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スタートアップが今までにない新しいサービスをつくろうとしたり、競合プレイヤーのいないマーケットを狙うときに、進む領域が法律のグレーゾーンであることがある。このグレーゾーンを攻めることで、既存産業に”破壊的な変化”をもたらし、新しい市場が生まれることもある。
例を挙げてみよう。世界70カ国で展開する配車サービス「Uber」は、まさにグレーゾーンを攻めるプレイヤーの筆頭だ。Uberは世界各国でサービスを展開する際に、各地の行政と衝突してきた。過去には、スウェーデンや台湾などで利用が禁止されたこともある。
このような衝突が起こる背景には、変化が速い現代において、法律がその速度に追いついていないという課題が存在する。これまでは法による規制が既存ビジネスを守り、保護する役割を果たしてきた。だが、次々と新しいビジネスを生み出さなければならない現代において、法に対する向き合い方を変える必要がある。
新しいビジネスが生まれ、それをスケールさせる環境を構築するために、国家は法をどうデザインすればいいのか。
「レギュラトリー・サンドボックス」とは何か?
FinTechやIoT、人工知能の分野において、政府が規制を一時凍結する「日本版レギュラトリー・サンドボックス」を、未来投資会議にて議論することが発表された。今年の秋頃から制度設計を始め、来年度中の開始を目指す。
「レギュラトリー・サンドボックス」は、2016年5月にイギリスで始まった取り組みだ。既存の法制度が規定していないような新しいサービスやプロダクトが世に登場した際に、政府が企業と相談しつつ、規制を走りながら考えていくための仕組みとなっている。
イギリスではFinTech産業の成長のために、イギリスのFCA(金融行為規制機構)がレギュラトリー・サンドボックスに取り組んでいる。現在、シンガポール、オーストラリア、香港、マレーシア、台湾などの国でも導入の実施や検討が行われている。
規制緩和を武器に、エコシステム形成を目指すイギリス
イギリスの首都ロンドンは、ニューヨークに次ぐ金融都市と言われている。イギリス政府はこの金融業を成長させるために、FinTech関連事業を支援していく。支援する一方で、法律は産業を守るための役割を持つことも忘れてはいけない。そのバランスを取るためにも、政府はスタートアップと併走しながら、法制度のあり方を考えていく。
イギリス政府は「レギュラトリー・サンドボックス」の制度導入とともに、新しい金融エコシステムの形成を目指している。
ロンドンに古くからある金融街「シティ」から、新金融街「カナリー・ワーフ」に、金融機関や金融庁が移転。同地区には、FinTech企業を支援するアクセラレーター「Level39」が設立された。Level39は、FinTech企業へのオフィス提供や、金融機関、FinTech企業、行政の三者をつなぐハブとしての役割を持つ。
民間企業だけでもアクセラレーターやワーキングスペースの運営は可能だが、政府がレギュラトリー・サンドボックスなどの制度導入を主導することで、企業の成長をより強く支援できる仕組みになっている。
レギュラトリー・サンドボックスの第一期に選ばれた、ブロックチェーン技術を開発するスタートアップ「SETL(セトル)」の共同創業者Peter Randallは、「ロンドンがFinTech産業の中心地になっているのは、監督当局の功績が大きい」とコメントしている。
「レギュラトリー・サンドボックス」の導入で、実証実験が全国各地で可能に
日本企業も海外においてはレギュラトリー・サンドボックスを活用して、実証実験を行ってきた。2016年8月に、三菱東京UFJ銀行と日立製作所がシンガポールにて、ブロックチェーンによる電子小切手決済の実証実験を行った。
海外で、国内ではグレーゾーンに位置づけられる領域で実証実験を行っている日本企業も存在する。国内環境が変化し、こうした企業が国内で実証実験を行うようになれば国内で新しいことに挑戦していこうという機運が高まると考えられる。最初から国外で実証実験に挑戦することは難しいスタートアップも、国内で挑戦することができるようになり、新しいサービスが生まれやすくなっていくはずだ。
FinTech、自動運転、IoTなどの先端テクノロジー領域の実証実験のハードルを下げるためにも、日本版レギュラトリー・サンドボックスの導入が求められてきた。これまで議論が行われてきた「国家戦略特区」の設置は、対象地域を限定している。その一方で、レギュラトリー・サンドボックスは全国共通で展開できるため、実証実験が様々な地域で可能になる。
日本は解決しなければいけない社会課題を多く抱えている。そのことを踏まえた上で、未来投資会議にて安倍首相は次のようにコメントした。
「イノベーションはスピードが勝負です。新しい技術を想定していない制度があると、試行錯誤の機会がなく、安全性などを証明するデータがない、データがなければ制度を変えられないというニワトリ・タマゴの状態になります。これでは世界から取り残されてしまいます。」
新しいビジネスを始めるときは、試行錯誤を繰り返す中で、その方向性を定めていくことが必要になる。レギュラトリー・サンドボックスでは、政府がスタートアップと併走しながら制度を設計していくので、企業のイノベーションを促進するような法制度のあり方を模索できるだろう。