まりと終わりを考慮する必要がある。計算をちょっと間違えれば大事なテレカンをすっぽかしてしまう危険性がある。

人間が対応している限り防げない人的ミスの可能性を、パーソナルアシスタントが排除してくれる。

普及の鍵を握る「人間らしさ」

AIパーソナルアシスタントには、「メールに書かれた人間の言葉を正しく理解する」という自然言語処理と、「適切に返信すること」の2つの能力が問われる。後者は、ユーザーが感じるAIの「人間らしさ」に直結する。そして、この人間らしさこそ、AIを活用したパーソナルアシスタントの普及の鍵を握る要素のひとつだ。

まさか相手がロボットだとは思わず、まるで人間と話している感覚で使えれば、ユーザーの信頼獲得につながる。x.aiでは、ハーバード大学のドラマ専攻だった人物をインタラクションデザイナーとして採用。カジュアルになり過ぎず、かといって堅苦しくもないような文面やトーンを目指し、AmyやAndrewと接した際に同じ一人の相手とやり取りしている感覚を与えようとしている。

各社のパーソナルアシスタントには、個人プランと法人向けプランがある。法人プランには、メールアドレスを独自ドメインにすることで、社外に対してClaraやJulieを社員の一員に見せられる追加機能などが含まれる。パーソナルアシスタントを全社的に導入することで、その効果はいっそう高まるだろう。

例えば、社員全員がx.aiを活用している企業で社内会議を設定する場合。Amyが社員全員のスケジュールを把握することになるため、人間が一度も介入することなく会議を設定できる。複数の参加者がいれば、その人数分の時間が節約されることになる。

今後、タスク特化型のAIパーソナルアシスタントはどんどん増えていく。経費のレシート管理や出張の手配など、細くて面倒だが避けられないタスクを異なるAIに任せられるようになる。タスク処理に終われてあっという間に過ぎていった時間を取り戻したとき、それをどう活用するのかが問われる時代になるだろう。

AIの精度向上と企業による大規模導入が相まれば、そう遠くない未来、誰もがAIパーソナルアシスタントを使う時代が到来するのかもしれない。

Img: x.ai, Julie Desk