新型コロナのパンデミックにより世界各地で教育機関が閉鎖、3月18日のユネスコの報告では、8億4,900万人以上の子どもや若者がその影響を受けているという。

日本でも突如宣言された休校措置で、共働きやひとり親家庭から仕事はどうしたらよいのかという声が多数上がったが、それと同じくらい問題なのが、児童・生徒たちがこの期間、どのように学び続けるかだ。ユネスコはこの状況を教育にとって「前例のない挑戦」であるとした。

多くの国では休校期間中オンライン学習への移行が試みられているが、オンライン学習と一言でいっても、国ごとに経験値、リソースの質や量は異なり、ある種の教育格差をもたらしてしまう可能性がある。

そこで、エストニアを含むバルト三国、北欧諸国は、各国のオンライン学習リソースをプールし、無料で世界各国とシェアすることで、子供たちのオンライン上の教育機会を拡大する取り組みを開始した。すでにこれらリソースをまとめたナビゲーションサイトも開設されており、世界のどこからでもアクセスできるようになっている。

もちろん自宅のネット環境や、デバイスの確保など、オンライン学習には克服しなければいけないハードルがたくさんある。親のITリテラシーも影響する。このようなリソースはあくまで必要な事項のひとつにすぎない。

しかし、急ピッチでオンライン学習への移行が迫られている今、一つの助けにはなるであろうこの取り組みは、どのようなものなのだろうか。

パンデミックによる教育の危機に挑む。オンライン教育リソース共有プロジェクト 

世界中の学校に影響しているこのパンデミック。エストニアでもすべての学校が、緊急事態宣言に続き3月半ばから閉鎖された。同時に、子供たちはすでに国内で広く使われていたオンラインプラットフォームを利用して、オンライン学習へと移行した。

エストニアでは、すでに数年前から教育のデジタル化に力を入れてきたため、対応は比較的スムーズだった。

次にエストニア教育省が考えたのは、近隣諸国と協力し、オンライン教育リソースを世界各国と無料でシェアすること。

バルト3国のラトビア、リトアニアと、北欧デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンが参加し、40をこえるオンライン学習ソリューションが集まった。今後も順次追加されていく予定だ。

3月末には、自宅学習にどう取り組むべきか、エストニア発の保護者に向けたウェビナーも開催された。


エストニア発の保護者向けウェビナー Education Nation公式チャンネル 

どのようなリソースが提供されているか、エストニア発のものをいくつか見てみよう。

学校向けのものとしてはeSchool(エストニアではeKoolと呼ばれている)がある。エストニアの多くの学校で使用されている授業内容、宿題、成績、出席管理、チャット機能などを備えた、教師、生徒、保護者をつなぐコミュニケーションプラットフォームだ。

他にも学校管理ソリューションには、オンライン入学申込システムDreamApplyがある。エストニアの大学で使われている、入学申請、種類提出、面接、結果通知をデジタルで完結させることができるツールだ。

教材の中で目をひくのは99 math。数学をEスポーツ感覚で学べるプラットフォームだ。エストニアのゲーム好きな19歳が作ったスタートアップが提供しており、世界中の3万人以上の小学生をEスポーツスタイルの数学リーグに参加させている。数学をZ世代がいかに楽しく学べるかということにフォーカスしたユニークな教材だ。

語学学習用には、機械学習を活用したLingvistや、大量の言語データに基づき実用的な単語を短期間で学べるSpeaklyといった、エストニアの学校で実際に使用されているものがある。

エストニアのティーンが立ち上げた数学学習サイト 99MATH 公式サイトより

オンライン教育リソースが広げる学びの選択肢

このプロジェクトは、パンデミックによって初めてオンライン学習に本格的に取り組む国々にとって一助となることが期待できる。

しかし、パンデミック前からすでに各国で使用されていたという、オンライン教育リソースのリストを眺めていて何より驚いたのはその多様さだ。

オンライン学習リソースというと、講座動画を視聴するというイメージを持ちがちだ。しかし、この40を超えるリストは、学校をオンライン完結で効率的に運営するツールから、宿題がわりに提供できるタスクタイプのもの、科目に対する生徒の興味を高めるためのゲーム感覚のものと幅広い。

オンライン学習が動画を自宅で視聴する、電子書籍を読むというだけだと、意欲のある子とそうでない子、親が学習を促せる子と放置傾向の子で、どんどん格差が開いてしまうが、あくまで教師が子供たちに遠隔でオンラインプラットフォームを通じて子供達にクラスとして関わりつつ、様々なオンライン教材を活用するという形での運用が想定されていることがうかがえる。

また、これだけのオンラインコンテンツが、これまですでに多言語で提供されていたということにも驚かされた。このプロジェクトの参加国はいずれも英語を公用語としない。しかし、すべてのリソースは英語対応しており、また多くはスペイン語やフランス語といった多言語に対応していた。

つまり、最低限のITリテラシーと英語力、そして意欲とインターネット環境があれば、世界中の多様な教育リソースにアクセスできる時代になっているということなのだろう。

これまで幅広い科目の教師を揃える必要があった教育支援NPOなども、ITリテラシーと言語にフォーカスすれば、様々な環境の子供たちに学ぶ機会を効率的に提供できるのではないだろうか。

オンライン学習により広がる学びの選択肢 PIXABAYより

繰り返しになるが、オンライン教育リソースの提供だけで学校閉鎖による教育の遅れを防ぐことはできない。自宅のネット環境や、デジタルデバイスの普及など、オンライン教育には克服しなければいけないハードルがたくさんある。通学と比較して家庭環境の影響をより受けやすいという問題もあるだろう。

実際、フランスでは遠隔教育に取り組もうとしているものの、児童生徒最大96万人と連絡が取れない事態になっているという。

エストニアも漫然とオンライン学習のみを続けるつもりはなく、国内の感染者数などの状況を観察した上で、できるだけ早急に学校を再開することが検討されている。

しかし、学校の閉鎖を避けられない地域が拡大している今、何もしないよりは、不完全であってもオンライン学習という形で学習の機会を提供し続けることは大事だ。そのために一石投じたこのプロジェクト。私たち世代にとってもインターネット上に広がる想像以上の学びの選択肢を示してくれる興味深い取り組みとなっている。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit