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チャットツール利用の増加にともない、海外メディアの間では「Zoom疲れ」という言葉がよく聞かれるようになってきている。
在宅勤務する人の間で、頻繁なビデオチャットがストレスを引き起こしているという現象だ。チームの顔とジェスチャーが見えるという便利さの一方、カメラで人に見られている状態は必要以上の緊張を促しているようだ。
今回は、これらの問題の原因から、どう活用すればスムーズなコミュニケーションが取れるようになるのかまで、Zoom疲れにならない方法をお伝えする。
外出自粛によって、人々の「自己複雑性」が失われている
現在日本でも多くの企業が在宅勤務に移行している。会議はZoomなど遠隔チャットツールを使うようになっているのが通常だろう。
ビデオチャットによる会議で無駄な時間が省かれ、生産性が高まっているという声が聞かれる一方で、どうしてもツールに慣れず、ついつい出社を好むという人もいるようだ。単に高年層がツールを使いこなせないだけでは、という批判もあるようだが、遠隔チャットツールは若年層のストレスにも大きくつながってしまう可能性もある。
心理学者であり脳科学者のパトリシア・リンビルが発見した「自己複雑性の理論」という概念がある。この自己複雑性理論とは、個人が自分自身の様々な側面(社会的役割、関係、活動、および目標など)を所持する度合いのことである。
例えば、仕事をしている自分、友人といる時の自分、家族といる時の自分、趣味をしている自分などで、個人が持つ側面が変わってくる度合いが高い。そしてこの理論では、自己複雑性の度合いが高い人ほど、ストレス耐性が高いと言われている。
コロナ前は多くの人は通勤や仕事後の場所やグループを変えた活動で、自己の多様性とバランスをとって健全でいられた。しかし現在の外出自粛で、多くの人の生活の側面は仕事、友人、家族、趣味のすべてが同じ空間で起こらざるを得ない。これらの側面がすべて一か所に偏るとバランスを崩し、ストレスに脆弱になる。
「たとえば同じ飲み屋で上司と話したり、両親に会ったり、誰かとデートしたりするとしたら、とても変なことでしょう。それが今現実私たちの自宅で行っていることです。私たちの社会的役割は様々な場所で発生するのが通常ですが、現在その状況は崩壊しています。対話のための私たちの唯一の空間は、自宅にあるデジタル機器だからです」と職場の持続可能な学習と開発を研究するInseadの准教授ペトリグリエリ氏はBBCで語っている。
加えて、職場の健康とチームワーク効率を研究しているクレムソン大学の准教授シャッフラー氏も、仕事や家族の時間を完了した後の「休息時間の欠如」が、在宅勤務の疲労の要因の一つであるかもしれないと言及する。これも、場所や活動が限定されていることによる、休息の時間、そして自己複雑性の欠如からきているのだろう。
さらには、在宅勤務になって業務が余計忙しくなったと嘆く会社員も多い。特に業績悪化による会社からの圧力と、そこからくる失業への不安から、長時間働いて成果を出さなければと考える人も多い。
Zoomなどビデオチャットが疲れる原因
このような環境の内で、チームワークをサポートするはずであるビデオチャット。しかしそれで疲弊している会社員が多く出てきている。その原因として、これまでの研究でビデオチャットでストレスがたまる理由がいくつか科学的に明らかになっている。
まず挙げられるのが、通話時の遅延によるストレスだ。ドイツの研究では、ビデオチャットや電話で話す時、たった1.2秒の遅延が、相手への負の感情につながってしまう可能性があると指摘している。技術的によくある数秒の遅れが、相手への親しみやすさを無くし、集中していないという印象を与えてしまう。
またビデオチャットは、対面よりも焦点を合わせる努力が必要なため、必然的に対面より緊張して臨まなければならないことをペトリグリエリ氏はBBCに語る。
ビデオチャットでは、顔の表情、声の高さや話し方、身振り手振りなどのボディランゲージを、複数の人、さらには彼らのペットや時には子どもにまで対象を広げて、一気に処理しなければならない。これらの視覚的な情報を神経を集中させて集め、さらに同時に処理するため、実はビデオチャット参加者は多くのエネルギーを消費しているのだ。
さらにシャッフラー氏は、カメラをオンにすることによる「人に見られている(監視されている)状態」がマイナスに働くことも指摘する。ビデオチャットに参加すると、参加者全員が自分を見られるし、自分自身も画面に写る。
全員から見られていることを意識すると、ステージの上に立っている状態と同じように、社会的プレッシャーや、うまく発言や仕事をしなければ、という感覚に陥る。また、画面上の自分の顔や行動を意識しないようにすることも非常に困難であり、神経質になってしまう人もいる。
ビデオチャットをうまくつかう心構えと対策
これらの状況を受け、専門家やニューヨークのメディア企業Mindfulなど各海外メディアは、ビデオチャットを有効に使ういくつかの解決策を提案している。
カメラをオフ、またはカメラを横にずらす
BBCでは2人の専門家が、ビデオ通話を必要なもののみに限定することや、会議のたびにカメラを常にオンにする必要はないなどのルールを提案している。
ペトリグリエリ氏は画面を真っ直ぐに見るのではなく、少し横にずらすと、特にグループ会議で集中力を高めるのに役立つとアドバイスする。感覚としては、隣接する壁の無い隣の部屋にいるような眺めになり、疲れにくくなるようだ。
スピーカービューを活用する
Zoomにはギャラリービューとスピーカービューの2種類あり、スピーカービューでは話している人が自動的に大きく表示される。これは会議用テーブルの周りに座っていて、主に話している人に注意を向けるのと同じ感覚であるため、参加者全員の顔が表示されるギャラリービューよりも、話している人に注目できる。画面表示方法は、参加者側で簡単に変更できる。
ビデオチャット中のマルチタスクを止める
前述の通り、ビデオチャットに出席するだけで、参加者は必然的に多くの注意を払わなければならない。従ってビデオチャット中は、少し目の前の画面の中の同僚に注意し、マルチタスクをする努力は休ませる必要がある。
リフレッシュを忘れずに
普段は会議室への移動、それに応じたトイレや飲み物休憩などの区切りが自然にできているものが、自宅のパソコンをクリックするだけでは体も心も会議への区切りがつけにくい。
ビデオ会議の合間にも、きちんとリフレッシュする時間を設けることも重要だ。ストレッチをして少し体を動かしたり、飲み物を飲んで気分転換をしてから、ビデオチャットに臨むことを心掛ける。
ビデオチャットは、現在ビジネスには無くてはならないものと化している。しかし使用している側がツールに食われて疲れ果ててしまっては元も子もない。
必要な時に選択して使うことを心に留めて、仕事や生活の一部に取り込んでいくこと。また、自己複雑性が失われて経済不安への圧力が高い環境の内で使用している現実を認めることで、現在の状況を少し俯瞰ながら仕事をすることができるだろう。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)