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2017年4月6日、7日の両日にわたって世界の新しい経済、産業を牽引する企業家やアントレプレナーが最先端のテーマを語る「新経済サミット(NEST)2017」が開催された。このイベントの口火を切ったのは、世界的にも著名なVCの創設者やパートナーによるセッション「起業がイノベーションを巻き起こす」だ。
イノベーションの実現に向け、アントレプレナーを支える重要な役割を果たすVCが、いま注目しているスタートアップは何か、また、彼らが投資をしたいと思うのはどのようなアントレプレナーか。そして、主にシリコンバレーに拠点を置く彼らが日本のアントレプレナーに期待することは何か。多くの示唆に富んだトークセッションのレポートをお送りする。
このセッションではパネリストとして次の4氏が登壇した。レイトステージのテック企業へ投資を行うジオデシック・キャピタルの共同創設パートナーであり、オバマ政権時の駐日米国大使であるジョン・ルース氏も同社の共同設立者であるアシュヴィン・バチレディ氏。
サンフランシスコのパロ・アルトに拠点を置くBCSVの会長であり、アントレプレナーの育成に情熱を持ち、IT、クラウド、インフラなどの分野で、アーリーステージの企業に対して投資を行うピーター・ベル氏。
コンテクスチュアル・コマースのモバイルプラットフォームを提供するバトン社の共同創設者兼CEOのマイケル・ジャコーニ氏。以前は楽天ロイヤルティのCEOを務めており、投資家とアントレプレナーの両方を経験。バトン社はシリーズBで350億ドルの資金を調達している。
シードステージのファンドである500スタートアップのパートナーのザファ・ユニス氏。同氏は日本との関わりも深く、2016年には神戸市と「500 KOBE プレアクセラレータープログラム」をリードし、起業家を支援している。
モデレーターは、Rakuten Venturesのマネージングパートナーであるサエミン・アン氏が務めた。
徐々に拡大を続ける日本のVC投資
一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターの調査によると、2015年度、日本のVCの国内投資額は18%増の874億円。業種別ではAIなどIT関連が半分以上を占め、バイオ・医療・ヘルスケアが2割弱という結果だった。
2015年アメリカでのVC投資額は16%増の7兆1475億円、中国は25%増の2兆5084億円となっている。日本のVC投資額はアメリカの1%強程度でしかない状況で、まだまだ海外との投資額の差は大きい。
日本でも3年連続で投資額は前年比プラスとなっており、国内のスタートアップにとって資金調達がしやすい状況になりつつある。
今、投資家たちの注目を集める分野
VC投資は世界的に拡大を続けているが、投資家たちは今どのような分野のアントレプレナーに注目しているのだろうか。
アシュヴィン・バチレディ「開発ツールのコストが劇的に下がった結果、ソフトウェアをコアにしたイノベーションが起きていて、今までテクノロジーとは無縁だったような業界が改革を起こしています。
たとえば運輸業界であればUber、ホテル業界でいえばAirBnBのような企業ですが、我々が投資をするのはそのような破壊的な改革を起こしている企業です。そしてもう一つ注目しているのはマシンラーニング、AIといった分野です。マシンラーニングは医療、金融サービスなどいろいろな分野で活用できると思います」
マイケル・ジャコーニ「やはり、デジタル化が進んでいなかったマーケットがエキサイティングです。10年前であれば、アントレプレナーが『こんな仕事をしても投資してもらえないだろう』と思っていたような、全然魅力的ではなかった業種が一番エキサイティングになってきています。
たとえば、爆発的な成長を遂げている”Managed by Q”という企業がありますが、これはオフィスの清掃会社です。オフィスの清掃は誰もがしなくてはならない問題ですが、それとテクノロジーを掛け合わせて解決することで大きな成長を遂げているのです」
世界規模でもAI、マシンラーニングなどの分野にはすでに多くの投資が実施されているが、最先端のVCの間では一見テクノロジーとは無縁と思われている分野で、テクノロジーによる解決を行っているビジネスが注目を集めている。
ジャコーニ氏の発言からすると、これからのアントレプレナーの視点としては、生活の中にある物理的な課題を解決するためにテクノロジーを活用するという考え方も有効になりそうだ。
投資をしたくなるアントレプレナーの資質とは
そして次に語られたのは「アントレプレナーとして必要な資質と、VCの注目を集めるのはどのようなアントレプレナーか」ということだ。
ピーター・ベル氏は次のように語った。
ピーター・ベル「我々VCの間では優秀な頭脳を獲得するための競争が熾烈になっています。アントレプレナーは情熱やハングリーさだけではいけません。自身のバックグラウンドに基づくユニークな洞察が必要です。そんな人をひきつける才能を持ったアントレプレナーをバックアップしたいと思います。
私は週に15名くらいの起業家と会っているのですが、最初の1〜3分くらいの短い時間でその人をもっと知りたいかどうかを判断しています。一人の投資家の前では一回しかチャンスはないんです。つまりVCと会うときには、明瞭さ、はっきりとしたビジョン、明確なミッションを持っていなくてはいけないのです」
そして、かつて自分自身も起業家でVCから資金調達の経験を持つザファ・ユニス氏の意見はこうだ。
ザファ・ユニス「VCの注目を集めるのは難しいことです。まず、何をやっている会社なのか短くわかりやすいメッセージでVCに伝えること。また出資申請の件数は非常に多いので、自分たちのことをずっとVCが覚えていてくれるとは思わないことです。
そしてVCがどのように儲けているかの基本的な仕組みを知らないアントレプレナーが多いので、もっと知っておいてほしい。その仕組みを知ればVCとコミュニケーションを取りやすくなり、有意義な会話ができるためピッチを最適化できます。」
また、アントレプレナーとして事業に取り組んでいるマイケル・ジャコーニ氏はこうアドバイスする。
マイケル・ジャコーニ「ピッチにあたっては、事前にしっかり準備をし、そのあとはフォローアップするといった具合に、一貫してフォーマット化されたパッケージにすることが重要です。
そうすればVCは『このように整理されてピッチができるのであれば、他の投資家も投資を検討しているだろう』と思うわけです。彼らに投資の機会を失うことの恐怖感を植え付けることができれば成功です」
最後に、アシュヴィン・バチレディ氏が「重要なことはもうほとんど語られていますが」と前置きしてこう結んだ。
アシュヴィン・バチレディ「アントレプレナーは恐怖心を持たないことが肝心だと思います。スタートアップのほとんどはVCからイエスよりもノーを突きつけられる、それが現実です。
すばらしいアイディアは大資本がやっていて、そういう大企業がやらないようなアイディアに取り組むということは、みんなに無視されているアイディアを実現しようということなのです。だからこそ、そのようなアイディアを必要としているエンドカスタマーのことをしっかり理解し、彼らのニーズに合ったものを提供する必要があるのです」
資金調達の可否は、ビジネスを大きく左右する。どこにVCは注目しているのか、また資金調達ができるアントレプレナーに必要な要素は何か、新たな視座を得られるコメントが多数あった。
日本のアントレプレナーに期待したいこと
彼らシリコンバレーのVCにとって日本のアントレプレナーはどのように映っているのだろうか。イノベーションを目指して奮闘を続ける起業家たちへアドバイスがあった。
マイケル・ジャコーニ氏は日本のカルチャーとビジネスについてこう語る。
マイケル・ジャコーニ「日本人はデザイン、イノベーション、そしてサービスといった分野で世界をリードしていると思うのですが、こういったカルチャー的な価値観は非常にユニークで、多くの人を惹きつけています。そういうカルチャーをぜひビジネスの中に取り入れてください。自分たちの価値観とビジネスミッションのベクトルを合わせることは非常に重要です」
アシュヴィン・バチレディ氏からは日本のアントレプレナーのメンタリティについて提言があった。
アシュヴィン・バチレディ「日本のアントレプレナーはもう少しアグレッシブになっていい、あるいはもっと自信を持って商品開発や宣伝をしていいのではないかと思います。日本は素晴らしくイノベーティブな国です。我々は他の企業と協力して、シリコンバレーと日本の橋渡しをしたいと思っていますし、素晴らしいイノベーションがここで起こるのを見ていきたいと思います」
ザファ・ユニス氏はエマージングへの投資家としてシリコンバレーと日本の状況を比較し、世界的な視野を持つように説く。
ザファ・ユニス「世界で何が起きているかということについてリサーチをしなければなりません。日本の起業家、特にアーリーステージの起業家は自分のアイディアについて、それに取り組んでいるのは自分だけだと思っているんですね。
実際には、シリコンバレーやロンドンなどではすでに同じ取り組みが進んでいて、資金もついているかもしれない。世界中でどんなことが行われているかを知り、国際的なプレーヤーが市場に参入してきた場合、自分の事業をどう守るかということも考えておかなければなりません」
そして、ピーター・ベル氏は日本の風潮について言及した。
ピーター・ベル「日本では、一度失敗すると復帰するのが大変難しい場合が多くあります。日本に必要なことは、失敗を許すことだと思うのです。シリコンバレーではたくさんの失敗がありますが、失敗しても次に進むだけの話です。起業家ならば失敗はするのです。私たちのようなVCも失敗をするのですから。
失敗したからといって、その人が落伍者であるわけではない。その事業はうまくいかなかったかもしれないが、その人がミッションを持っていて、耐久力のあるユニークなカルチャーを持つ企業をつくることができれば、新しいチャレンジの機会が必ずあるのです」
日本という国の持つポテンシャル、日本のアントレプレナーに対して、登壇者たちも大きな期待を持っている。海外VCの期待が高まる一方で、日本のVC投資額はアメリカや中国と比べてあまりにも少ない。日本でもVCによるアントレプレナーへの投資額は毎年増えているが、現状はまだアメリカの2%にも満たない。
海外のVCが才能のあるアントレプレナーを鵜の目鷹の目で探している今、国内のアントレプレナーへの投資環境の整備は急務だろう。