インターネット上であらゆるものが購入できるようになったが、未だにリスクが伴う分野がある、「アパレル」だ。

アパレル分野では、ネットで商品を購入したら、届いた実物が商品画像で見たイメージとは違っていたり、着てみたらサイズが合わなかったり。色々と問題が生じやすい。

最近、そんな“残念”を取り払ってくれる「買う前に試着」サービスが普及し始めた。自宅で試着した上で購入するため、ユーザーは納得した上で安心して購入することができる。

Amazonによる試着サービス

Amazonが、買う前に衣類を自宅で試着するプライム会員向けサービス「Prime Wardrobe(プライム・ウォードローブ」を発表した。

お目当てのアイテムを3点以上選ぶと、それが自宅に届く。1週間以内に試着して気に入ったものだけを手元に残し、残りは同梱されてきたラベルを使って返品するだけ。

現在は招待制のベータ版だが、メールアドレスを登録しておけば、サービス開始時に通知を受けることができる。

Amazonという巨大マーケットプレイスが試着サービスを提供したことによるインパクトも注目だが、オンラインを通じた試着には様々な事例があることにも注目したい。

女性が生涯に試着するアイテム数は4万点

“買う前に試着”が流行り出した背景には、「Stitch Fix」や「Trunk Club」などファッション系のサブスクリプションサービスの台頭がある。

これらのサービスでは、ユーザーはプロのスタイリストがコーディネートしたアイテムが箱に入って届き、自宅で試着した上で気に入ったものだけを購入する。アパレルだけに限らず、食品なども含めて数えた場合、サブスクリプション系サービスの数は2,000を超えるという説もある。

ヨーロッパで実施された調査によると、女性はその生涯に平均4万点のアイテムを試着するという。1着を購入するために要する試着の回数は、実に7回に及ぶ。これがリアル店舗で買い物をする際の実態だとすると、これまで一切の試着ができなかったオンラインショッピングが消費者にとっていかに不便だったのかがわかる。

オンラインで衣類を購入した女性の56%が、1着またはそれ以上を返品しているというデータが、そのハードルの高さを表している。

フィッティングルームを自宅に

返品率に関しては全体的にまだ改善の余地があるものの、北米や欧州のオンラインショッピングは日本のだいぶ先をいっているのが現状だ。日本では、大手サイトでも送料が別途かかるところがまだ多いが、海外ではオンライン購入を躊躇する不安を和らげるさまざまな仕組みが普及している。

衣類をネット注文する際は、サイズやフィット感はもちろん、素材の質感などあらゆる要素が想像と異なるリスクがある。そのため北米では、メジャーブランドはもとよりインディーズブランドでも配送・返品ともに送料無料であることが珍しくない。

また、オンラインでも商品イメージが正確に伝わるようにと、欧州の人気ファッションEC「ASOS」や「Zappos」などは以前から商品説明に動画を活用。そのほかにも、「Tangiblee」や「Fits.me」のようなフィッティングサービスを導入するサイトが増えている。

自宅がフィッティングルームになるという利便性はもちろんのこと、買い手にとってインパクトが大きいのが課金のタイミングだろう。2009年にAmazonが買収した靴のECサイト「Zappos」は “自宅で試着”の先駆者的存在だが、プライム・ウォードローブとは課金のタイミングが異なる。Zapposの場合、注文時に一度支払いを済ませ、返品した場合に後から返金される。一方のプライム・ウォードローブは、手元にアイテムを残した場合に初めて課金される仕組みだ。

返品を受け付けているECサイトの大半はZappos型で、返金のタイミングはECサイトやクレジットカード会社によって異なる。また、現在はサービスを一時停止しているスタイリングサービス「JackThreads」は、購入全体の約65%がデビットカード払いだったことを明かしている。キャッシュが目に見えて口座から減るデビットカード払いでは、「試着してから後で支払う」ことのメリットをいっそう感じやすいはずだ。

ユーザーが商品を購入しやすくするためには、こうした試着以外の点でも工夫が必要になる。さて、もう一度試着に話を戻そう。試着と一口に言っても、そのニーズは多様だ。試着の領域が進化することで、様々なサービスの価値が向上する。

スタイリング提案のサブスクリプションサービス

2011年にイギリスのケンブリッジで誕生したのが、パーソナルスタイリングサービス「Stich Fix」だ。もともとはウィメンズ専用だったが、2016年にはメンズにも対応。さらに今年2017年には、マタニティやペティートに加えてプラスサイズの女性にも拡大した。

Stitch Fixを含むスタイリングサービスの多くは、まずスタイリング提案のベースとなるオンラインアンケートに回答することから始まる。身長や体重、サイズなど基本的な情報に加えて、「トップスならどんなフィット感を好むのか」「衣服に使う価格帯はいくらなのか」といった質問に回答していく。

それをもとに選ばれた5着のアイテムが自宅に届いたら、キープしたいアイテムを手元に残して残りを返品する。定期的に届くように設定することもできるし、欲しいときだけその都度頼むことも可能。試着してみた結果をスタイリストにフィードバックすることで、スタイリングの質が向上していくようにできている。

届いたものを一点も購入しない場合は20ドルのスタイリング費がかかるが、一着でも購入すると、その20ドルが購入価格から差し引かれる。一着の平均価格は55ドルほどだという。

同様のサービスには、2014年に大型百貨店 Nordstromに買収された「Trunk Club」、女性向けにハイエンドなビジネスウェアを提案する「MM LaFleur」、忙しくて買い物に行く時間がない人を対象にした「Wantable」などがある。

特化型のサブスクリプションサービス

普段着や仕事着などを提案する一般的なスタイリングだけでなく、よりターゲットを絞ったサブスクリプションサービスも登場している。

SweatStyle」は、その名の通り、運動際に着用するフィットネスアパレルに特化したサブスクリプション。運動の習慣に関するクイズに答えると、「Terez」や「Nux」といったブランドの人気アイテムを中心に、トップス・ボトムス・スポーツブラなどのセットが毎月届く。5日以内に試着したら、欲しいアイテムだけを手元に残して購入できる。

子ども服をスタイリングしてくれるのが、「Mac & Mia」だ。0〜6歳までの子どもを対象に、一度に6〜8着の衣類が届く。スタイリング費は、一回20ドル。5日以内に試着して2点以上購入した場合、スタイリング費用が購入価格から差し引かれる。大型モールで子ども服を買うと必然的にメジャーブランドに偏ってしまうため、洋服の幅を広げてくれそうだ。

プラスサイズの女性専用のサービスが、「Dia & Co」や「PLVSH」などだ。スタイリング費用や仕組みはどれも似たようなもの。どちらも、北米の14号(XL、17号)以上の洋服を取り扱う。

クローゼットを更新していく感覚のレンタルサービス「Le Tote」

買う前に試着を提供するサービスには、購入を前提としない“レンタル”サービスもある。その代表格が「Le Tote」で、また前述のプラスサイズの女性向けには「gwynnie bee」がある。

スタイリングの要素は購入型のサービスと同じで、一度に衣類3点とアクセサリー2点の計5点が届く。月額59ドルを支払うと、ボックスを送り返すたびに新しいボックスが届くため、いろいろなアイテムを試しながらクローゼットを更新していく感覚で利用できる。気に入ったアイテムがあれば1週間でも数週間でも借り続けることができる。

Le Toteがほかのスタイリングサービスと違うのは、発送前にボックスの中身を確認して、より自分好みのアイテムに変更できる点。スタイリストに普段自分では選ばないようなアイテムを提案してもらう楽しみもあるが、確実に自分が着てみたいアイテムも手に入るようにできている。

レンタルしたアイテムで特に気に入ったものがあれば、最大50%OFFで購入することも可能だ(貸出されていた衣類であるため、厳密には古着)。同サービスは、「Free People」、「Nasty Gal」、「Rebecca Minkoff」など人気ブランドを取り扱っている。買う前の試着はちょっと試す“試着”の域を出ないが、Le Toteのようなレンタルサービスの場合、実際に何度か着てみて着心地や着まわしできるかを判断できるメリットがある。

サングラスやジュエリーまでアクセサリーも

買う前に試すをサービス立ち上げ当初から実施してきたのが、アイウェアブランド「Warby Parker(ワービー・パーカー)」だ。同社の “Home Try-On”では、無料で5つのフレームを自宅で試すことができる。メガネやサングラスの掛け心地を5日間内に試したら、オンライン注文することで新品が送られてくる。フレームは別途返送する必要がある。

ジュエリーのサブスクリプションといえば、Le Toteと同じレンタル型の「Rocksbox」がある。月額19ドルの会員費用を支払うと、自分の好みに合った3つのコンテンポラリー・ジュエリーが送られてくる。取り扱いブランド数は30以上、小売価格にして200ドルほどのアイテムが入っているという。返送すると新しいボックスが届くが、手元に残したアイテムは通常より安く購入できる。レンタルから購入に至る率は、20%ほどだという。

個別のサービスを利用する以外にも、「Barneys New York」や「Shopbop」、「ZARA」や「J.Crew」などあらゆるアパレルブランドのアイテムを“試着”できるソリューションが「Try」だ。Chromeの拡張機能をダウンロードすると、TryをサポートするECサイトのカート付近に“Try for free”というボタンが表示される。このボタン経由で商品のお試しがリクエストされると、小売店ではなくTryが対象アイテムを発送。到着したアイテムを7日間試した後、手元に残したアイテム分だけクレジットカードが課金される。

Tryの月額利用料は2.99ドル。いつでもキャンセルすることができる。Tryに対応しているサイトはそれぞれが送料無料や返品無料のサービスを提供している。しかし、前述の通り、注文時に一度は課金されてしまい、返金までにはタイムラグがある。異なるブランドを横断的に試せるだけでなく、買うことにした分だけ後から課金されるのは消費者にとって魅力だろう。

買う前に試着サービスが抱える課題

利用者にとっては嬉しい買う前試着だが、サービス提供者は手放しには喜べない現状があるようだ。もともとフラッシュセールのサイトとして始まったメンズウェアサブスクリプション「JackThreads」は、試着を導入してから一時は注文数が50%増加したと報告していた。しかし、その後事業が立ち行かなくなり、現在はサービスを一時停止している。

2014年にNordstromによって3.5億ドル(396.4億円)で買収された「Trunk Club」は、2016年11月にその評価額が約半分まで下降修正された。急成長は続いているものの、今後の成長と黒字化の見込みが予定を下回ったという。シビアな状況はTrunk Clubのサービス内容にも反映されており、2016年秋時点まで無料だった試着サービスを、現在は25ドルで提供している。

これはサブスクリプションサービス全体に言えることではあるが、とりわけアパレル分野には他にはないハードルがある。使えば減る、食べればなくなる美容や食品の購入には、そもそも返品という概念がない。一方のファッションは、返品の概念がすでに定着してしまっている。消費者の感覚としては、なぜ返品できないのか?と疑問に思うのが普通なくらいだ。

また、美容品のサンプルを試すのと違って、ファッションに関しては個々人で好みが大幅に異なるため、キュレーションやスタイリングにおいて顧客を完全に満足させることが難しい。満足度を高めるためには、裏側のアルゴリズムの強化改善が求められるが、そのためには開発費や人件費といったコストがかさむ。

そして、これこそ致命的かもしれないが、大半の人のクローゼットはすでに洋服で溢れている。これ以上新しい衣類が増えても困るよという消費者は少なくない。これが、購入を前提にしないレンタルサービスが生まれている理由だ。2012年創業のLe Toteは、2014年からの2年間で年間平均成長率は450%を記録している。購入を前提にしたサービスとレンタルサービスとが、今後それぞれどう生き残っていくのかは見所だ。

ショッピング体験におけるオフラインとオンラインの融合

ECサイトやサブスクリプションサービスが提供する“買う前に試着”サービスの最大の目的は、店舗で買い物をするときと同じ試着体験をオンラインでも提供することだろう。そして昨今、オフラインとオンラインの境界線は加速的に薄まってきている。

買う前試着を取り入れれば、オンラインで未知のブランドを試してみるハードルが圧倒的に下がる。また、注文された商品を発送するだけだった従来に比べて、顧客とのタッチポイントにおけるデータ収集が可能になる。満足でも不満足でも“買ったら以上”だった頃に比べると「なぜ返品するのか」「どこがダメだったのか」といった理由がわかるため、商品改良に活かしたり消費行動を学習したりできる。

今回は、オフラインの体験をオンラインに持ち込んだ例を紹介したが、ECサイトとして始まったサービスがオフラインに店舗を構えるモデルも増えている。アイウェアの「Warby Parker」はその代表的な例だし、メンズウェアではWalmart(ウォルマート)が買収した「Bonobos」やNASAのスペーススーツの技術を応用した「Ministry」 、ウィメンズウェアでは「NastyGal」や「Cuyana」といったブランドが思い当たる。

オンラインでリーチできる消費者には限りがあるため、リアル店舗を設けることでメインストリームにまで拡大する狙いだ。店舗があれば、ネットで買い物をしないような人にもリーチできるし、実際に商品を手に取ったり試してみたりすることができる。Amazonがシアトルにリアルなスーパーマーケットを開設したことからもわかるように、このトレンドはファッションの分野にとどまらない。今後も、オンラインとオフラインの融合はますます加速していくだろう。

img: Stitch Fix, Le Tote, Mac & Mia, Trunk Club, Flickr