SF(Science Fiction)ジャンルの中のサブジャンルとして扱われてきたパニック映画。特に自然災害を題材としたパニック映画は近年「Cli-Fi(Climate Fiction)」として独立したジャンルになりつつある。

気候問題に注目が集まった2019年

このところ地球温暖化や気候変動といった言葉がメディアをにぎわせている。

干ばつや洪水、季節外れの大型台風の襲撃、熱波、ハリケーン、竜巻、山火事、アマゾンの森林火災・・・・・・2019年だけでも世界中で様々な自然災害被害が続出している。どれも地球温暖化や気候変動といった地球規模での変化に伴う災害といわれている。

人々の関心も気候変動や気候危機に集まり、気候は2019年のキーワードであったといっていい。アメリカのTIME誌が選ぶ2019年「今年の人」に選ばれたのもスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんだった。

そしてとくに顕著であったのが、この問題に対する若者の運動が活発であったことだ。前述のグレタさんをはじめ、世界各国で学生が立ち上がり、デモ活動や抗議活動が活発化し今なお継続している。

「Climate Strike(気候ストライキ)」なるストライキを呼びかける組織が学生中心に立ち上がり、抗議のために学校を休もうと声を上げている。

Climate Strikeのホームページより

グレタさんが国連のスピーチで大人を強い言葉で叱ったことも記憶に新しいが、こうした動きに共通しているのは、若者が未来の地球に今までにないほど多大なる不安と強い関心を抱いているということ。Climate Strikeも声明文の中で「大人たち、政治家たちは宿題をサボってきた。口約束ばかりで何ら改善されていない」と大人の責任を追及している。

もちろん気候変動や地球温暖化を身近で差し迫った問題として肌で感じ始めた、というのも理由の一つであるが、同時にエンターテイメントとして目にしている「Cli-Fi」パニック映画の影響もあるだろう。

SFだったCli-Fi

Cli-Fi映画とはどのようなものか。例えば2004年に公開された映画『デイ・アフター・トゥモロー』は地球温暖化によって突然訪れた氷河期に混乱する人々を描いたSFパニック映画だった。北アメリカで約200億円、日本でも52億円の興行収入を達成したヒット作だ。

この映画の脚本・監督をつとめたローランド・エメリッヒ氏は1996年に『インディペンス・デイ』で、地球を侵略しようとする宇宙人と地球人の攻防3日間を描いた。

また2009年公開の映画『2012』も同監督の作品だ。『2012』はマヤ文明の予言、人類滅亡説として知られるストーリーをもとに、地震や津波が発生した地球でのサバイバルを描いた災害パニック映画、前述の『デイ・アフター・トゥモロー』と同じジャンルである。

(動画)『デイ・アフター・トゥモロー』予告編

公開当時、これらの映画はSF映画としてくくられていた。つまりは科学の空想、仮説にすぎず、いわば「宇宙人」も「大地震」も同じ想像上でのみ存在するパニック物語であったのだ。

ところが近年、気候変動によりこうした映画の世界で起きていることが実際に起きるのではないかという不安が拭えない。いま改めて観なおすと、急にリアルな映画に思えてくるし、自然災害のニュースを目にするたびに、こうしたSF映画のシーンが思い浮かび、ますます不安になる。

気候危機に対する関心と意識が高まるにつれ、こうしたフィクションが実際に起こるのではないかという危機感が強まり、特に若者の間で何とかしなければならない、という機運が高まっているのだ。

各国のCli-Fi作品

科学が進歩した現在、仮説に基づいた状況をリアルに映像化することが容易になった。現象そのものはCGで作り、そこに本物の俳優を付け加えると実際の映像を観ているような気になる。そして、この技術は映画やドラマといったエンターテイメント映像に限らない。

日本ではNHKや内閣府が今後起こり得る災害のシミュレーション映像を公開している。とてもリアルな映像で、巨大災害の被害状況予想を映像化しているものだ。命を守るための防災対策の啓蒙活動をしている、とされているがCGと分かっていながらも恐ろしい。これも一種のCli-Fiといえるかもしれない。

© 2019 Vox Media, LLC.

一方ヨーロッパでも自然災害に対する関心が高まっている。フランスでは市民生活が崩壊した世紀末後の世界を舞台にした『L’Effondrement(崩壊)』、また巨大な大波におそわれたフランスの静かなリゾート地で、行方不明になったサーファーたちと周囲の変わりゆく人々の生活を描いたドラマ『La Dernière Vague(ラスト・ウェーブ)』のテレビシリーズが人気を博し、批評家からも高く評価されていると聞く。

ノルウェーの作家、マヤ・ルンデ氏はベストセラー著書『The History of Bees(蜂の歴史)』を2017年に発表し、現在も減少しつつある蜂を軸に、人類が作り出した「殺虫剤」による環境の変動が人類の生活にどのような生活変動をもたらすのかを淡々とつづった。Cli-Fiドラマの人気を表している。

これらはほんの一例であるが、近年世界中で気候変動や「もし実際に起きたら・・・・・・」という仮説に基づいた、「SF」としてはくくれないCli-Fi物語が発表され、人々の関心も高まっている。

それは、ヴェニスの町を水浸しにした異常な水位上昇やフランスで起きた熱波、「今年は例年になく○○」と繰り返される気象情報など、気候危機は確実に忍び寄っていると世界中の人たちが体感しているからだろう。

フランスの原子力発電所(Yukari Posth撮影)

パリ協定発動目前のCOP25

2019年12月に開催されたCOP25はいろんな意味で多くの注目を集めた。

まずは2020年にいよいよ動き出す地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」を前に、具体策が取り決められるのかということ。そして、温室効果ガスの排出量が世界第2位のアメリカがパリ協定からの離脱を正式通告済みであること。さらに期間中、環境団体が日本は温暖化対策に消極的な国だ、として不名誉の賞「化石賞」を授与したことなどだ。

皮肉を込めて贈られたこの化石賞には、国際社会から日本に対する期待が込められているとみる向きもあるが、この時期に大臣自ら「石油燃料は選択肢として残したい」と発言したことが環境活動家たちをひどくがっかりさせたことも確かだ。「期待されているから」「存在感を示した」などというおごった考えはもはや捨てるべきかもしれない。

日本は土地柄、自然災害が多く発生しやすく、世界的に見ても防災意識が高い、対策が構築されている国であった。それでも2011年の東日本大震災では未曾有の被害者数を出したこと、被害状況を伝える報道映像は海外に大きな衝撃を与えていた。あれほどまでに災害対策が万全と思われていた日本ですら、自然の脅威を前にいざとなると為すすべがない、という事実を突きつけられたからだ。

大地震は人の力や科学の知恵ですら避けることが出来ない災害としても、現在世界各地で発生している異常気象ーー季節外れの台風、大雨、海面の上昇、熱波や山火事などーーは、地球温暖化によるものが多いとされている。異論もあるが、言うなれば科学の進歩とともに人類が作り出してきた原因、それが地球の気候変動を引き起こしているといえるだろう。

<各国別の温室効果ガス排出量シェア>

(注)条約によって、排出削減を義務づけられている国のリスト
(出典)CO2EMISSIONS FROM FUEL COMBUSTION2016(IEA) 経済産業省環境エネルギー庁ホームページより

差し迫った環境問題にまだ消極的な世界

 現在の世界的潮流の中、生まれた新しいジャンル「Cli-Fi」。小説や映画、テレビなどでこのジャンルに注目が集まると同時に、人々の気候危機に対する関心と意識も高まるのだろうか。

世界の首脳の一部、それに一部の専門家はこの動きを全く無視しようと決め込んでいるのも事実だ。

世界中から注目を集めた少女グレタさんをアメリカのトランプ大統領が揶揄し、ツイッターで非難、ブラジルの大統領が不快感をあらわにしつつ、公の場で反論したことも記憶に新しい。十代の少女相手に実に大人げない、と言われているが、環境問題に向き合おうとしていない大人たち、行動を起こしていない大人たちも、おそらく同罪だろう。

地球規模での気候変動は人類が原因、そしてその原因を今制御出来るのも、人類でしかないという事実に気づき始めているはずだ。もう先延ばしには出来ない、明日からでは遅いとする報告書も次々と発表されている。この機運の中で生まれたCli-Fiというジャンルが、青少年向けのエンターテイメントとして片づけられてしまわないことを祈るしかない。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit